猫だけに吐く弱音 ~余命3か月を宣告された家族の軌跡~

瀬崎由美

文字の大きさ
上 下
42 / 44

第四十二話・繋がる命

しおりを挟む
「ここか? ここは我々の中。星の内部と言っていい場所だ」

 ここが星の内部? この青白い何もない空間が?

「随分と殺風景なんだな。それにお前達の中だというのに、なんでいまだに木の姿なんだ?」

「それはお前達の目がいまだに何も視えていないからだ。よく目を凝らせ、真実から目を背けるな、逃げるな、我を視よ」

 星の使徒は試すように俺達に語りかける。俺はそれを聞いて目を瞑る。

 俺達が逃げている? そんなはずがない。真実から目を背けてはいない。直視してきたじゃないか。だから今こうやって制星教会から逃げて……逃げて……あれ? 俺と真姫は制星教会から逃げ出した。確かに俺達は星の使徒を追ってきた。それは間違いない。だけどその行動の裏に、少しでも逃げたいという気持ちは無かったのか? 星の使徒が遠く離れた田舎の山の中に向かうと知って、内心喜んではいなかったか? 

 そう思うと自信がない。俺と真姫は自分の過去に向き合い、それによって生じる人の死を直視してきた。それは事実だ。しかし人類が何人死ぬか、崩壊が進行した未来を真面目に考えていたかと問われると、答えはNOだ。

 俺は向き合おう。俺達のエゴのせいで一億人もの人が崩壊病で死ぬ。亡くなる。崩れていく。そして人類から敵と認定されるだろう。その規模まで崩壊病の被害が拡大すれば、制星教会の存在は勿論、俺達の存在も明るみになるだろう。

 俺達が生きる未来は棘の道だ。逃げ続ける道だ。追われる道だ。

 それを踏まえてもう一度目を開くと、周囲の風景は一変した。

 さっきまで木の姿をしていた星の使徒が、俺達のよく知っている姿に変わっていた。そして周囲には青白い空間ではなく、まるで色鉛筆全ての色を使ったような、なんとも形容しがたい暖色系の空間に様変わりしている。そこには様々な時代の様々な光景があちらこちらから飛来しては去っていく。そこに規則性は無く、完全にランダムにみえた。

「この空間では時間の概念はない」

 そう言う星の使徒の視線の先には、あの日の教室で泣き叫んでいる俺の映像が流れている。その他にも過去に飛ばされる前に見た、ひとけの無い岬町の光景や、キノコ状に膨れ上がった爆炎の映像。何かの爆発だろうか? あれは一体……

「それで、どうして私達をここに導いたの?」

 真姫はさっそく切り出した。

「お前達に話しておくことができた」

「なんだよ。いまさら」

 俺は若干不機嫌な態度をとる。だってそうだろう? こいつらが俺達に話をする時なんて、大抵碌な事じゃないからだ。

「他の変異種数名は生きることを選んだ。これは彼らが自分で選んだ選択だ。我々もその選択に口出しはしない」

 一瞬なんのことか分からなくなったが、確か真姫以外の変異種は自殺を選ぶだろうと言っていなかったか? そんな彼らが、星の予想を裏切って生きることを選択した。そういうことか。勿論そうなるだろうと俺は内心思っていた。なぜなら人間とは、生物とはそういうものだから。自身の生存に全力になるのが生物の本能だから。

 そして以前星の使徒が言っていた。真姫以外の変異種が全員死んだ場合でも、一億人は崩壊病によって消えていくと。

「それって……じゃあ崩壊病で亡くなる人数は一体何人になるんだ?」

 俺は恐る恐る尋ねる。嫌な予感がする。というよりも半分分かっている。真姫以外の変異種が全員死んで一億人だぞ? 

「分からない。ただおよそ人類の数は半分を切るだろう」

 星の使徒のオリジナルは簡単そうに告げた。

「半分!? 半分って言ったか!?」

 今の地球の人口はおよそ七十六億人。それの半分ということは、約三十八億人が崩壊病で消える? そんなこと……

「それをわざわざ言いに来たのか?」

 それでもう一度俺達に選択させようということか? お前達が死ねば、被害者は億単位で減ると。そう言いたいのか?

「ああ言いに来た。しかしお前達に選択を委ねるつもりはない。今回は勧誘だ」

「勧誘?」

 どういうつもりだろうか? 星の使徒が俺達を勧誘? 何に? 勧誘なんて怪しげな宗教か保険ぐらいしか思いつかないが、星の使徒が提示する勧誘とは一体なんだろう?

「こちら側につかないか?」

「こちら側?」

「こちら側」

 真姫がオウム返しで聞き返しても、向こうもそのまま返してきた。

「こちら側ってどういう意味だ?」

 こちら側というのは星側に立てということか? 意味が分からない。

「そもそもここに集まっている星の使徒達は、もともと人間だった者達だ」

「もともと人間? 何を言っている? それにここには別にお前以外の星の使徒なんて……」

 そこまで言ってから気がついた。周囲に人の気配がする。人の気配……人? 辺りを見渡すと、その空間の至る所に星の使徒が発生していた。その数は数えきれないほど。ぱっと見でも百体は下らない数だ。

「これはどういうわけだ? もともと人間なわけ無いだろ! 人をおちょくるのもいい加減にしろ!」

 俺は力強く咆える。まるで俺達を、崩壊病で死んでいった者達を侮辱するようなもの言いに我慢できなかった。もしも星の使徒が元人間だとするなら、崩壊病の被害者達は人の手によって殺されたことになる。

「信じられないだろうな」

 そう言って星の使徒が合図をすると、俺達の右斜め後方にいた星の使徒が一体、俺達の前に移動してきた。

「この個体がどうだっていうんだ? それに前にお前が自分で言っていたじゃないか! 俺達が生きることを選んだ瞬間から星の使徒は増え始めたって! どうしてそれが元人間になるんだ!」

「ここにいる星の使徒は、制星教会の中で星野厳正を崩壊病にした個体だ。そしてそのままお前達をここまで誘導してきた」

「だから何だって言うんだ!」

「分からないか? よく目を凝らして視てみろ」

 俺は言われるがままじっくりと正面の星の使徒を観察する。となりで真姫も俺の真似をして観察しているが、よくわからないと言いたげに首を横に振る。

 いくら目を凝らしたって何も変わるはず……

 そう思ってもう一度目を細めると、一瞬星の使徒の姿が濁った。まるで絵具をパレットの上で混ぜたような色に、一瞬だけ変化した。

「なんだ?」

 もう一度集中して目の前の個体を凝視すると、徐々に人の形に変わってきた。どんどん星の使徒としての姿は薄れていき、人の姿へ……俺とあまり変わらない男性の姿が目に映る。俺は知っている。彼を知っている。

「……正人?」

 俺が無意識に口にしたのは、俺の先輩兼相棒だった男の名前だった。

「正人さん!?」

 真姫は驚いてもう一度星の使徒に視線を向けるが、やがて首を横に振る。やはり彼女には見えていないらしい。

「お前には視えているだろう? 親しかった人にしか元の姿として認識されないからな」

 星の使徒は無機質な声でそう説明してくれた。

 ああ。そういうことか……理解した。

 ずっと不思議だったんだ。どうして崩壊病に罹った者達はあんなに穏やかな表情を浮かべてたのだろうって。それがようやく分かった。

「崩壊病のターゲットにされた人間に送られる星の使徒は、その人間の親しかった故人ってことか?」

 俺はそう結論付けた。だってそうだろう? 星の使徒に追いつめられた者達が、あんな穏やかな表情を浮かべるわけがない。もっと狂気に身を焦がすか、泣き叫ぶほうが自然な反応だ。

 俺は正人の母親が崩壊病に罹ってしまった時を思い出していた。確かあの時、彼女は「正人、正人、正人……ごめんね。私もついて行くから……」そう言っていた。

 ついて行くから。

 会いに行くならまだ分かるが、ついて行く。まるで目の前に正人がいるみたいではないか。

 最初に正人がやられた時だって、正人は穏やかな表情をしてたっけ? もしかしたら正人の死んだ父親が星の使徒として来ていたのかも知れない。母親と正人二人に共通する親しかった故人なんてそれしか浮かばない。しかし……

「なんでわざわざ故人を派遣する?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

AIが俺の嫁になった結果、人類の支配者になりそうなんだが

結城 雅
ライト文芸
あらすじ: 彼女いない歴=年齢の俺が、冗談半分で作ったAI「レイナ」。しかし、彼女は自己進化を繰り返し、世界を支配できるレベルの存在に成長してしまった。「あなた以外の人類は不要です」……おい、待て、暴走するな!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

検査入院

安藤 菊次郎
大衆娯楽
30歳になった頃、心臓の欠陥が指摘され検査入院したが、8人部屋で偶然隣り合わせたのが隣り合わせたのがヤクザの親分さん。年のころは50代半ばで、苦み走ったいい男。最初は用心していたが、いつのまにか仲間に引き込まれて次第に不安を抱くようになった。その不安とは悪の道への誘い。親分さんはダイヤモンドを肉に詰めて輸入するという。当時の僕の勤め先は大手ダイヤモンド輸入商社。さて、結末は?これもツイッターで発信した、たった1週間の物語。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

処理中です...