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第二十七話・神隠し7
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「タムさん、本当に何も聞いて無いんすか? どこ行ってんだろ、あいつ」
「小西君こそ、昨日は二人で遅くまで喋ってたじゃないか。――スマホは持って出てるんだろ? 何かあったんなら連絡してくるだろうし、のんびりしてようよ」
喫煙ブースエリアの片隅で、同行者と連絡が付かなくなった男達が、声を潜めて話し合っている。灰皿を片手に持ったまま、ブースを仕切っている壁へ身体を凭れさせながら、田村は咥えていた煙草を口から離した。そして、ふぅっと白い煙を天井へ向けて吐くと、灰皿へ煙草の先をぎゅっと押し付ける。
後輩の起こした急な単独行動に、大学時代の先輩である小西はかなり苛立っているようだった。行き当たりばったりな無計画旅行とは言っても、それなりにプラン構想は練ってきたつもりで、二日目の今日は海沿いを走れることを密かに期待していた。
けれど、三人揃わないことには次の目的地へと向かうことすらできない。出発の目途が経たない状態で、もう少しだけのんびりしてようと平然と言える田村にまで無性にイライラしてくる。苛立った気分を抑え込むよう、小西も新しい煙草を口に咥えるて火をつけた。溜め息交じりの白い煙を天井を仰いでゆっくりと吐き出す。
お世辞にも穏やかとは言い難い雰囲気の男達の横で、白井は天井に設置されている換気口を見上げていた。今朝、あやかしがこの場に居たことは、まだ微かに漂っている妖気で確認できる。先日に嗅いだのと同じ、煤の残り香。火炎系のあやかしが、また今回も絡んでいるのは間違いないだろう。
と、白井の真後ろでスマホの呼び出し音が響き始める。小西がブースのテーブルに置いていたスマホが、ブルブルと震えながら着信を知らせていた。学生時代に流行ったJ-POPは友人枠でアドレス登録している番号専用の着信音だ。
「あ、あいつからだ!」
液晶に表示された登録名に、小西は慌てながら画面をタップする。
「おい、一人で勝手にどこ行ってんだよっ。出歩くなら一言くらい言ってくのが筋だろうが――ハァ?! え、何言ってん――いや、全く意味わかんないんだけど……」
怒り口調で勢いよく電話に出た小西が、なぜか途中から声を裏返して驚いている。田村は火を点けようと口に咥えていた煙草を外して、黙って彼の様子を覗った。
「――え、だから、今どこなん? 歩いてそこまで行ったってこと? ――いや、そういう現実的じゃない話は今はいいから」
横からでは話が見えず、田村が「どうした?」と小西に問いかける。すると、小西は表情の読めない微妙な顔で、フルフルと首を横に振って返した。
「何か、起きたら山の中に居たって言ってるんすけど……。スマホで位置情報を検索したら、ここから8キロくらいの場所らしくて」
「え、山? なんで?」
「いや、分かんないす。今やっと車道に出れたとか言ってるんですけど……拉致とか陰謀とか、訳分かんないことまで口走ってて」
「――そのGPS画面を送って貰って。それが本当なら、どっちかが迎えに行かないと」
通話を切って、送られてきた位置情報を確認した二人は、しばらく無言で顔を見合わせていた。夢遊病の徘徊にしてはアクティブ過ぎやしないかと、素直に信じる気にならない。とりあえず話し合い、藤橋とは付き合いの長い小西が受け取った地図画像を頼りに現場へとバイクを走らせることにしたようだ。ここから8キロ、到着までそう時間はかからないだろう。
彼らの様子を遠巻きに見ていた白井は、倉庫から脚立を運んでくると、5番ブースの真上にある換気口の中を覗き込む。あやかしの妖気は間違いなくここを通過して建物を出入りしていたはずだ。
「チッ。護符が破れて、抜け穴になってたのか……」
換気口の蓋裏に貼られていた稲荷神の護符。ネズミか何かの仕業だろうか、切り裂かれてボロボロになっていた。ポケットから真新しい護符を取り出すと、それを古い物の上に重ねて張り付ける。これでもうここから出入りされることはないだろう。
――もし、すでに入り込んでいるのだとしたら――。
換気口の蓋を閉じて脚立から降りると、白井はブース内の様子をぐるりと見回した。今この場で感じているのは、外へ出て行ったものではなく、少し前に入って来たものの妖気。新しい護符で出口を塞がれて、建物の中を彷徨っているはずだ。
「残された出入口は一つだ。さあ、どうする?」
この建物の中で唯一、あやかしの出入りを許しているのはエントランスの自動ドアだけだ。あそこには大蜘蛛が待機しているが、そう滅多なことでは餌になることはない。
迎えに出ていた小西がオートバイの後ろに後輩を乗せて戻って来るのにそう時間は掛からなかった。スマホのGPSを頼りに市街地に向けて歩いている藤橋のことを車道で見つけた時、気が抜けたようにその場でヘタり込んでしまったのは先輩である小西の方だった。バイクを降りてからヘルメットを被ったまま、柄にもなくオイオイと声を上げて泣き出す男に、藤橋は「なんか、すみません……」と頭を掻いて謝るしかなかった。
「いや、本当に記憶が無いんで、何とも言えないっす」
店に戻って来て田村から事情を問われても、藤橋は困ったように首を傾げるばかり。心配してツーリングの中断を提案されても、「ここまで来て帰るのは勿体ないっす」と予定していた海沿いルートを走るのを楽しみにしている様子。どちらかと言うと、小西の方が心配し過ぎて疲弊した顔をしていた。
「小西君こそ、昨日は二人で遅くまで喋ってたじゃないか。――スマホは持って出てるんだろ? 何かあったんなら連絡してくるだろうし、のんびりしてようよ」
喫煙ブースエリアの片隅で、同行者と連絡が付かなくなった男達が、声を潜めて話し合っている。灰皿を片手に持ったまま、ブースを仕切っている壁へ身体を凭れさせながら、田村は咥えていた煙草を口から離した。そして、ふぅっと白い煙を天井へ向けて吐くと、灰皿へ煙草の先をぎゅっと押し付ける。
後輩の起こした急な単独行動に、大学時代の先輩である小西はかなり苛立っているようだった。行き当たりばったりな無計画旅行とは言っても、それなりにプラン構想は練ってきたつもりで、二日目の今日は海沿いを走れることを密かに期待していた。
けれど、三人揃わないことには次の目的地へと向かうことすらできない。出発の目途が経たない状態で、もう少しだけのんびりしてようと平然と言える田村にまで無性にイライラしてくる。苛立った気分を抑え込むよう、小西も新しい煙草を口に咥えるて火をつけた。溜め息交じりの白い煙を天井を仰いでゆっくりと吐き出す。
お世辞にも穏やかとは言い難い雰囲気の男達の横で、白井は天井に設置されている換気口を見上げていた。今朝、あやかしがこの場に居たことは、まだ微かに漂っている妖気で確認できる。先日に嗅いだのと同じ、煤の残り香。火炎系のあやかしが、また今回も絡んでいるのは間違いないだろう。
と、白井の真後ろでスマホの呼び出し音が響き始める。小西がブースのテーブルに置いていたスマホが、ブルブルと震えながら着信を知らせていた。学生時代に流行ったJ-POPは友人枠でアドレス登録している番号専用の着信音だ。
「あ、あいつからだ!」
液晶に表示された登録名に、小西は慌てながら画面をタップする。
「おい、一人で勝手にどこ行ってんだよっ。出歩くなら一言くらい言ってくのが筋だろうが――ハァ?! え、何言ってん――いや、全く意味わかんないんだけど……」
怒り口調で勢いよく電話に出た小西が、なぜか途中から声を裏返して驚いている。田村は火を点けようと口に咥えていた煙草を外して、黙って彼の様子を覗った。
「――え、だから、今どこなん? 歩いてそこまで行ったってこと? ――いや、そういう現実的じゃない話は今はいいから」
横からでは話が見えず、田村が「どうした?」と小西に問いかける。すると、小西は表情の読めない微妙な顔で、フルフルと首を横に振って返した。
「何か、起きたら山の中に居たって言ってるんすけど……。スマホで位置情報を検索したら、ここから8キロくらいの場所らしくて」
「え、山? なんで?」
「いや、分かんないす。今やっと車道に出れたとか言ってるんですけど……拉致とか陰謀とか、訳分かんないことまで口走ってて」
「――そのGPS画面を送って貰って。それが本当なら、どっちかが迎えに行かないと」
通話を切って、送られてきた位置情報を確認した二人は、しばらく無言で顔を見合わせていた。夢遊病の徘徊にしてはアクティブ過ぎやしないかと、素直に信じる気にならない。とりあえず話し合い、藤橋とは付き合いの長い小西が受け取った地図画像を頼りに現場へとバイクを走らせることにしたようだ。ここから8キロ、到着までそう時間はかからないだろう。
彼らの様子を遠巻きに見ていた白井は、倉庫から脚立を運んでくると、5番ブースの真上にある換気口の中を覗き込む。あやかしの妖気は間違いなくここを通過して建物を出入りしていたはずだ。
「チッ。護符が破れて、抜け穴になってたのか……」
換気口の蓋裏に貼られていた稲荷神の護符。ネズミか何かの仕業だろうか、切り裂かれてボロボロになっていた。ポケットから真新しい護符を取り出すと、それを古い物の上に重ねて張り付ける。これでもうここから出入りされることはないだろう。
――もし、すでに入り込んでいるのだとしたら――。
換気口の蓋を閉じて脚立から降りると、白井はブース内の様子をぐるりと見回した。今この場で感じているのは、外へ出て行ったものではなく、少し前に入って来たものの妖気。新しい護符で出口を塞がれて、建物の中を彷徨っているはずだ。
「残された出入口は一つだ。さあ、どうする?」
この建物の中で唯一、あやかしの出入りを許しているのはエントランスの自動ドアだけだ。あそこには大蜘蛛が待機しているが、そう滅多なことでは餌になることはない。
迎えに出ていた小西がオートバイの後ろに後輩を乗せて戻って来るのにそう時間は掛からなかった。スマホのGPSを頼りに市街地に向けて歩いている藤橋のことを車道で見つけた時、気が抜けたようにその場でヘタり込んでしまったのは先輩である小西の方だった。バイクを降りてからヘルメットを被ったまま、柄にもなくオイオイと声を上げて泣き出す男に、藤橋は「なんか、すみません……」と頭を掻いて謝るしかなかった。
「いや、本当に記憶が無いんで、何とも言えないっす」
店に戻って来て田村から事情を問われても、藤橋は困ったように首を傾げるばかり。心配してツーリングの中断を提案されても、「ここまで来て帰るのは勿体ないっす」と予定していた海沿いルートを走るのを楽しみにしている様子。どちらかと言うと、小西の方が心配し過ぎて疲弊した顔をしていた。
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