夜勤の白井さんは妖狐です 〜夜のネットカフェにはあやかしが集結〜

瀬崎由美

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第十九話・無銭飲食

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 最寄り駅から国道へと続く駅前通りを歩いていた千咲は、すれ違ったパトロール中らしき警察車両の多さに首を傾げる。

 ――秋の交通安全週間、とか?

 交通安全週間は年中いつでも開催中なイメージで、具体的な期間は朧気だ。今だと言われれば、そうなのかもとあっさり信じてしまえる。
 ゆっくり巡回しながら走るパトカーを横目に、大通りを抜け国道を左折して、職場であるネットカフェ『INARI』へと向かった。

 白地に朱色で丸みのあるフォントの『INARI』の看板が見えてくると、心なしか背筋がしゃんと伸びる。駐車場に停まっている車が多ければ、急いで応援に入らなければと自然と歩く速度が速くなるし、反対に客の気配が少ない時は、今日はあれを集中してやろうと、普段はなかなか時間が取れない作業を頭に思い描く。

 いつもと同じように客入りを確認するつもりで駐車場内を見渡すと、店の入り口よりかなり離れた位置に一台のパトカーが停まっているのが目に入った。

「また、何かあったのかなぁ?」

 置き引き、酔っ払い客、店内での喧嘩。これまで警察に駆けつけて貰ったことは数えきれない。管轄の警察署に電話をすれば「いつもお世話になっております」と向こうからも言われてしまうくらいには。特に夜勤の時間帯はそれが群を抜いて多いから困ったものだ。

 ただ、今は学生バイトがメインの夕勤の時間帯。一応は社員だからと千咲は責任感から慌てかけたが、途中ではたと気付いた。駐輪スペースで見慣れた狸三匹が身体を寄せ合って爆睡していることに。

「あれ、店長がまだいる……?」

 昼から出勤しているはずの中森がまだ退勤していないようだ。普段は彼の原付バイクに変化している化け狸達は完全に油断しきった姿でくつろいでいる。

「おはようございます」
「あ、鮎川さん、おはようございまーす」

 フロントにいた女子大生の佐倉美里と横井由香里が、出勤してきた千咲に向かってひそひそと小声で伝える。なんだか二人とも、少し興奮気味だ。

「警察の方が来られてるんで、店長まだいますよ」
「何かあったの?」

 フロント裏を指で示しながら「他店で無銭飲食してた人が来てるんです」と、目を輝かせていて、好奇心が全然隠しきれていない。もうすぐ勤務時間が終わるというのに、当分は帰る気が無さそうだ。

 系列店や近隣の店で利用料を払わずに消えた客がいれば、注意勧告という名目ですぐに情報が回ってくる。どの店も入店の際には本人確認が必要だから、利用するのに偽名は使えない。即効で身バレだ。なのに定期的に無銭飲食をする人が出てくるのが不思議でならない。

 今回は系列店での履歴がある人がやって来たらしく、入店手続きで会員カードを通した際に注意メッセージが管理画面に表示されたのだという。連絡を受けた中森の指示で通報した後、店長自身もまた店に戻ってきたらしい。

 今、中森と一緒に狭い事務スペースで待機しているのは、店から連絡を受けた制服の警察官が二人。ブース内に設置された防犯カメラの様子をモニターで確認しているようだ。
 思い返せば、駐車場に停まっていたパトカーの隣に、まだ人が乗っている乗用車があった。ナンバープレートまでは見ていなかったが、あれは覆面パトだったのかもしれない。

 着替え終えて戻ってきた千咲は、体格の良い男性三人が居心地悪そうに密集している横でタイムカードを押すと、ぐるっと回ってフロントのバイト達に尋ねる。

「白井さんは?」
「あ、ブースにバッシングに行ってくれてます。無銭飲食の人が男の人だから、私達は行かない方がいいって」
「ああ」

 警察の存在に気付いて客が暴れたりしたら大変だからということか。なるほど、学生バイトには優しいんだな、と千咲は少しばかりムッとする。千咲のことは囮に使っても平気だったくせに……。

 程なくして白井がフロントへと戻って来ると、中森が裏から出てきて「どんな感じ?」とブースの様子を短く確認する。「ヘッドフォン付けて、優雅に映画鑑賞中だ」と答えてから、カウンター内に集まる千咲達の方を向いてハァと呆れ顔で溜め息を吐く。

「二人はさっさと帰れ。鮎川もすることあるだろ、サボってないで厨房へ行け」
「ええーっ」

 不満の声は聞こえないふりで、顎で急かす。仕方ないなと渋々フロントを出ていく三人の後ろに、わざと聞こえるようにもう一度大きな溜め息。

「この後がめっちゃ気になるんだけどー。鮎川さん、また教えてー」
「了解。お疲れ様。またねー」

 返却口に溜まった洗い物を片付けていると、エントランスを賑やかに出ていく二人の姿が壁面モニターに映っていた。バイト達が出たのとは入れ違いに、今度はスーツ姿の男性二人が自動ドアから入ってくるのが見えた。そして、フロントにいた白井と何か話しているようだった。

 と、制服姿の警察官が揃って事務スペースを出て、ブースまで続く防音扉を開いて奥へと入っていく。しばらく後、警官二人に挟まれる形で眼鏡を掛けた若い男が項垂れながら連れ出されて来る。彼の荷物だろうか、警官の一人が黒色のリュックを手に持っていた。背は高いがひょろりと痩せた男で、もし抵抗してもガタイの良い警官に一瞬で押さえつけられてしまうのは目に見えている。だからだろうか、男はとてもおとなしくて暴れることもなかった。

 最後まで無抵抗なまま、無銭飲食で訴えられていた男が警官と共に自動ドアを出ていくと、フロントで白井と話していた二人もその後に続いた。彼らは客ではなく、私服警官だったみたいだ。

 なんだかとても静かな捕り物があっけなく終わると、中森が厨房へと顔を見せる。丸い耳は相変わらず頭の上に健在で、疲労からか尻尾は力なく垂れさがっている。少し困り顔をしている手には一枚の伝票。

「捕まった人の今日の料金って、警察に請求したらいいのかな? 今、うちでも無銭飲食みたいになってるんだけど……」

 どう思う? とモフ耳をピクピクさせながら問われて、千咲も困り顔で首を傾げる。
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