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第三十四話・ろくろ首
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ネットカフェ『INARI』の入店管理にはカウンターに置かれた二台のパソコンを使う。レジとも連動していて、ブースの利用状況も表示できる上、登録した会員情報は系列店の全てで共用し、コミック棚の蔵書管理まで賄えるという万能端末だ。
二面モニターの内、メインのモニターはカウンターの内側を向いていて、客側からは画面が見えないように配置されている。客側のサブモニターで見ることができるのはマップ表示されたブースの空き状況と、清算時の利用明細だけ。
サブモニターのマップ画面では使用中ブースは番号が黒色で塗りつぶされて読めなくなるので、入店した客は番号が表示されているブースの中から希望の席を選んでいく。だから、満席に近い状態になった時のマップ表示は真っ黒だ。
ただ実のところ、番号が消えているブースの全てが使用中という訳でもなかったりする。パソコンの調子が悪かったり備品が破損したりしてメンテナンス中の時もあるし、前の客が帰った後のバッシングがまだ終わっていなかったり、スタッフが休憩場所に使っていたりという場合も同じように真っ黒表示になるのだ。
そのことを知ってか知らずか、お気に入りの席が埋まってしまっている時には、「本当に空いてないの?」とカウンターの中へ首を伸ばしてメインモニターを覗こうとする客がたまに現れる。
特にこの店の場合は禁煙のフラットシートが人気なので、リクライニングとキャスターの席しか空いていない時にフロントでゴネられることが多い。大抵の人は妥協して他のシートで我慢するか、「空いたらすぐに教えて」と、とりあえず別シートを取ってから席移動の希望を残していく。
ただ中には「え、空いてるけど掃除がまだ? じゃあ、終わるのを待ってるから、今すぐやってきてよ」と、こちらの都合は丸無視で我を通してくる人もいたりする。
入退店が重なって、白井と二人並んで受付作業に追われていると、初見の客が店に入ってきた。白井の方のレジは退店客の清算中で、ちょうど手が空いたばかりの千咲が自然と対応に回った。背の低い男性はナイキのロゴの入った黒色のキャップを目深に被り、合皮のセカンドバッグの中から系列店で発行された会員カードを取り出し、慣れた風に言った。
「禁煙で、靴が脱げる席がいいんだけど――」
「フラットシートですね。えっと……申し訳ございません、今は全部埋まっている状態で」
8つある席は全て使用中で、フラットシートに空きは無かった。客側のモニターを指し示しながら、千咲は他の空いているシートを勧める。一応、画面を切り替えて喫煙ブースなら空いていると説明してみるが、男性客は煙草臭いのは無理だと首を横に振る。
「やだなー、本当に? リクライニングって、イマイチ寝心地悪いんだよねぇ……」
そう言いながら、男はメインモニターを覗き込もうと首を伸ばしてくる。カウンターの上に身を乗り出して、ぐっと伸ばされた首が千咲の視界からモニター画面を遮ってきた。
――へ?!
目の前に急に割り込んで来た男の後頭部に、千咲は驚きで声が出ない。カウンター越しの対面にいたはずの男の後ろ頭が、今はなぜか自分の目の前にあり、内側からしか見ることができないはずのメインモニターを覗き込んでブツブツと愚痴っているのだ。頭の中が思わずバグりそうになる。
「このメンテナンス作業って表示されてるのって、何? ここ、パソコン使えないの?」
「え、あ、はい。本体の修理中で――」
「リクライニングで我慢するにしてもさ、せめて隣には誰もいない席がいいんだけど」
モニターの前に割り込んできた頭から離れる為、恐る恐ると千咲はカウンターの中で一歩後ずさった。そして離れたことで男の異形に気付く。
男の身体は間違いなくカウンターの向こうにあるのに、長々と伸ばされた首がぐるりと曲がりくねってカウンターの内側のモニターを見ている。あまりにも長すぎる首のあやかし――ろくろ首だ。
驚きのあまりに顔を強張らせる千咲の方をくるりと振り返り、ニタァと意地悪な笑みを浮かべて見ている。長く伸びた首は蛇のようにクネクネとうねりながら千咲の顔へと近付いてくる。
「おい、あんまり調子に乗ってると、痛い目に合うぞ」
隣の端末で退店の手続きをしていたはずの白井が、男の長い首を掴んで締め上げる。摘まれている指先が皮膚に食い込むのか、男はうめき声をあげて白井の手を振り払おうとするが、強い力に全く抗えていない。
「す、すいません……」
気道を抑えつけられたまま、掠れた声を絞り出す。顔を真っ赤にして目に涙を溜めているところを見ると、かなり苦しそうだ。指の力が緩められると、ケホケホと咳き込みながら、伸ばしていた首を元に戻した。掴まれていた箇所に赤い指型がくっきりと残っている。
「で、席は決まったのか?」
「……さ、31番で、お願いします……」
冷たい薄笑いを浮かべた白井の問いかけに、怯える声でリクライニングシートの番号を伝える。受け取った伝票を手に、ろくろ首は首をだらんと落として指定のブースへと向かっていった。
その背中に向かって、白井は容赦ない台詞を言い放つ。
「首伸ばして他のブースを覗きでもしたら、出禁だからな」
二面モニターの内、メインのモニターはカウンターの内側を向いていて、客側からは画面が見えないように配置されている。客側のサブモニターで見ることができるのはマップ表示されたブースの空き状況と、清算時の利用明細だけ。
サブモニターのマップ画面では使用中ブースは番号が黒色で塗りつぶされて読めなくなるので、入店した客は番号が表示されているブースの中から希望の席を選んでいく。だから、満席に近い状態になった時のマップ表示は真っ黒だ。
ただ実のところ、番号が消えているブースの全てが使用中という訳でもなかったりする。パソコンの調子が悪かったり備品が破損したりしてメンテナンス中の時もあるし、前の客が帰った後のバッシングがまだ終わっていなかったり、スタッフが休憩場所に使っていたりという場合も同じように真っ黒表示になるのだ。
そのことを知ってか知らずか、お気に入りの席が埋まってしまっている時には、「本当に空いてないの?」とカウンターの中へ首を伸ばしてメインモニターを覗こうとする客がたまに現れる。
特にこの店の場合は禁煙のフラットシートが人気なので、リクライニングとキャスターの席しか空いていない時にフロントでゴネられることが多い。大抵の人は妥協して他のシートで我慢するか、「空いたらすぐに教えて」と、とりあえず別シートを取ってから席移動の希望を残していく。
ただ中には「え、空いてるけど掃除がまだ? じゃあ、終わるのを待ってるから、今すぐやってきてよ」と、こちらの都合は丸無視で我を通してくる人もいたりする。
入退店が重なって、白井と二人並んで受付作業に追われていると、初見の客が店に入ってきた。白井の方のレジは退店客の清算中で、ちょうど手が空いたばかりの千咲が自然と対応に回った。背の低い男性はナイキのロゴの入った黒色のキャップを目深に被り、合皮のセカンドバッグの中から系列店で発行された会員カードを取り出し、慣れた風に言った。
「禁煙で、靴が脱げる席がいいんだけど――」
「フラットシートですね。えっと……申し訳ございません、今は全部埋まっている状態で」
8つある席は全て使用中で、フラットシートに空きは無かった。客側のモニターを指し示しながら、千咲は他の空いているシートを勧める。一応、画面を切り替えて喫煙ブースなら空いていると説明してみるが、男性客は煙草臭いのは無理だと首を横に振る。
「やだなー、本当に? リクライニングって、イマイチ寝心地悪いんだよねぇ……」
そう言いながら、男はメインモニターを覗き込もうと首を伸ばしてくる。カウンターの上に身を乗り出して、ぐっと伸ばされた首が千咲の視界からモニター画面を遮ってきた。
――へ?!
目の前に急に割り込んで来た男の後頭部に、千咲は驚きで声が出ない。カウンター越しの対面にいたはずの男の後ろ頭が、今はなぜか自分の目の前にあり、内側からしか見ることができないはずのメインモニターを覗き込んでブツブツと愚痴っているのだ。頭の中が思わずバグりそうになる。
「このメンテナンス作業って表示されてるのって、何? ここ、パソコン使えないの?」
「え、あ、はい。本体の修理中で――」
「リクライニングで我慢するにしてもさ、せめて隣には誰もいない席がいいんだけど」
モニターの前に割り込んできた頭から離れる為、恐る恐ると千咲はカウンターの中で一歩後ずさった。そして離れたことで男の異形に気付く。
男の身体は間違いなくカウンターの向こうにあるのに、長々と伸ばされた首がぐるりと曲がりくねってカウンターの内側のモニターを見ている。あまりにも長すぎる首のあやかし――ろくろ首だ。
驚きのあまりに顔を強張らせる千咲の方をくるりと振り返り、ニタァと意地悪な笑みを浮かべて見ている。長く伸びた首は蛇のようにクネクネとうねりながら千咲の顔へと近付いてくる。
「おい、あんまり調子に乗ってると、痛い目に合うぞ」
隣の端末で退店の手続きをしていたはずの白井が、男の長い首を掴んで締め上げる。摘まれている指先が皮膚に食い込むのか、男はうめき声をあげて白井の手を振り払おうとするが、強い力に全く抗えていない。
「す、すいません……」
気道を抑えつけられたまま、掠れた声を絞り出す。顔を真っ赤にして目に涙を溜めているところを見ると、かなり苦しそうだ。指の力が緩められると、ケホケホと咳き込みながら、伸ばしていた首を元に戻した。掴まれていた箇所に赤い指型がくっきりと残っている。
「で、席は決まったのか?」
「……さ、31番で、お願いします……」
冷たい薄笑いを浮かべた白井の問いかけに、怯える声でリクライニングシートの番号を伝える。受け取った伝票を手に、ろくろ首は首をだらんと落として指定のブースへと向かっていった。
その背中に向かって、白井は容赦ない台詞を言い放つ。
「首伸ばして他のブースを覗きでもしたら、出禁だからな」
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