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第十九話・子猫の成長
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三毛猫のシエルがベビーベッドから一人で降りれるようになると、エッタがマローネ達の部屋に入り込む回数は一気に減っていった。もう世話を焼く必要が無いと判断したのだろうか、たまに気が向いた時に様子を見にいく程度だ。
反対に、シエルの方が黒猫の姿を探して部屋から出てくることが増えていた。まだ覚束無い足取りで階段を一段ずつ降りようとする様は、屋敷で働く使用人達の癒しにもなり、気付けば階下で数人がハラハラしながら見守っていることもある。
その日もいつものようにホールに設置されたソファーで書籍を手に寛いでいたマリスは、隣で丸くなっているエッタの耳がピクピクと動いているのに気付く。頭を上げて確認するような素振りは無かったが、黒く長い尻尾をパタパタと忙しなく揺らしている。その後すぐに二階の廊下から「みーみー」と鳴くシエルの声が聞こえてきた。
どうやらエッタは、シエルが自分を追って下に降りてくるのを、あまり歓迎していないようだ。
「シエルはまだ小さいんだから、手加減してあげないとダメよ」
宥めるように黒猫の背を撫でながら諭す。来たばかりの頃はあんなに熱心に世話していたのに、シエルが活発に動くようになるとエッタの態度はガラリと変わった。露骨にシャーと威嚇の声を出して遠ざけようとすることもあれば、前足で思い切り叩こうとすることもあった。
獣にはある程度育った後は子離れの習性があると聞くが、エッタの場合は少しばかり違う気がした。
本来、エッタ達のような守護獣には親子という関係性は存在しない。高い魔力持ちの余剰魔力が具現化したことで存在する猫達は、直接的な親というものを持たない。当然、成猫だろうが子を産み育てることもない。だから、エッタの場合は母性で世話していたというよりは、単に年長者が幼子の面倒を見ていただけだ。そして、今はそれにも飽きてしまったから、疎ましく思い始めただけのように感じる。
そもそも、猫が二匹も揃って居ること自体が滅多にない状況なのだ。これまで黒猫が他の猫と接する機会は無かったから、エッタ自身も戸惑っているのかもしれない。
賑やかに鳴き続けながら階段をジリジリと下りてくるシエルを、いつものように使用人達が階段下から手助けしたそうな顔で見ていた。小声で話しながら、子猫の成長を見守っている。
「随分と早く降りれるようになったわね」
「でも、登るのはまだ全然みたいよ」
かなり時間はかかっていたが、誰の手も借りることなくホールへ降り立った三毛猫は、黒猫の姿をソファーに見つけると駆け寄ってくる。二本の後ろ足で立ち、爪を立ててソファーによじ登ろうとするが、なかなか上手くいかない。鳴いてガリガリと本皮のソファーカバーを爪で傷付けていると、マリスに首根っこを掴まれてしまう。
「爪切りされたくなかったら、やめなさい」
そのまま、ひょいとソファーの上に乗せてもらうと、シエルは寝たふりを続けていた黒猫の頭に小さな身体で飛び乗った。ゴロゴロと喉を鳴らしながらご機嫌で戯れてくる子猫を、黒猫は頭を振って鬱陶しげに払い除けるが、それも遊びの一環だと思っている子猫がすぐにまた纏わりついてくる。
イライラと長い尻尾を振り動かせば、それに大喜びした子猫が戯れついて、追いかけ回してくる。
無邪気な子猫を面倒そうにあしらっている黒猫が、我慢しきれずマリスの反対隣に移動してみるも、すぐにシエルも魔女を乗り越えて付いてくる。もしエッタが人間だったら、谷より深い溜め息をついていただろうと想像して、マリスは小さく吹き出した。
そんな二匹のやり取りを夢中になって眺めていると、階上から強い魔力の気配を感じた。
「マローネ?!」
見ると、黒猫と遊んでいたシエルの三色の毛は逆立っている。守護獣である子猫は対であるマローネの力に反応しているのだ。
マリスは急いで立ち上がり、二階へと階段を駆け上がっていく。
赤子の魔力が膨れ上がり、今にも暴発しそうなのが分かった。
「すぐに部屋から出なさい!」
廊下を走りながら叫ぶと、即座に扉が開いて、息子を抱きしめたメリッサが逃げ出てきた。中からは泣きわめいているマローネの声が聞こえる。
「今、目を覚まされたところで――」
先に起きていたギルバートの相手をしていたので、目覚めたばかりのマローネにメリッサはすぐ駆け寄ってやれなかった。ベッドの傍に誰もいないことが不安だったのか、マローネは怯えたように泣き始めてしまった。
「落ち着きなさい、マローネ」
部屋に入ると、マリスは赤子を抱き上げる。ベッド脇に置かれていた水入れがひび割れて、漏れた中身で周辺が水浸しになっていた。明らかにマローネの力が暴走したせいだろう。
自分達を取り囲むように結界を張ると、マリスは腕に抱いている女児に囁いた。
「ひとりぼっちにはしないから、大丈夫よ。力だって、ちゃんと受け止めてあげるから」
赤子の身体から吐き出される力を順に打ち消しながら、マリスはその小さな背中を優しく撫でて宥める。
反対に、シエルの方が黒猫の姿を探して部屋から出てくることが増えていた。まだ覚束無い足取りで階段を一段ずつ降りようとする様は、屋敷で働く使用人達の癒しにもなり、気付けば階下で数人がハラハラしながら見守っていることもある。
その日もいつものようにホールに設置されたソファーで書籍を手に寛いでいたマリスは、隣で丸くなっているエッタの耳がピクピクと動いているのに気付く。頭を上げて確認するような素振りは無かったが、黒く長い尻尾をパタパタと忙しなく揺らしている。その後すぐに二階の廊下から「みーみー」と鳴くシエルの声が聞こえてきた。
どうやらエッタは、シエルが自分を追って下に降りてくるのを、あまり歓迎していないようだ。
「シエルはまだ小さいんだから、手加減してあげないとダメよ」
宥めるように黒猫の背を撫でながら諭す。来たばかりの頃はあんなに熱心に世話していたのに、シエルが活発に動くようになるとエッタの態度はガラリと変わった。露骨にシャーと威嚇の声を出して遠ざけようとすることもあれば、前足で思い切り叩こうとすることもあった。
獣にはある程度育った後は子離れの習性があると聞くが、エッタの場合は少しばかり違う気がした。
本来、エッタ達のような守護獣には親子という関係性は存在しない。高い魔力持ちの余剰魔力が具現化したことで存在する猫達は、直接的な親というものを持たない。当然、成猫だろうが子を産み育てることもない。だから、エッタの場合は母性で世話していたというよりは、単に年長者が幼子の面倒を見ていただけだ。そして、今はそれにも飽きてしまったから、疎ましく思い始めただけのように感じる。
そもそも、猫が二匹も揃って居ること自体が滅多にない状況なのだ。これまで黒猫が他の猫と接する機会は無かったから、エッタ自身も戸惑っているのかもしれない。
賑やかに鳴き続けながら階段をジリジリと下りてくるシエルを、いつものように使用人達が階段下から手助けしたそうな顔で見ていた。小声で話しながら、子猫の成長を見守っている。
「随分と早く降りれるようになったわね」
「でも、登るのはまだ全然みたいよ」
かなり時間はかかっていたが、誰の手も借りることなくホールへ降り立った三毛猫は、黒猫の姿をソファーに見つけると駆け寄ってくる。二本の後ろ足で立ち、爪を立ててソファーによじ登ろうとするが、なかなか上手くいかない。鳴いてガリガリと本皮のソファーカバーを爪で傷付けていると、マリスに首根っこを掴まれてしまう。
「爪切りされたくなかったら、やめなさい」
そのまま、ひょいとソファーの上に乗せてもらうと、シエルは寝たふりを続けていた黒猫の頭に小さな身体で飛び乗った。ゴロゴロと喉を鳴らしながらご機嫌で戯れてくる子猫を、黒猫は頭を振って鬱陶しげに払い除けるが、それも遊びの一環だと思っている子猫がすぐにまた纏わりついてくる。
イライラと長い尻尾を振り動かせば、それに大喜びした子猫が戯れついて、追いかけ回してくる。
無邪気な子猫を面倒そうにあしらっている黒猫が、我慢しきれずマリスの反対隣に移動してみるも、すぐにシエルも魔女を乗り越えて付いてくる。もしエッタが人間だったら、谷より深い溜め息をついていただろうと想像して、マリスは小さく吹き出した。
そんな二匹のやり取りを夢中になって眺めていると、階上から強い魔力の気配を感じた。
「マローネ?!」
見ると、黒猫と遊んでいたシエルの三色の毛は逆立っている。守護獣である子猫は対であるマローネの力に反応しているのだ。
マリスは急いで立ち上がり、二階へと階段を駆け上がっていく。
赤子の魔力が膨れ上がり、今にも暴発しそうなのが分かった。
「すぐに部屋から出なさい!」
廊下を走りながら叫ぶと、即座に扉が開いて、息子を抱きしめたメリッサが逃げ出てきた。中からは泣きわめいているマローネの声が聞こえる。
「今、目を覚まされたところで――」
先に起きていたギルバートの相手をしていたので、目覚めたばかりのマローネにメリッサはすぐ駆け寄ってやれなかった。ベッドの傍に誰もいないことが不安だったのか、マローネは怯えたように泣き始めてしまった。
「落ち着きなさい、マローネ」
部屋に入ると、マリスは赤子を抱き上げる。ベッド脇に置かれていた水入れがひび割れて、漏れた中身で周辺が水浸しになっていた。明らかにマローネの力が暴走したせいだろう。
自分達を取り囲むように結界を張ると、マリスは腕に抱いている女児に囁いた。
「ひとりぼっちにはしないから、大丈夫よ。力だって、ちゃんと受け止めてあげるから」
赤子の身体から吐き出される力を順に打ち消しながら、マリスはその小さな背中を優しく撫でて宥める。
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