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第三十六話・会食リベンジ
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3回目の妊婦健診は仕事との都合がつかず、予約を変更して3週間空けてしまうことになった。予定ではすでに10週目に入ったところなので、順調に育っているなら少しは大きくなっているだろうか。不安と期待とが入り混じった複雑な気持ちで、有希は産院の待合室のソファーに身を預けていた。
ドキドキしながら待っていると名前が呼ばれたが、今日は内診室ではなくて診察室へ入るように言われた。
「ベッドで横になってお待ちください」
診察室内にあるピンクのタオルケットが敷かれた診察ベッドに誘導される。タオルケットの下には電気パット的な物が敷かれているのか、横になるとほんわかと身体に温かくて心地良い。フカフカのベッドはまるでエステの施術台のようで、薄手の毛布を掛けられて医師を待っていると、至れり尽くせりな感じがして少し照れくさかった。
週数が進んだ後は腹部エコーで検査をすると説明されて、もうあの椅子に座らなくて済むのかと喜びかけたが、残念ながらそうでもないらしい。腹部エコーの後には内診も毎度あると言われて、密かにガックリする。
「ツワリは出てきてる?」
「はい、少しずつ……」
「あ、ほら、手も足もしっかり分かるようになって、よく動いてるわね」
ベッドの上でチュニックワンピを捲ってさらけ出されたお腹に機械を当てながら、女医はモニターに映る影を指し示して微笑んでいた。頭を上げてモニターに視線を送ると、横を向いて両手両足をバタバタと動かし全身で存在をアピールしている胎児の姿が目に入った。ベッド横で付き添っていた看護師も思わず噴き出している。
「かわいい……」
「ビュンビュン動いてるわね」
3週間前にはまだ朧気で何となくしか分からなかったエコーは、はっきりと人型になっていた。小さな手足をこれでもかとバタつかせている。もうそんな動きができるのかと不思議な気持ちでしばらく見ていたが、お腹の子の激しい動きは有希が咳込んだことで、ぴたりと止んでしまった。声か振動のどちらにビックリしたのかは分からないが、それ以降のエコーでは動く気配はなかった。
可愛い動きが止まってしまったのを残念に思いながら、有希は内診室へと移動する。妊娠したせいか、最近はやたらと喉が渇くようになった。油断するとすぐに喉を痛めてしまい、少し咳込むことが増えていた。
心拍どころか、手足をバタつかせる姿まで確認できた後、母子手帳の交付の為の説明を看護師から受けた。産院を出たその足で、病院で書いて貰った書類を持って保健センターへと向かう。
「それじゃあ、お母さんの名前は苗字は鉛筆書きにして、籍を入れられたら書き直して下さいね」
母子手帳の表紙には子供の両親の名前を記入する欄があったが、まだ入籍前なので父親名は空欄で、母親名は苗字を書き換えられるように鉛筆書きで記入する。健診の際に必ず提出しなきゃいけないから、先走って雅人の苗字にしてしまうと診察券や保険証の名前と違ってしまうので、まだ広瀬の名前で書いておく必要があるのだ。
産院も保健センターも、有希のような入籍前の妊婦の対応には慣れているようで、これといって嫌な思いをすることは一切なかった。
有希は交付されたばかりの母子手帳を大事に鞄にしまい込み、一緒に貰った大量のサンプルやパンフレットの入った紙袋を片手に保健センターの建物を出る。次に雅人に会う時には母子手帳ケースを一緒に買いに行くという楽しみができた。
胎児の心拍の確認が出来てからは、坂道を下るかの勢いで有希の体調は悪くなっていった。常に乗り物酔いや二日酔いのような、クラクラした状態が続き、胃がすっきりしない。匂いに過剰反応してしまい吐き気まで出ることも。実際に吐き戻すことはほとんど無かったが、大抵はギリギリだった。
これが軽い方だと言われても信じられないが、世の中には出産ギリギリまで入院して過ごす妊婦さんもいるらしいから驚きだ。
「食べられる時に食べなさい」
ツワリは自身の母親に似ることが多いらしく、母も姉の由依も同じくらいの時期に起きて、似たような症状だったと聞き、遺伝子的に逃れられないことなんだと諦める。
無理して食べても吐いてしまうから、気分の良い時に食べられる物を食べる。今は栄養は気にせず、とにかく口に入れても平気な物を探っていく感じだ。これまでは大好きだった納豆も匂いで気持ち悪くなったりと、味覚と嗅覚が大変化していた。
経験者二人のアドバイスから、生活サイクルは体調に合わせて過ごすようにした。外で勤めていないからこそ出来る技だ。
「これ、いつ治まるの?」
「そうねぇ、私の時は安定期に入ったら、すっと治まったわ」
「安定期って、5か月だっけ? まだ1か月以上あるし……」
日によっては一日中ベッドで寝て過ごすこともあったが、それでも何とか雅人の両親との会食はこなした。父の生きていた時に予定していたホテルよりもさらに実家に近いホテルのレストランを予約して、母と二人で挑んだ顔合わせは終始和やかな雰囲気だった。ホテルも以前のところほどは気負いしなくて済んだので、カジュアルなシティホテルを選んだのは正解だった。
「有希さんの赤ちゃん、とっても楽しみですわ」
「親戚の集まりになっても、どこでも孫の話ばかりでついていけなかったけど、ようやく参加できそうです」
初孫の誕生に喜びを隠し切れない雅人の両親は、一度目の会食をドタキャンされたことなんて忘れたかのようにご機嫌だった。結婚に対する顔合わせのはずだったが、まるで妊娠のお披露目会のようで、少しばかり拍子抜けした。
「もっと結婚に関する話をするつもりだったのに……」
帰りの車の中で、母がぽつりと呟いた。入籍や同居の時期などを詰めて相談するつもりだったのに、最後まで孫話で終わってしまったと嘆く。母からすれば3人目の孫だから、初孫のあちらとは温度差が違い過ぎたのだろう。
――まぁ、向こうにしてみれば、雅人の結婚自体が2度目だから、その辺りは新鮮味に欠けるんだろうな。
とりあえず無事に顔合わせのリベンジを果たし終えてホッとする。緊張することなくリラックスしていたせいか、ツワリをあまり感じることなく、ホテルの和会食もほとんど食べ切れた。
ドキドキしながら待っていると名前が呼ばれたが、今日は内診室ではなくて診察室へ入るように言われた。
「ベッドで横になってお待ちください」
診察室内にあるピンクのタオルケットが敷かれた診察ベッドに誘導される。タオルケットの下には電気パット的な物が敷かれているのか、横になるとほんわかと身体に温かくて心地良い。フカフカのベッドはまるでエステの施術台のようで、薄手の毛布を掛けられて医師を待っていると、至れり尽くせりな感じがして少し照れくさかった。
週数が進んだ後は腹部エコーで検査をすると説明されて、もうあの椅子に座らなくて済むのかと喜びかけたが、残念ながらそうでもないらしい。腹部エコーの後には内診も毎度あると言われて、密かにガックリする。
「ツワリは出てきてる?」
「はい、少しずつ……」
「あ、ほら、手も足もしっかり分かるようになって、よく動いてるわね」
ベッドの上でチュニックワンピを捲ってさらけ出されたお腹に機械を当てながら、女医はモニターに映る影を指し示して微笑んでいた。頭を上げてモニターに視線を送ると、横を向いて両手両足をバタバタと動かし全身で存在をアピールしている胎児の姿が目に入った。ベッド横で付き添っていた看護師も思わず噴き出している。
「かわいい……」
「ビュンビュン動いてるわね」
3週間前にはまだ朧気で何となくしか分からなかったエコーは、はっきりと人型になっていた。小さな手足をこれでもかとバタつかせている。もうそんな動きができるのかと不思議な気持ちでしばらく見ていたが、お腹の子の激しい動きは有希が咳込んだことで、ぴたりと止んでしまった。声か振動のどちらにビックリしたのかは分からないが、それ以降のエコーでは動く気配はなかった。
可愛い動きが止まってしまったのを残念に思いながら、有希は内診室へと移動する。妊娠したせいか、最近はやたらと喉が渇くようになった。油断するとすぐに喉を痛めてしまい、少し咳込むことが増えていた。
心拍どころか、手足をバタつかせる姿まで確認できた後、母子手帳の交付の為の説明を看護師から受けた。産院を出たその足で、病院で書いて貰った書類を持って保健センターへと向かう。
「それじゃあ、お母さんの名前は苗字は鉛筆書きにして、籍を入れられたら書き直して下さいね」
母子手帳の表紙には子供の両親の名前を記入する欄があったが、まだ入籍前なので父親名は空欄で、母親名は苗字を書き換えられるように鉛筆書きで記入する。健診の際に必ず提出しなきゃいけないから、先走って雅人の苗字にしてしまうと診察券や保険証の名前と違ってしまうので、まだ広瀬の名前で書いておく必要があるのだ。
産院も保健センターも、有希のような入籍前の妊婦の対応には慣れているようで、これといって嫌な思いをすることは一切なかった。
有希は交付されたばかりの母子手帳を大事に鞄にしまい込み、一緒に貰った大量のサンプルやパンフレットの入った紙袋を片手に保健センターの建物を出る。次に雅人に会う時には母子手帳ケースを一緒に買いに行くという楽しみができた。
胎児の心拍の確認が出来てからは、坂道を下るかの勢いで有希の体調は悪くなっていった。常に乗り物酔いや二日酔いのような、クラクラした状態が続き、胃がすっきりしない。匂いに過剰反応してしまい吐き気まで出ることも。実際に吐き戻すことはほとんど無かったが、大抵はギリギリだった。
これが軽い方だと言われても信じられないが、世の中には出産ギリギリまで入院して過ごす妊婦さんもいるらしいから驚きだ。
「食べられる時に食べなさい」
ツワリは自身の母親に似ることが多いらしく、母も姉の由依も同じくらいの時期に起きて、似たような症状だったと聞き、遺伝子的に逃れられないことなんだと諦める。
無理して食べても吐いてしまうから、気分の良い時に食べられる物を食べる。今は栄養は気にせず、とにかく口に入れても平気な物を探っていく感じだ。これまでは大好きだった納豆も匂いで気持ち悪くなったりと、味覚と嗅覚が大変化していた。
経験者二人のアドバイスから、生活サイクルは体調に合わせて過ごすようにした。外で勤めていないからこそ出来る技だ。
「これ、いつ治まるの?」
「そうねぇ、私の時は安定期に入ったら、すっと治まったわ」
「安定期って、5か月だっけ? まだ1か月以上あるし……」
日によっては一日中ベッドで寝て過ごすこともあったが、それでも何とか雅人の両親との会食はこなした。父の生きていた時に予定していたホテルよりもさらに実家に近いホテルのレストランを予約して、母と二人で挑んだ顔合わせは終始和やかな雰囲気だった。ホテルも以前のところほどは気負いしなくて済んだので、カジュアルなシティホテルを選んだのは正解だった。
「有希さんの赤ちゃん、とっても楽しみですわ」
「親戚の集まりになっても、どこでも孫の話ばかりでついていけなかったけど、ようやく参加できそうです」
初孫の誕生に喜びを隠し切れない雅人の両親は、一度目の会食をドタキャンされたことなんて忘れたかのようにご機嫌だった。結婚に対する顔合わせのはずだったが、まるで妊娠のお披露目会のようで、少しばかり拍子抜けした。
「もっと結婚に関する話をするつもりだったのに……」
帰りの車の中で、母がぽつりと呟いた。入籍や同居の時期などを詰めて相談するつもりだったのに、最後まで孫話で終わってしまったと嘆く。母からすれば3人目の孫だから、初孫のあちらとは温度差が違い過ぎたのだろう。
――まぁ、向こうにしてみれば、雅人の結婚自体が2度目だから、その辺りは新鮮味に欠けるんだろうな。
とりあえず無事に顔合わせのリベンジを果たし終えてホッとする。緊張することなくリラックスしていたせいか、ツワリをあまり感じることなく、ホテルの和会食もほとんど食べ切れた。
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