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第二十八話・護衛騎士

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 朝からどんよりと暗い空模様。厚い雲が覆い、今にも雨が降り出しそうな天気。あまり外出する気分ではなかったが、そうも言っていられないとマリスは護衛騎士と向かい合って馬車に乗っていた。
 シード家の家紋を掲げた馬車は、小さいながらも道行く人の注目を浴びてしまう。こちらを向いて指差している人達の向こうに、初めて見る看板を見つけた。

「あら、あれは最近出来たお店?」
「はい、焼き菓子と一緒にお茶が飲めるとかで、若い女性に人気があるみたいですよ」

 屈強な見た目の騎士が意外に情報通なことに驚きつつ「そうなのね」と呟くと、窓から見える街道沿いの景色を、マリスは名残惜しそうに眺めていた。気になる店の前で馬車を停めてふらっと立ち寄ってみる、なんてことは立場的にそう気軽には出来ない。かと言って、決して寄り道が出来ないという訳でもないが、馬車を停めた時点で周囲の視線を集めてしまうのは確実だ。

 屋敷から二十分ほど馬を走らせた所に建つ教会に着くと、マリスは一人で建物の中へと入って行く。この神聖な場所には帯剣する騎士は不釣り合いだと、いつもここからは護衛とは別行動するようにしていた。そもそも、魔術に長けている辺境の魔女に護衛など必要あるのだろうか。
 騎士は馬車を降りたマリスへと深く一礼し、彼女が建物の中に入っていく後ろ姿を見送った。そして、馬の世話をしている御者へと声を掛けてから、歩いてその場を離れていく。

 元々は本邸仕えの護衛騎士だった彼が、シード領主の息女がここルシーダにある別邸へ転居すると聞いたのは四年前のこと。別邸にも専任の護衛を置くと聞いて真っ先に手を挙げた彼は、教会のすぐ裏にある一軒の家の前に立つと、扉を叩いてから胸ポケットに持っていた鍵を取り出し、黙って中へと足を踏み入れる。

「あら、おかえり」
「起きてて大丈夫なのか?」
「相変わらず心配症なのね、もう平気だって言ってるのに……」

 窓際の椅子に腰かけて、編み物をしていたらしき老女がおかしそうに笑っている。年老いた母親がまた一回り小さくなったように感じ、騎士は目から心配の色が隠せない。
 マリスが教会を訪れている時、彼はいつも母親の様子を見に実家へ顔を出させて貰う。彼の親が一人で教会の近くに住んでいることをマリスは誰かから聞いて知ったらしく、ここへ来る際は必ず彼が護衛の日を選んでくれているようだった。

「また仕事中に抜け出して……そんなことばかりしてたら、その内に解雇されてしまうわよ」

 言っている内容はただの説教なのだが、老女は嬉しそうに息子を見上げる。一度家を出たはずの息子の顔をこうも頻繁に見られるようになるとは思わず、つい笑みが零れる。

「ちゃんと許可は頂いているし、何よりマリス様は俺より強いから護衛なんて必要ないんだよ」
「まあ、辺境の魔女様は本当にすごい方なのねぇ」

 改めて言わずとも、彼自身が常日頃から思っていることだ。なぜあの方に護衛を付けるのか、と。どちらかと言えば、いざという時に守られるのはこちら側なんじゃないかとさえ思えるのだが。
 だからせめて、護衛としては使えなくても、道中の馬車でのガイド役くらいはこなそうと、日々の街情報のアンテナを張り巡らすようにしているのは秘密だ。

 馬車を降りて教会の中に入ったマリスは、聖堂を抜けて奥にある孤児院の建物へ移動すると、アレックス神父が子供達と一緒に薬草の選別をしているのを見つけた。摘み取ったばかりらしく、食堂のテーブルの上にはまだ瑞々しい植物が葉の形ごとに分類されて山積みになっていた。

「あ、マリス様だ。こんにちはー」
「こんにちは。作業中にお邪魔しますね」

 マリスに気付いた子供達が口々に挨拶の言葉を発しながら寄って来て、あっと言う間に囲まれてしまう。一人一人に声を掛けながら、子供達に変わりが無いかを確認していて、最年長のアンナの姿が見えないことにはっとする。

「神父様、アンナはもしや――」
「ええ、少し早めの独り立ちになりましたが、ご紹介いただいた魔女様のところでお世話になっております」
「そう。ルゼのところで受け入れて貰えたのね。良かったわ」

 院を出た後は薬魔女になりたいと言っていたアンナは、南東の町に住む薬魔女の元への弟子入りが叶い、13歳の誕生日前になるが既に院を出て行ったという。世話好きな少女が居なくなったことを寂しく思いながらも、しっかりとやりたいことを見つけて旅立って行ったことを嬉しく思う。

 薬草の分類作業を子供達に任せると、マリスは神父と共に場所を変えることにする。応接室というにはガランとした簡素な部屋は、最低限の家財だけが設置され、特別な装飾など何もない。一歩その部屋へ入れば、アレックス神父の真摯な人柄を感じることができるだろう。

「今日は神父様のご意見を伺いたいことがありまして」
「私の意見、ですか?」

 お世辞にも座り心地が良いともいえない、年季の入ったソファーにマリスを勧めると、神父も向かいの席へと腰掛けた。
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