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第二十四話・神隠し4
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のっぺらぼうの渡辺は昼と同じようにキャスターシートを選んで、備え付けのパソコンで映画を視聴しているようだった。営業回り中の昼間とは違い、デニムにパーカーという無難な服装。財布やスマホはポケットに入れているのか、バッグは持っていない。誰が見ても、至って普通の青年だ。全く特徴のないその普通っぽさが相田のお勧めポイントらしいし、別に千咲だって普通は嫌いじゃない。
「可もなく不可もなくが一番長続きする秘訣よ」という現役主婦の言葉も、何となく理解はできる。けれど……。
「笑ってても、なんか無表情なんですよねぇ。それが怖くって」
「そりゃ、作り物の顔だからな」
「無愛想だけど、白井さんは表情ありますもんね。目の色がカラコンなだけで」
表情があるとは言っても、ほぼ怒ってる印象しかないが、それでも常に能面よりはマシだ。無愛想と言われて怒るかと思ったが、多少の自覚はあるのか白井は特に何も言い返しては来なかった。
深夜の入店にも関わらず、渡辺は映画一本を観終わるとあっさり引き上げていった。終電後の来店でたった数時間の利用だけで帰って行く人はとても珍しい。大抵は朝方まで過ごすつもりで腰を据えていくものだ。
「ありがとうございました」という千咲のマニュアル通りのお礼に対し、「じゃあまたね」と微笑んで返して来た顔はやっぱりどこか作り物みたいだった。
「まあ、映画が目的じゃなかったってことだな」
白井の脅しともとれる言葉に、千咲はヒッと言葉を失う。先の「のっぺらぼうはストーカー体質」というのが本当なら、今日は夜勤に千咲がいるかの確認に来た可能性もある。そう言えば、ブース通路にモップ掛けしている際、何だかやたらと視線を感じたのは気のせいじゃなかったのだろうか……。ただの自意識過剰であって欲しい。
朝日が昇り始め、外の景色が白んで来る時刻。いつもと同じ中型トラックが店の前に横付けされる。書籍の配送業者だ。自動ドアが開くと同時に、愛想の良い声がエントランスに響く。
「おはようございまーす」
すっかり顔馴染みになった運転手が、新刊の入った茶封筒をカウンターの上に置いてから、ふと立ち止まった。いつもなら流れ作業のように配達して、一瞬で出ていくのに珍しい。
作りたてのモーニングセットを運んでいく途中の千咲に向かって、天井を指差しながら話しかけてくる。
「屋根にカラスがすごい集まってますよ。何かの死骸でも持ち運ばれてるのかもしれないし、確認した方がいいですよ」
「え、カラスですか?」
言われて耳をそばだてると、確かに複数羽のカラスの賑やかな鳴き声。建物の中に居ては分かり辛いが、外だと煩いくらいだろう。わざわざ足を止めてまでして教えてくれた運転手に礼を言い、足早にトーストセットの配膳に向かう。
屋根や駐車場が糞だらけになってしまうと、後の掃除が大変だ。ブースから戻った千咲は掃除用具入れの中から、カラス撃退に使えそうな武器を物色していた。モップを振り回すくらいで、カラスの大群に太刀打ちできるだろうか?
「カラスのことなら、天狗に言えばいい。大天狗は山の主だからな」
「天狗って……ああ、あのお客様ですね。言ってみます!」
天狗には烏天狗という名にカラスが付く小型の種族もあるが、この店の常連客である現場監督は大天狗という天狗の中でも一番力のある種族らしい。バニラソフトの大盛りを嬉しそうにブースへ持ち込んでいくお茶目な姿を度々見かけるが、実はあやかしの中でも上級種なのだという。
「ああ、すまんすまん。すぐに追い払う」
丁度トイレついでにドリンクバーへ立ち寄った現場監督をフロント横で捕まえると、千咲は屋根に集まるカラスのことを相談してみた。
「いやー、神山の奥に人が入り込んで来たとかで、昨晩から大騒ぎしとるんだわ。奴らの巣の近くに急に現れよったとか。神隠しか、人攫いの類いか――」
「昨晩、ですか?」
「まあ、自力で車道まで下って無事に保護されていったらしいが」
屋根の上のカラス達は、夜中に起こった一抹を主である天狗に報告しようと集まって来ているのだという。彼が口の端でヒュッと小さな音を鳴らしたかと思うと、瞬時にバサバサと複数の鳥が飛び立つ羽音が聞こえてきた。騒がしかった鳴き声もぴたりとしなくなる。
――昨晩。神隠し。
二つのキーワードに千咲はハッとする。フロントを振り返ると、白井が外線で何やら話しているところだった。ところどころ聞こえてくる内容から、昨夜に未精算のまま行方知らずとなっている5番ブースの客のことのようだ。
「人が余計な詮索はせんでいい。あやかしの始末は、狐に任せとけ」
言いながら、大天狗はバニラソフト大盛りを手に防音扉の向こうへと消えていく。
「県境の山道を歩いているところを保護されたらしい。本人はネットカフェで寝てただけだと言ってるらしく、警察から利用歴の確認がきた。後で代理人が荷物を取りにくるそうだ」
清算はその代理人とやらが済ませてくれるのだろう。不可思議な点だらけだが、天狗の言う通りにあやかしの仕業なのだろうか。
「県境って、随分遠いところで発見されたんですね」
「まあな、歩いていける距離ではないな」
兎にも角にも、無事に見つかって良かったと思うべきなんだろうか。白井は苛立ちを無理に抑えつけた表情で、静かに何かを考えているようだった。
「可もなく不可もなくが一番長続きする秘訣よ」という現役主婦の言葉も、何となく理解はできる。けれど……。
「笑ってても、なんか無表情なんですよねぇ。それが怖くって」
「そりゃ、作り物の顔だからな」
「無愛想だけど、白井さんは表情ありますもんね。目の色がカラコンなだけで」
表情があるとは言っても、ほぼ怒ってる印象しかないが、それでも常に能面よりはマシだ。無愛想と言われて怒るかと思ったが、多少の自覚はあるのか白井は特に何も言い返しては来なかった。
深夜の入店にも関わらず、渡辺は映画一本を観終わるとあっさり引き上げていった。終電後の来店でたった数時間の利用だけで帰って行く人はとても珍しい。大抵は朝方まで過ごすつもりで腰を据えていくものだ。
「ありがとうございました」という千咲のマニュアル通りのお礼に対し、「じゃあまたね」と微笑んで返して来た顔はやっぱりどこか作り物みたいだった。
「まあ、映画が目的じゃなかったってことだな」
白井の脅しともとれる言葉に、千咲はヒッと言葉を失う。先の「のっぺらぼうはストーカー体質」というのが本当なら、今日は夜勤に千咲がいるかの確認に来た可能性もある。そう言えば、ブース通路にモップ掛けしている際、何だかやたらと視線を感じたのは気のせいじゃなかったのだろうか……。ただの自意識過剰であって欲しい。
朝日が昇り始め、外の景色が白んで来る時刻。いつもと同じ中型トラックが店の前に横付けされる。書籍の配送業者だ。自動ドアが開くと同時に、愛想の良い声がエントランスに響く。
「おはようございまーす」
すっかり顔馴染みになった運転手が、新刊の入った茶封筒をカウンターの上に置いてから、ふと立ち止まった。いつもなら流れ作業のように配達して、一瞬で出ていくのに珍しい。
作りたてのモーニングセットを運んでいく途中の千咲に向かって、天井を指差しながら話しかけてくる。
「屋根にカラスがすごい集まってますよ。何かの死骸でも持ち運ばれてるのかもしれないし、確認した方がいいですよ」
「え、カラスですか?」
言われて耳をそばだてると、確かに複数羽のカラスの賑やかな鳴き声。建物の中に居ては分かり辛いが、外だと煩いくらいだろう。わざわざ足を止めてまでして教えてくれた運転手に礼を言い、足早にトーストセットの配膳に向かう。
屋根や駐車場が糞だらけになってしまうと、後の掃除が大変だ。ブースから戻った千咲は掃除用具入れの中から、カラス撃退に使えそうな武器を物色していた。モップを振り回すくらいで、カラスの大群に太刀打ちできるだろうか?
「カラスのことなら、天狗に言えばいい。大天狗は山の主だからな」
「天狗って……ああ、あのお客様ですね。言ってみます!」
天狗には烏天狗という名にカラスが付く小型の種族もあるが、この店の常連客である現場監督は大天狗という天狗の中でも一番力のある種族らしい。バニラソフトの大盛りを嬉しそうにブースへ持ち込んでいくお茶目な姿を度々見かけるが、実はあやかしの中でも上級種なのだという。
「ああ、すまんすまん。すぐに追い払う」
丁度トイレついでにドリンクバーへ立ち寄った現場監督をフロント横で捕まえると、千咲は屋根に集まるカラスのことを相談してみた。
「いやー、神山の奥に人が入り込んで来たとかで、昨晩から大騒ぎしとるんだわ。奴らの巣の近くに急に現れよったとか。神隠しか、人攫いの類いか――」
「昨晩、ですか?」
「まあ、自力で車道まで下って無事に保護されていったらしいが」
屋根の上のカラス達は、夜中に起こった一抹を主である天狗に報告しようと集まって来ているのだという。彼が口の端でヒュッと小さな音を鳴らしたかと思うと、瞬時にバサバサと複数の鳥が飛び立つ羽音が聞こえてきた。騒がしかった鳴き声もぴたりとしなくなる。
――昨晩。神隠し。
二つのキーワードに千咲はハッとする。フロントを振り返ると、白井が外線で何やら話しているところだった。ところどころ聞こえてくる内容から、昨夜に未精算のまま行方知らずとなっている5番ブースの客のことのようだ。
「人が余計な詮索はせんでいい。あやかしの始末は、狐に任せとけ」
言いながら、大天狗はバニラソフト大盛りを手に防音扉の向こうへと消えていく。
「県境の山道を歩いているところを保護されたらしい。本人はネットカフェで寝てただけだと言ってるらしく、警察から利用歴の確認がきた。後で代理人が荷物を取りにくるそうだ」
清算はその代理人とやらが済ませてくれるのだろう。不可思議な点だらけだが、天狗の言う通りにあやかしの仕業なのだろうか。
「県境って、随分遠いところで発見されたんですね」
「まあな、歩いていける距離ではないな」
兎にも角にも、無事に見つかって良かったと思うべきなんだろうか。白井は苛立ちを無理に抑えつけた表情で、静かに何かを考えているようだった。
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