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第九話・元カノ?
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その噂話をショップへと持ち込んできたのは、昼休憩を終えたばかりの大庭詩織だった。根っからの地元民ということもあり、詩織は他のテナントにも昔からの知り合いが多い。社員食堂でたまたま会ったという同級生の沙耶は、アジアン雑貨ばかりを扱う店の副店長らしい。
穂香も何度か見かけたことがあるが、いつもロングのチャイナドレスを着ていて、なかなか目立つ美人さんだ。
「沙耶から聞かれたんですけど、うちのオーナーって『ルーチェ』のオーナーと最近まで付き合ってたって本当ですか?」
『ルーチェ』というのは、穂香達の店『セラーデ』の通路を挟んで斜め向かいにあるアパレルショップのこと。オーナー自らが韓国で仕入れて来たレディース商品ばかりを扱うセレクトショップ。『セラーデ』よりは少し上、30代からのキャリアウーマン向け商品が多い。
「ああ、可能性はありそうだよね。確か、向こうのオーナーとは幼馴染じゃなかったっけ? 本店同士も近いし」
「あ、そう言えばそうでしたね。『ルーチェ』のオープンにはうちのオーナーが結構協力してあげたって聞いたことあります」
「そうそう、お互いがそれぞれの会社の役員になってるし、親の代からの付き合いっぽいね。ハトコとか、何かそういう遠縁じゃなかったっけ?」
平日の昼間ということもあって客足も少なく、閑散とした店内で弥生と詩織がヒソヒソと噂話に花を咲かせる。
穂香は島什器のカットソーを畳み直しながら、二人の話を黙って聞いていた。
――『ルーチェ』のオーナーって確か……。
顔見知りの170cm近い長身の女性のことを頭に浮かべる。『ルーチェ』のオーナーである山崎留美のことは、その身長で7cmはあるヒールを履いていたから、初めて会った時はイベントに借り出されたモデルさんだと勘違いしてしまった。
確かにあの背丈だと、並みの男性ではつり合いが取れない。川岸くらいないと男性側が萎縮してしまってもおかしくはない。
「オーナーも留美ちゃんって下の名前で呼んでるくらいだし、あり得なくもないんじゃない?」
「えー、でも、お似合い過ぎて逆に面白くないですよね」
長身の美男美女のカップル。たまに並んで歩いている姿を目にすることはあったが、確かにそれは異次元の光景だった。
川岸のマンションに居候し始めてから随分経つが、昔の交際相手のことを話すほどは打ち解けてはいない。どちらかと言うと、互いに意識しないよう平静を保って生活している。特に川岸の方は穂香のことを一従業員としか思っていないみたいだったし、穂香だって彼のマンションを追い出されても困るから、ただの居候に徹していた。今更、ネットカフェに戻るのは勘弁したい。
でも、会話は少なくても、一緒に住んでいれば何となく自然と分かることもある。例えばそう、彼を捨てて家を出ていった元婚約者が可愛い雑貨が好きで、料理が得意だということなど。
だから、穂香は弥生達の会話に首を傾げてしまう。少し前に別れたという元カノがどうしても斜め向かいの店のオーナーとは思えないのだ。
――山崎オーナーって、昨日も一階でお惣菜を買ってたよね……?
シフトが早番の時に一階の食品売り場で食材を買って帰ることがあるが、割と高頻度で『ルーチェ』のオーナーのことを見かける。いつも出来合いの総菜コーナーで難しい顔をしてパックを品定めしていて、ちらっと覗き見たカゴの中に加工前の食材が入っていたためしがない。だから、どう考えても彼女は料理は全くしない人だ。
勿論、弥生達と同じように川岸達の関係はとても気になるが、二人が元恋人というのは無いなと結論付ける。
「あ、ほら。噂をすれば――」
弥生が好奇心丸出しの声で、通路の先を顎で示す。詩織と一緒に首を伸ばして店先を覗いてみると、オーナー二人が並んでこちらへと向かってくるところだった。どちらも手に資料を持ちながら話し合っているところを見ると、今日は店長やオーナーが参加するテナント会議の日だったらしい。何か難しい顔で議論しているから、また面倒なイベントをモール側から提案されたのだろう。
「――自店イベントの翌週にまたイベントって、本当に勘弁して欲しいよね。ここって各テナントのこと、何も把握してないわっ」
「来年からは年間のイベント計画をもっと詳細に出して貰うよう、次の会議で提案するしかないな」
「日程が決まってない計画書なんて、何の意味も無いわよね……」
キレ気味に声を荒げて文句を言う山崎を、川岸が「まあまあ」と宥めている。その様子は確かに仲が良さそうで、二人はお互いに心を許し合っているという雰囲気だが、色恋とはまた別だ。性別を超えた古くからの友達という感じで、なぜこの二人が噂になったのかが不思議なくらいだ。
同じことを詩織も弥生も感じたらしく、「なーんだ」と少し詰まらなそうな表情で商品整理へと戻っていった。
穂香も何度か見かけたことがあるが、いつもロングのチャイナドレスを着ていて、なかなか目立つ美人さんだ。
「沙耶から聞かれたんですけど、うちのオーナーって『ルーチェ』のオーナーと最近まで付き合ってたって本当ですか?」
『ルーチェ』というのは、穂香達の店『セラーデ』の通路を挟んで斜め向かいにあるアパレルショップのこと。オーナー自らが韓国で仕入れて来たレディース商品ばかりを扱うセレクトショップ。『セラーデ』よりは少し上、30代からのキャリアウーマン向け商品が多い。
「ああ、可能性はありそうだよね。確か、向こうのオーナーとは幼馴染じゃなかったっけ? 本店同士も近いし」
「あ、そう言えばそうでしたね。『ルーチェ』のオープンにはうちのオーナーが結構協力してあげたって聞いたことあります」
「そうそう、お互いがそれぞれの会社の役員になってるし、親の代からの付き合いっぽいね。ハトコとか、何かそういう遠縁じゃなかったっけ?」
平日の昼間ということもあって客足も少なく、閑散とした店内で弥生と詩織がヒソヒソと噂話に花を咲かせる。
穂香は島什器のカットソーを畳み直しながら、二人の話を黙って聞いていた。
――『ルーチェ』のオーナーって確か……。
顔見知りの170cm近い長身の女性のことを頭に浮かべる。『ルーチェ』のオーナーである山崎留美のことは、その身長で7cmはあるヒールを履いていたから、初めて会った時はイベントに借り出されたモデルさんだと勘違いしてしまった。
確かにあの背丈だと、並みの男性ではつり合いが取れない。川岸くらいないと男性側が萎縮してしまってもおかしくはない。
「オーナーも留美ちゃんって下の名前で呼んでるくらいだし、あり得なくもないんじゃない?」
「えー、でも、お似合い過ぎて逆に面白くないですよね」
長身の美男美女のカップル。たまに並んで歩いている姿を目にすることはあったが、確かにそれは異次元の光景だった。
川岸のマンションに居候し始めてから随分経つが、昔の交際相手のことを話すほどは打ち解けてはいない。どちらかと言うと、互いに意識しないよう平静を保って生活している。特に川岸の方は穂香のことを一従業員としか思っていないみたいだったし、穂香だって彼のマンションを追い出されても困るから、ただの居候に徹していた。今更、ネットカフェに戻るのは勘弁したい。
でも、会話は少なくても、一緒に住んでいれば何となく自然と分かることもある。例えばそう、彼を捨てて家を出ていった元婚約者が可愛い雑貨が好きで、料理が得意だということなど。
だから、穂香は弥生達の会話に首を傾げてしまう。少し前に別れたという元カノがどうしても斜め向かいの店のオーナーとは思えないのだ。
――山崎オーナーって、昨日も一階でお惣菜を買ってたよね……?
シフトが早番の時に一階の食品売り場で食材を買って帰ることがあるが、割と高頻度で『ルーチェ』のオーナーのことを見かける。いつも出来合いの総菜コーナーで難しい顔をしてパックを品定めしていて、ちらっと覗き見たカゴの中に加工前の食材が入っていたためしがない。だから、どう考えても彼女は料理は全くしない人だ。
勿論、弥生達と同じように川岸達の関係はとても気になるが、二人が元恋人というのは無いなと結論付ける。
「あ、ほら。噂をすれば――」
弥生が好奇心丸出しの声で、通路の先を顎で示す。詩織と一緒に首を伸ばして店先を覗いてみると、オーナー二人が並んでこちらへと向かってくるところだった。どちらも手に資料を持ちながら話し合っているところを見ると、今日は店長やオーナーが参加するテナント会議の日だったらしい。何か難しい顔で議論しているから、また面倒なイベントをモール側から提案されたのだろう。
「――自店イベントの翌週にまたイベントって、本当に勘弁して欲しいよね。ここって各テナントのこと、何も把握してないわっ」
「来年からは年間のイベント計画をもっと詳細に出して貰うよう、次の会議で提案するしかないな」
「日程が決まってない計画書なんて、何の意味も無いわよね……」
キレ気味に声を荒げて文句を言う山崎を、川岸が「まあまあ」と宥めている。その様子は確かに仲が良さそうで、二人はお互いに心を許し合っているという雰囲気だが、色恋とはまた別だ。性別を超えた古くからの友達という感じで、なぜこの二人が噂になったのかが不思議なくらいだ。
同じことを詩織も弥生も感じたらしく、「なーんだ」と少し詰まらなそうな表情で商品整理へと戻っていった。
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