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29.脱皮
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一人きりの静かな食事を終えると、ベルは二階で休んでいる葉月の様子を見に行くことにした。
マーサに運んでもらった昼食を部屋で食しているか、それとも眠っているのかは分からないので、ノックはせずに猫の為に開け放されている扉の隙間からそっと覗いてみる。
葉月は布団を頭近くまで被って、ぐっすりと眠っているようだった。ベッド脇の机に置かれた昼食は手付かずのようなので、あれからずっと眠り続けているのだろう。便乗してお昼寝に興じている猫は掛布団の上で丸くなったままだったが、廊下から覗かれているのが分かっているので耳だけはこちらに向けていた。
たまには、ゆっくり眠りなさいね。
魔力を使い切った後の疲労感は、葉月にとっては良い睡眠導入になっているようだった。深い眠りは心も魔力も安定させてくれる。彼女にとっては今一番に必要なことだ。
今度から葉月のお茶には安眠効果のある薬草も混ぜてみようかしら、何てことを考えながら扉を離れた。階下に降りると、まず飛び込んで来たのは世話係の金切り声。
「お嬢様っ、お手紙はちゃんと確認してくださいまし!」
読まずにテーブルの上に放置されているのを見つけて、慌てたように追いかけてくる。
「ジョセフからでしょう? マーサが確認してくれてもいいのよ」
「な、何をバカなこと仰ってるんですか!」
面倒だからと素知らぬ顔で振り切ろうとしてみたが、有無を言わさずに力尽くで手に握らされてしまう。領主家が絡むとマーサはいつも以上に強引になる。統治者が領民から慕われているのは何よりなことだが、彼女の場合は心酔に近い気がする。ジョセフの婚約者だったベルに対して口煩いのもそのせいなんじゃないかとさえ思える。
避けるのは諦めて、ベルは手紙を持ったまま作業部屋へと戻ることにした。どうせ大した中身じゃないのだから、時間がある時に気が向いたら見ればいい。
作業の合間の休憩中に開封してみれば、予想通りにどうでもいい内容のオンパレードで、時間潰しにもならなかったのは言うまでもない。勿論、返事を書くつもりは毛頭なかった。
葉月の目が覚めたのは、日が沈みかけて外がうす暗くなってきた頃。森の中の建造物ということもあって、何も灯していないと館の中が真っ暗になるのが早い。部屋に設置されている照明具に向けて魔力を飛ばして明かりを灯すと、彼女の足元で丸くなっている愛猫の姿に気付いた。
「ん? ずっと一緒に寝てたの?」
声を掛けると、くーはベッドの上で大きく一度伸びをした後、顔に向かって擦り寄ってくる。毛並みに沿って撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「んーっ、久しぶりによく寝た気がするー」
上体を起こして、葉月も腕を目一杯に伸ばした。眠る前とは違って、とても身体が軽い。
ふと横を見て、ベッド脇の机の上に昼食らしき食事が置かれていることに気付いた。きっともうすぐ夕食も用意してくれているのだろうと思いつつも、一度でも食べ物を見てしまうと急にお腹が空いてくる。
「いただきます」
冷めたままでもマーサの料理なら美味しいはずだが、軽く熱を加えて温め直してから遅い昼食にすることにした。勿論、この後の夕食も普通に食べれてしまう自信はあった。成長期の食欲は侮れない。
ごちそうさまでした、とトレイに乗せた空の食器を調理場に返しに行った時、案の定マーサは夕食の支度の真っ最中だった。
「あら、今、召し上がられたのですか?」
「はい。とても美味しかったです」
「それでは、夕食はどういたしましょう? 軽めにされますか?」
改めて聞かれると少し迷ってしまったが、満面の笑みで答える。
「普通で大丈夫です」
マーサもちょっと驚いていたようだったが、すぐに笑いながら調理作業へと戻って行った。葉月の様子が分からなかったので、元々から消化に良さそうなメニューを用意していたので丁度良い。
ホールへと戻ると、ソファーでベルが猫と戯れていた。遠目からは何をしているのかよく分からなかったが、指先で小さな風を起こして猫の顔に吹きかけて、くーは目に見えないそれにじゃれるという、魔法使いにしかできない遊びをしていた。
そういえばこないだも、ガラス玉を風で操ってじゃれさせてたかも。風魔法って結構、便利。
小さな風程度なら葉月でもすぐに出来そうだ。
「あら。随分と落ち着いてるわね」
葉月の顔色を確認して、ベルがうんうんと満足そうに頷く。
「無駄な流れが無くなってるわ。とても安定してるし、量も増えたわね」
これまでは使っていない時も身体から少しずつ魔力が漏れ出ていたが、それが無くなっているらしい。余計に漏れていた分、疲労するのが早くなっていたが、今後はマシになるはずだという。葉月の身体に魔力が馴染んできている証だ。
「覚醒みたいなの?」
「そうねぇ……しいて言うなら、脱皮かしら」
別段、新しい力が芽生えた訳でないので、爬虫類で言うところの脱皮だと言われ、少し落ち込む。何にせよ、落ち着いたのは良いことよ、と穏やかに宥められた。
マーサに運んでもらった昼食を部屋で食しているか、それとも眠っているのかは分からないので、ノックはせずに猫の為に開け放されている扉の隙間からそっと覗いてみる。
葉月は布団を頭近くまで被って、ぐっすりと眠っているようだった。ベッド脇の机に置かれた昼食は手付かずのようなので、あれからずっと眠り続けているのだろう。便乗してお昼寝に興じている猫は掛布団の上で丸くなったままだったが、廊下から覗かれているのが分かっているので耳だけはこちらに向けていた。
たまには、ゆっくり眠りなさいね。
魔力を使い切った後の疲労感は、葉月にとっては良い睡眠導入になっているようだった。深い眠りは心も魔力も安定させてくれる。彼女にとっては今一番に必要なことだ。
今度から葉月のお茶には安眠効果のある薬草も混ぜてみようかしら、何てことを考えながら扉を離れた。階下に降りると、まず飛び込んで来たのは世話係の金切り声。
「お嬢様っ、お手紙はちゃんと確認してくださいまし!」
読まずにテーブルの上に放置されているのを見つけて、慌てたように追いかけてくる。
「ジョセフからでしょう? マーサが確認してくれてもいいのよ」
「な、何をバカなこと仰ってるんですか!」
面倒だからと素知らぬ顔で振り切ろうとしてみたが、有無を言わさずに力尽くで手に握らされてしまう。領主家が絡むとマーサはいつも以上に強引になる。統治者が領民から慕われているのは何よりなことだが、彼女の場合は心酔に近い気がする。ジョセフの婚約者だったベルに対して口煩いのもそのせいなんじゃないかとさえ思える。
避けるのは諦めて、ベルは手紙を持ったまま作業部屋へと戻ることにした。どうせ大した中身じゃないのだから、時間がある時に気が向いたら見ればいい。
作業の合間の休憩中に開封してみれば、予想通りにどうでもいい内容のオンパレードで、時間潰しにもならなかったのは言うまでもない。勿論、返事を書くつもりは毛頭なかった。
葉月の目が覚めたのは、日が沈みかけて外がうす暗くなってきた頃。森の中の建造物ということもあって、何も灯していないと館の中が真っ暗になるのが早い。部屋に設置されている照明具に向けて魔力を飛ばして明かりを灯すと、彼女の足元で丸くなっている愛猫の姿に気付いた。
「ん? ずっと一緒に寝てたの?」
声を掛けると、くーはベッドの上で大きく一度伸びをした後、顔に向かって擦り寄ってくる。毛並みに沿って撫でてあげると、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「んーっ、久しぶりによく寝た気がするー」
上体を起こして、葉月も腕を目一杯に伸ばした。眠る前とは違って、とても身体が軽い。
ふと横を見て、ベッド脇の机の上に昼食らしき食事が置かれていることに気付いた。きっともうすぐ夕食も用意してくれているのだろうと思いつつも、一度でも食べ物を見てしまうと急にお腹が空いてくる。
「いただきます」
冷めたままでもマーサの料理なら美味しいはずだが、軽く熱を加えて温め直してから遅い昼食にすることにした。勿論、この後の夕食も普通に食べれてしまう自信はあった。成長期の食欲は侮れない。
ごちそうさまでした、とトレイに乗せた空の食器を調理場に返しに行った時、案の定マーサは夕食の支度の真っ最中だった。
「あら、今、召し上がられたのですか?」
「はい。とても美味しかったです」
「それでは、夕食はどういたしましょう? 軽めにされますか?」
改めて聞かれると少し迷ってしまったが、満面の笑みで答える。
「普通で大丈夫です」
マーサもちょっと驚いていたようだったが、すぐに笑いながら調理作業へと戻って行った。葉月の様子が分からなかったので、元々から消化に良さそうなメニューを用意していたので丁度良い。
ホールへと戻ると、ソファーでベルが猫と戯れていた。遠目からは何をしているのかよく分からなかったが、指先で小さな風を起こして猫の顔に吹きかけて、くーは目に見えないそれにじゃれるという、魔法使いにしかできない遊びをしていた。
そういえばこないだも、ガラス玉を風で操ってじゃれさせてたかも。風魔法って結構、便利。
小さな風程度なら葉月でもすぐに出来そうだ。
「あら。随分と落ち着いてるわね」
葉月の顔色を確認して、ベルがうんうんと満足そうに頷く。
「無駄な流れが無くなってるわ。とても安定してるし、量も増えたわね」
これまでは使っていない時も身体から少しずつ魔力が漏れ出ていたが、それが無くなっているらしい。余計に漏れていた分、疲労するのが早くなっていたが、今後はマシになるはずだという。葉月の身体に魔力が馴染んできている証だ。
「覚醒みたいなの?」
「そうねぇ……しいて言うなら、脱皮かしら」
別段、新しい力が芽生えた訳でないので、爬虫類で言うところの脱皮だと言われ、少し落ち込む。何にせよ、落ち着いたのは良いことよ、と穏やかに宥められた。
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