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第二十六話・再婚話
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両親が家を建て替える間に仮住まいにしているアパートを訪ね、優香は玄関ドアを開いたと同時に後悔した。お世辞にも広いとは言えない2DK。元の家から近くて安いというだけで選んだらしく、かなり築年数のある木造2階建て。玄関を入ってすぐのスペースで、ダイニングテーブルの一席を陣取って湯呑でお茶を啜っている存在が目に飛び込んでくる。
春夏物の落ち着いたデザインのベージュのスーツ。ショートヘアにはチラチラと白髪が混じってはいたが、背筋の伸びた座り姿で実年齢よりははるかに若々しく見えた。
「ちょっと遅かったじゃない。あらぁ、陽太もしばらく見ない内に大きくなったわねぇ」
「春子叔母さんも来てたんだ……」
「今日、優香が遊びに来るって姉さんから電話もらったから、急いで予定を合わせたのよ」
母の妹である春子が、満面の笑みを浮かべて答える。保険会社に外交員として長年勤めている叔母は、やや早口でとにかくよく喋る。物静かな姉とは正反対に、賑やか過ぎるくらいだ。ずっと社会の荒波の中に居る叔母は、専業主婦の母とは二歳しか違わないと思えないほど華やかな雰囲気を持っている。
出迎えてくれた母親に促されて、優香は陽太を抱っこしたまま部屋の中と入っていく。ダイニングに隣接して二間ある部屋は寝室とリビングとして使っているらしく、それぞれの部屋に入り切れなかった荷物が、ダイニングの壁際に段ボールのまま積み上げられている。
引っ越しを機に随分と荷物を処分したとは聞いていたが、さすがに一軒家からの持ち出しとなると少なくはない。一部はトランクルームに預けていると聞いて納得だ。だって、何でこんなに物が多いのかと日頃から不思議だった実家が、この程度の箱の量だけで済むはずがない。
「あ、その横に置いてる段ボールに優香の荷物が入ってるから確認して頂戴。前に聞いた時には全部要らないって言ってたけど、卒業アルバムとか文集もあったし勝手に捨てられなかったわ」
「うん、分かった。後で見てみる」
比較的に荷物の少ないリビングを選んで、抱っこしていた陽太を床へと下ろす。まだ手当たり次第に物を口へ入れたがる子供には、このごちゃついた空間は危険だらけだ。孫が来るのが分かってるのに、どうして片付けておいてくれないの、という台詞がいつも喉の近くまで出てきそうになる。
「ほら、優香もこっち来てお茶でも飲んだら? 子供は姉さんに見て貰って。今日は叔母ちゃん、あなたに良いお話を持って来てあげたのよね」
ご機嫌な笑顔で、春子が優香のことを手招きする。隣の席に座りなさいとばかりに椅子を引かれてしまい、優香も渋々ながらテーブルについた。我が家さながらにポットから急須へと湯を注ぎ、春子は慣れた手付きで湯呑に淹れた緑茶を姪っ子の前に置いていく。
「大輝君の一周忌も無事に終わったんでしょう? そろそろ良いんじゃないかって姉さんとも話してたのよ」
言いながら、春子がガサゴソと鞄から大き目の茶封筒を取り出してくる。
「ほら、優香はまだ若いから、子供が居ても是非にって言ってくれる人はいらっしゃるのよ」
「はぁ……」
そこまで聞いて、優香はその封筒の中に何が入っているのかを勘付いた。途端にうんざり顔へと変わる姪っ子には気にも留めず、春子は一方的に話を続けていく。一旦ペースを掴んだ叔母のことは、もう誰も止められない。
春子はいつも自分がやることが一番正しいと信じて疑わない。まるで世界は叔母を中心に回っていて、彼女の全ての選択に間違いはないと思っているかのように。
「そりゃあね、初婚の時に比べたらお相手の条件は多少は悪くなるかもしれないけど、これから一人で子供を育てることを考えたら、やっぱり誰かが一緒の方がいいじゃない。陽太だって大きくなれば兄弟が欲しくなるだろうし、いつまでも一人っ子じゃ可哀そうよ」
優香の目の前に釣書と写真を並べていく。まだ二十代の優香のお相手としてはかなり年上な雰囲気の男性二人の顔写真。うち一人は両親の方が年齢が近いのではと思えるほどだ。意気揚々と紹介されていくのを、優香は他人事のように聞き流していた。
話しながら必要な資料を提示する手際は、長年の保険セールスの賜物なのだろう。叔母が成績優秀な保険レディーなのは母から妹自慢でよく聞かされていた。これが興味のある話題なら、間違いなく身を乗り出して食いついて聞いていたかもしれないし、叔母の思惑に従ってしまっていたはずだ。
でも、今回だけは残念ながら全く違う。「まだそうつもりは……」と断りの言葉を口にしかけた姪っ子に、春子は首を横に振って打ち消してくる。
「姉さん達だって孫が陽太一人きりなんて寂しいじゃない。昭仁のところはあまり期待できないみたいだし、優香が頑張ってあげないと――」
兄嫁が不妊治療中だということまで知っているらしく、春子が声を潜めて囁いてくる。リビングで陽太の相手をしている姉には聞こえないトーンで。
優香にとっても大輝の一周忌を迎えたことは、一つの大きな節目にはなっている。けれどそれは、亡き夫のことをもう忘れてもいいということでは決して無い。大輝のことを常に想いながらも、何とか生きてきた一年。でも、まだたったの一年しか経っていないのだ。一年だけで、何がどう変わるんだろうか。
春夏物の落ち着いたデザインのベージュのスーツ。ショートヘアにはチラチラと白髪が混じってはいたが、背筋の伸びた座り姿で実年齢よりははるかに若々しく見えた。
「ちょっと遅かったじゃない。あらぁ、陽太もしばらく見ない内に大きくなったわねぇ」
「春子叔母さんも来てたんだ……」
「今日、優香が遊びに来るって姉さんから電話もらったから、急いで予定を合わせたのよ」
母の妹である春子が、満面の笑みを浮かべて答える。保険会社に外交員として長年勤めている叔母は、やや早口でとにかくよく喋る。物静かな姉とは正反対に、賑やか過ぎるくらいだ。ずっと社会の荒波の中に居る叔母は、専業主婦の母とは二歳しか違わないと思えないほど華やかな雰囲気を持っている。
出迎えてくれた母親に促されて、優香は陽太を抱っこしたまま部屋の中と入っていく。ダイニングに隣接して二間ある部屋は寝室とリビングとして使っているらしく、それぞれの部屋に入り切れなかった荷物が、ダイニングの壁際に段ボールのまま積み上げられている。
引っ越しを機に随分と荷物を処分したとは聞いていたが、さすがに一軒家からの持ち出しとなると少なくはない。一部はトランクルームに預けていると聞いて納得だ。だって、何でこんなに物が多いのかと日頃から不思議だった実家が、この程度の箱の量だけで済むはずがない。
「あ、その横に置いてる段ボールに優香の荷物が入ってるから確認して頂戴。前に聞いた時には全部要らないって言ってたけど、卒業アルバムとか文集もあったし勝手に捨てられなかったわ」
「うん、分かった。後で見てみる」
比較的に荷物の少ないリビングを選んで、抱っこしていた陽太を床へと下ろす。まだ手当たり次第に物を口へ入れたがる子供には、このごちゃついた空間は危険だらけだ。孫が来るのが分かってるのに、どうして片付けておいてくれないの、という台詞がいつも喉の近くまで出てきそうになる。
「ほら、優香もこっち来てお茶でも飲んだら? 子供は姉さんに見て貰って。今日は叔母ちゃん、あなたに良いお話を持って来てあげたのよね」
ご機嫌な笑顔で、春子が優香のことを手招きする。隣の席に座りなさいとばかりに椅子を引かれてしまい、優香も渋々ながらテーブルについた。我が家さながらにポットから急須へと湯を注ぎ、春子は慣れた手付きで湯呑に淹れた緑茶を姪っ子の前に置いていく。
「大輝君の一周忌も無事に終わったんでしょう? そろそろ良いんじゃないかって姉さんとも話してたのよ」
言いながら、春子がガサゴソと鞄から大き目の茶封筒を取り出してくる。
「ほら、優香はまだ若いから、子供が居ても是非にって言ってくれる人はいらっしゃるのよ」
「はぁ……」
そこまで聞いて、優香はその封筒の中に何が入っているのかを勘付いた。途端にうんざり顔へと変わる姪っ子には気にも留めず、春子は一方的に話を続けていく。一旦ペースを掴んだ叔母のことは、もう誰も止められない。
春子はいつも自分がやることが一番正しいと信じて疑わない。まるで世界は叔母を中心に回っていて、彼女の全ての選択に間違いはないと思っているかのように。
「そりゃあね、初婚の時に比べたらお相手の条件は多少は悪くなるかもしれないけど、これから一人で子供を育てることを考えたら、やっぱり誰かが一緒の方がいいじゃない。陽太だって大きくなれば兄弟が欲しくなるだろうし、いつまでも一人っ子じゃ可哀そうよ」
優香の目の前に釣書と写真を並べていく。まだ二十代の優香のお相手としてはかなり年上な雰囲気の男性二人の顔写真。うち一人は両親の方が年齢が近いのではと思えるほどだ。意気揚々と紹介されていくのを、優香は他人事のように聞き流していた。
話しながら必要な資料を提示する手際は、長年の保険セールスの賜物なのだろう。叔母が成績優秀な保険レディーなのは母から妹自慢でよく聞かされていた。これが興味のある話題なら、間違いなく身を乗り出して食いついて聞いていたかもしれないし、叔母の思惑に従ってしまっていたはずだ。
でも、今回だけは残念ながら全く違う。「まだそうつもりは……」と断りの言葉を口にしかけた姪っ子に、春子は首を横に振って打ち消してくる。
「姉さん達だって孫が陽太一人きりなんて寂しいじゃない。昭仁のところはあまり期待できないみたいだし、優香が頑張ってあげないと――」
兄嫁が不妊治療中だということまで知っているらしく、春子が声を潜めて囁いてくる。リビングで陽太の相手をしている姉には聞こえないトーンで。
優香にとっても大輝の一周忌を迎えたことは、一つの大きな節目にはなっている。けれどそれは、亡き夫のことをもう忘れてもいいということでは決して無い。大輝のことを常に想いながらも、何とか生きてきた一年。でも、まだたったの一年しか経っていないのだ。一年だけで、何がどう変わるんだろうか。
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