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第二十一話・緊急入院2
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コタツで横になる父を視界に入れながら、有希は母と二人でキッチンカウンターの中で話し合っていた。今後、どうしてあげるのが父の為に良いのだろうかと。
「出来るだけギリギリまで家で見てあげていたいから、往診に来てくれる先生を紹介して貰えるか聞いてみようかと思って」
「私はお父さん自身が病院にいる方が安心できるんなら、無理して家に置いておく必要はないと思うけど。家に居たら何の治療もせず放っておかれてる気分になるだろうし」
「ああ、そういう考え方もあるわね。どうしようかしら」
亡き祖父母にしてきたように自宅で最期を看取ることを理想とする母と、何かあればすぐに対処して貰えるから病院に居る方が安心するのではと考える次女。どちらも信一のことを思っての判断だったが、本人にとって何が一番なのかは実際のところは分からない。
これからどうするべきか、翌日にでも主治医に相談しに行こうということだけが二人の間で決まった。
翌朝、有希は母と共に病院へ向かった。1年前から父を診てもらっている脳神経外科の木下医師と、今後のことを相談する為だ。彼以外の医師は告知を前提とした積極的な治療を勧めている為、この病院で有希達の話をまともに聞いてくれるのは主治医くらいだった。癌患者への告知が当たり前になりつつある今、告知しなかった家族への風当たりは意外と強い。
――余命3か月しかない患者に告知したところで、何が変わるんだろうか。残された時間がもっとあれば別だけれど、たった3か月しかないと言われた人は不安に圧し潰されている内に死んでしまうんじゃないだろうか。母が言ったように、絶望のあまりに自ら死期を早める人もいるだろう。まさに父がそのタイプだったから、最後まで告知することが出来なかった。
終末医療についての考え方は人それぞれ。僅かな可能性を賭けて最期まで戦い続けるのを良しとする人もいれば、抗わず穏やかな死を望む人もいる。何が正解かなんて、誰にも分からない。
「これだけ頑張ってくれたんだから、後は痛みを取り除いてあげることだけを考えましょう」
主治医は病院での緩和ケアを勧めてきた。痛みや苦しみを抑えて、残りの日々は穏やかに過ごさせてあげましょうと。
病室はどの病棟も満室状態のはずなのに、父の為に個室を確保してくれるとのことだった。
余命3ヶ月と言われ、ガンマナイフでの治療でも半年持てば良い方だと言われたにも関わらず、父は末期の肺癌と診断されてから13ヶ月も生き続けてくれた。
痛みが出たらすぐに処置してもらえる場所に居るのが父としても一番安心するのではないかと思い、父本人の意思を確認した後に入院させることを有希達家族は決めた。
迷いが消え、どこかホッとした表情になった有希達に、木下医師は幼い子を諭すよう声を落として優しく告げる。
「もう退院はできないよ。帰る時は裏からになるからね」
事実上、これが父にとって最後の入院になるということだった。もう父が病院の正面玄関から出入りすることはない。
自宅で看取りたいと思うのは、家族のエゴだったのかもしれない。父本人も、痛みがなくなるのなら入院しても良いと医師にも言っていたらしい。だから父の為にも、母の為にも、痛みのない穏やかな状態を保つのが家族の形として最良だと思えた。
帰宅した母が入院のことを伝えに夫の元へ行くと、父は和室に敷かれた布団の中で痙攣を起こし、全身を硬直させていた。以前に起こったのと全く同じ症状だった。小刻みに震えを起こしていなければ、布団に入って普通に眠っているようにさえ見えた。
すぐに救急車を呼んで、病院へ運んで貰うことになった。おかげで近所中に急病人がいることが知れ渡ってしまったが、もう気にしたり隠している余裕なんかない。近所の人達もきっと少なからず気付いているはずだし。
結局、同じ入院でも、予定外に救急患者としての入院となってしまった。
運良く救急処置室でも担当医に診てもらうことができ、CT検査によって今回は脳出血は見られないと言われて有希達はホッとした。
今回の発作の原因は、処方されていた癲癇の薬を飲んでいなかったことにあった。ここ最近、薬を飲むということができなくなりつつあり、痛み止めの薬だけを飲むのが精一杯だった。当然ながら、ここ4日くらいは父は食欲が無いと言って、まともに食事を取っていなかった。1日2杯のホットミルクと、通院時に打ってもらっていた点滴だけが唯一の栄養源だった。
状態が落ち着き、父が一般の処置室へ移動された後、有希は荷物を取りに一旦一人で帰宅した。荷物を抱えて再度病院に戻って来た時には、用意して貰っていた個室のベッドで父は点滴をしながら眠っていた。
点滴で栄養を入れても、もう全てをガン細胞に取られてしまうということで生理食塩水での水分補給と痛み止めだけだった。
担当医の判断は、延命は一切せずに痛みを取ることだけを考えてあげるということだった。もし父の呼吸が止まってしまっても全て自然に任せるという提案に、有希達家族は迷わず同意した。
今使っている痛み止めが効かなくなった時には、モルヒネの座薬を入れて意識ごと痛みを分からなくしてしまう可能性もあるという。もしそうなれば、父は広瀬信一という人格を失ってしまうことになるが、それも仕方ないのかもしれない。
正直、どうしてあげるのが一番なのかは分からない。でも、出来る限り父と母の傍にいてあげることが自分の役目なんだと有希はそういう気がしていた。
「出来るだけギリギリまで家で見てあげていたいから、往診に来てくれる先生を紹介して貰えるか聞いてみようかと思って」
「私はお父さん自身が病院にいる方が安心できるんなら、無理して家に置いておく必要はないと思うけど。家に居たら何の治療もせず放っておかれてる気分になるだろうし」
「ああ、そういう考え方もあるわね。どうしようかしら」
亡き祖父母にしてきたように自宅で最期を看取ることを理想とする母と、何かあればすぐに対処して貰えるから病院に居る方が安心するのではと考える次女。どちらも信一のことを思っての判断だったが、本人にとって何が一番なのかは実際のところは分からない。
これからどうするべきか、翌日にでも主治医に相談しに行こうということだけが二人の間で決まった。
翌朝、有希は母と共に病院へ向かった。1年前から父を診てもらっている脳神経外科の木下医師と、今後のことを相談する為だ。彼以外の医師は告知を前提とした積極的な治療を勧めている為、この病院で有希達の話をまともに聞いてくれるのは主治医くらいだった。癌患者への告知が当たり前になりつつある今、告知しなかった家族への風当たりは意外と強い。
――余命3か月しかない患者に告知したところで、何が変わるんだろうか。残された時間がもっとあれば別だけれど、たった3か月しかないと言われた人は不安に圧し潰されている内に死んでしまうんじゃないだろうか。母が言ったように、絶望のあまりに自ら死期を早める人もいるだろう。まさに父がそのタイプだったから、最後まで告知することが出来なかった。
終末医療についての考え方は人それぞれ。僅かな可能性を賭けて最期まで戦い続けるのを良しとする人もいれば、抗わず穏やかな死を望む人もいる。何が正解かなんて、誰にも分からない。
「これだけ頑張ってくれたんだから、後は痛みを取り除いてあげることだけを考えましょう」
主治医は病院での緩和ケアを勧めてきた。痛みや苦しみを抑えて、残りの日々は穏やかに過ごさせてあげましょうと。
病室はどの病棟も満室状態のはずなのに、父の為に個室を確保してくれるとのことだった。
余命3ヶ月と言われ、ガンマナイフでの治療でも半年持てば良い方だと言われたにも関わらず、父は末期の肺癌と診断されてから13ヶ月も生き続けてくれた。
痛みが出たらすぐに処置してもらえる場所に居るのが父としても一番安心するのではないかと思い、父本人の意思を確認した後に入院させることを有希達家族は決めた。
迷いが消え、どこかホッとした表情になった有希達に、木下医師は幼い子を諭すよう声を落として優しく告げる。
「もう退院はできないよ。帰る時は裏からになるからね」
事実上、これが父にとって最後の入院になるということだった。もう父が病院の正面玄関から出入りすることはない。
自宅で看取りたいと思うのは、家族のエゴだったのかもしれない。父本人も、痛みがなくなるのなら入院しても良いと医師にも言っていたらしい。だから父の為にも、母の為にも、痛みのない穏やかな状態を保つのが家族の形として最良だと思えた。
帰宅した母が入院のことを伝えに夫の元へ行くと、父は和室に敷かれた布団の中で痙攣を起こし、全身を硬直させていた。以前に起こったのと全く同じ症状だった。小刻みに震えを起こしていなければ、布団に入って普通に眠っているようにさえ見えた。
すぐに救急車を呼んで、病院へ運んで貰うことになった。おかげで近所中に急病人がいることが知れ渡ってしまったが、もう気にしたり隠している余裕なんかない。近所の人達もきっと少なからず気付いているはずだし。
結局、同じ入院でも、予定外に救急患者としての入院となってしまった。
運良く救急処置室でも担当医に診てもらうことができ、CT検査によって今回は脳出血は見られないと言われて有希達はホッとした。
今回の発作の原因は、処方されていた癲癇の薬を飲んでいなかったことにあった。ここ最近、薬を飲むということができなくなりつつあり、痛み止めの薬だけを飲むのが精一杯だった。当然ながら、ここ4日くらいは父は食欲が無いと言って、まともに食事を取っていなかった。1日2杯のホットミルクと、通院時に打ってもらっていた点滴だけが唯一の栄養源だった。
状態が落ち着き、父が一般の処置室へ移動された後、有希は荷物を取りに一旦一人で帰宅した。荷物を抱えて再度病院に戻って来た時には、用意して貰っていた個室のベッドで父は点滴をしながら眠っていた。
点滴で栄養を入れても、もう全てをガン細胞に取られてしまうということで生理食塩水での水分補給と痛み止めだけだった。
担当医の判断は、延命は一切せずに痛みを取ることだけを考えてあげるということだった。もし父の呼吸が止まってしまっても全て自然に任せるという提案に、有希達家族は迷わず同意した。
今使っている痛み止めが効かなくなった時には、モルヒネの座薬を入れて意識ごと痛みを分からなくしてしまう可能性もあるという。もしそうなれば、父は広瀬信一という人格を失ってしまうことになるが、それも仕方ないのかもしれない。
正直、どうしてあげるのが一番なのかは分からない。でも、出来る限り父と母の傍にいてあげることが自分の役目なんだと有希はそういう気がしていた。
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