20 / 87
20.来館者2
しおりを挟む
館の上を数度と旋回した後、オオワシは屋根に止まって契約主へと来館者の存在を告げる。
「ギギィ、ギギィ」
今日は街からの荷物が無いので身軽だ。荷運びの代わりに命じられたのは、森の中へと騒がしく進む人間達を空から監視すること。獲物と間違えられて攻撃されない距離を保ちつつ、上空や木の枝の間から見張っていた。
小型の馬車を二台連なって森へ入ってきた者達は、道なき道を拓きながら、主の住まう館へと真っ直ぐ向かっているようだった。
進路を遮る倒木や枝があれば風魔法で吹き飛ばし、長く伸びた雑草類があれば火魔法で焼き払う。そして、燃え広がらないようにと水魔法で消火して回る。なかなかに騒がしい。
ブリッドなら飛べば一瞬で済む距離だが、どうも思うようには進まず人間達は苦戦しているようだった。
オオワシが見守る中でも何度も魔獣と遭遇していたが、特に援護するようには命令されていないので、離れたところから静かに傍観するだけだ。森で騒げば魔獣達が寄って来るのは当たり前。ここは魔獣の住まう魔の森なのだから。
魔獣が出てくると剣を構えた人間も馬車から姿を現したので、魔法使いだけの集団ではないようだ。
一団は日が落ち始めると再び街へと戻っていき、また翌日には未開拓のポイントまでやって来て同じことを繰り返す。一度道が出来てしまえば、行き来にそれほどの時間は要さない。
主の館までもう少しというところで、馬車の一台が街の方へ引き返していく。そしてすぐにもう一台を引き連れて戻って来た。道が完全に通じた頃に新たに加わってきた馬車は、他の物よりも一回りは大きいように見える。最終的には三台の馬車が館の前に並んで停まる。
ブリッドが屋根の上から鳴いて告げると、館の扉を開いて森の魔女が姿を現す。
勿論、結界を通過した時点で来館にはとうに気付いていたはずだが、わざわざ先回りして出迎える気などないようだ。
「アナベルお嬢様っ!」
馬車から順に降り立っていく中で、中年のふくよかな女が誰よりも先に飛び出てくる。そして、ベルの元へと駆け寄り、その腰にすがりつくようにして泣きじゃくる。
「あら、マーサ。ごきげんよう?」
「ご、ごきげんよう、じゃありませんわっ。私が街へ戻った後、森の入口をお隠しになられて! おかげで今日まで、こちらへ戻って来ることができませんでしたのよっ!」
淡々とありきたりな挨拶を返すベルに、マーサと呼ばれた女は一気にまくし立てた。
「あら、そうだったかしら?」
「おとぼけにならないで下さいませっ! こちらへ戻れず、私はずっと本邸でお世話になるしかなかったのですよっ!」
「良かったじゃない。本邸なら娘のミーナと一緒に勤められたのでしょう?」
「そ、それはそうですけども……い、いえ、全く良くはありませんわっ。私はアナベルお嬢様にお仕えする身ですのでっ」
全力で拒否られているのに、一向に怯む気配がない。
ベルと共に館から出て来ていた葉月は勿論のこと、馬車から降りた一団もまた呆気に取られ、二人のやり取りをただ聞いているしかなかった。
「あら。叔父様自らがいらっしゃったのですか?」
一番大きな馬車から降りて来た、髭を蓄えた恰幅良い男の姿を見つけ、ベルは軽く会釈する。ベルが叔父と呼んだところを見ると、彼が現グラン領主なのだろう。言われて見れば、彼の髪色もベルと同じ栗色だ。
「……相変わらずだな、ベル。元気そうで何よりだ」
久しぶりに会った姪が少しも変わっていないことに、苦笑している。
「一人で森に立て籠もるとは、お前らしいというか……不便は無かったのかい?」
「ええ。全く」
「そうか。それなら良い。また道が通じたのだから、たまには顔を出しなさい」
娘同然に可愛がっていた姪っ子が元気でさえあれば問題ない。常の安否確認は仲介人を通して出来ていたので、それほど心配はしていなかったのだから。
ただ、今回は確認せねばならないことがあったから、このように強行せざるを得なかった。
「ところで、魔力スティックを使っていたのは、そちらのお嬢さんなのかな?」
幼子かと思い込んでいた同居人が、末の娘と同じくらいの少女だったことに、領主は驚きを隠せないでいる。緊張した面持ちで会釈して名乗った少女は、この年齢で魔力が芽生えたというのだろうかと、まじまじと見てくる。
「ええ。遠い国からの迷い人なの。私よりも魔力は多いわ」
「なるほど、迷い人だったのか。そうか、ベルより多いとは、それは凄いな」
迷い人って何だろう? と横で聞きながらも、意外と簡単に受け入れられている状況に、葉月は胸を撫で下ろす。領主の別宅に勝手に住み込んでいる身なのだから、追い出される可能性も無い訳じゃなかったはずだ。
「迷い人のことを調べるなら、領内に研究者がいたはずだ。訪ねてみると良い」
「ええ、そうします。あと、他にも調べたいことが……」
迷ったようにベルが葉月の方へ視線を向けてくるが、葉月も困った顔をで固まってしまう。くーの存在を明かすのは、もう少し先の方が良いのかもしれない。
「いえ、そちらはまた折りをみて、ご相談させていただきますわ」
「ん? そうか、ベルのことだから、また驚くような報告をしてくれるのだな。楽しみにしておくよ」
間違いなく驚かせてしまうだろうなと、誤魔化すように微笑み返す。
「それじゃあ、近い内に必ず顔を出すように」
「ええ。気が向いたら」
あははは、と豪快に笑いながら、領主は乗って来た馬車に乗り込んでいく。続いて、周りを囲んでいた護衛騎士や魔法使い達も各々の馬車へと戻った。
思ったよりも短い再会だったが、それで十分だったようだ。道さえ直してしまえば、いつでも様子を見に来られるのだから。
「それでは領主様、失礼いたします」
ベル達の傍らで、深々とグラン領主へと頭を下げるマーサ。いつの間にか、館の入口前には彼女の私物らしき大荷物が積み上げられている。
「「?!」」
驚く二人の横を、三台の馬車が悠々と走り去っていく。
「ギギィ、ギギィ」
今日は街からの荷物が無いので身軽だ。荷運びの代わりに命じられたのは、森の中へと騒がしく進む人間達を空から監視すること。獲物と間違えられて攻撃されない距離を保ちつつ、上空や木の枝の間から見張っていた。
小型の馬車を二台連なって森へ入ってきた者達は、道なき道を拓きながら、主の住まう館へと真っ直ぐ向かっているようだった。
進路を遮る倒木や枝があれば風魔法で吹き飛ばし、長く伸びた雑草類があれば火魔法で焼き払う。そして、燃え広がらないようにと水魔法で消火して回る。なかなかに騒がしい。
ブリッドなら飛べば一瞬で済む距離だが、どうも思うようには進まず人間達は苦戦しているようだった。
オオワシが見守る中でも何度も魔獣と遭遇していたが、特に援護するようには命令されていないので、離れたところから静かに傍観するだけだ。森で騒げば魔獣達が寄って来るのは当たり前。ここは魔獣の住まう魔の森なのだから。
魔獣が出てくると剣を構えた人間も馬車から姿を現したので、魔法使いだけの集団ではないようだ。
一団は日が落ち始めると再び街へと戻っていき、また翌日には未開拓のポイントまでやって来て同じことを繰り返す。一度道が出来てしまえば、行き来にそれほどの時間は要さない。
主の館までもう少しというところで、馬車の一台が街の方へ引き返していく。そしてすぐにもう一台を引き連れて戻って来た。道が完全に通じた頃に新たに加わってきた馬車は、他の物よりも一回りは大きいように見える。最終的には三台の馬車が館の前に並んで停まる。
ブリッドが屋根の上から鳴いて告げると、館の扉を開いて森の魔女が姿を現す。
勿論、結界を通過した時点で来館にはとうに気付いていたはずだが、わざわざ先回りして出迎える気などないようだ。
「アナベルお嬢様っ!」
馬車から順に降り立っていく中で、中年のふくよかな女が誰よりも先に飛び出てくる。そして、ベルの元へと駆け寄り、その腰にすがりつくようにして泣きじゃくる。
「あら、マーサ。ごきげんよう?」
「ご、ごきげんよう、じゃありませんわっ。私が街へ戻った後、森の入口をお隠しになられて! おかげで今日まで、こちらへ戻って来ることができませんでしたのよっ!」
淡々とありきたりな挨拶を返すベルに、マーサと呼ばれた女は一気にまくし立てた。
「あら、そうだったかしら?」
「おとぼけにならないで下さいませっ! こちらへ戻れず、私はずっと本邸でお世話になるしかなかったのですよっ!」
「良かったじゃない。本邸なら娘のミーナと一緒に勤められたのでしょう?」
「そ、それはそうですけども……い、いえ、全く良くはありませんわっ。私はアナベルお嬢様にお仕えする身ですのでっ」
全力で拒否られているのに、一向に怯む気配がない。
ベルと共に館から出て来ていた葉月は勿論のこと、馬車から降りた一団もまた呆気に取られ、二人のやり取りをただ聞いているしかなかった。
「あら。叔父様自らがいらっしゃったのですか?」
一番大きな馬車から降りて来た、髭を蓄えた恰幅良い男の姿を見つけ、ベルは軽く会釈する。ベルが叔父と呼んだところを見ると、彼が現グラン領主なのだろう。言われて見れば、彼の髪色もベルと同じ栗色だ。
「……相変わらずだな、ベル。元気そうで何よりだ」
久しぶりに会った姪が少しも変わっていないことに、苦笑している。
「一人で森に立て籠もるとは、お前らしいというか……不便は無かったのかい?」
「ええ。全く」
「そうか。それなら良い。また道が通じたのだから、たまには顔を出しなさい」
娘同然に可愛がっていた姪っ子が元気でさえあれば問題ない。常の安否確認は仲介人を通して出来ていたので、それほど心配はしていなかったのだから。
ただ、今回は確認せねばならないことがあったから、このように強行せざるを得なかった。
「ところで、魔力スティックを使っていたのは、そちらのお嬢さんなのかな?」
幼子かと思い込んでいた同居人が、末の娘と同じくらいの少女だったことに、領主は驚きを隠せないでいる。緊張した面持ちで会釈して名乗った少女は、この年齢で魔力が芽生えたというのだろうかと、まじまじと見てくる。
「ええ。遠い国からの迷い人なの。私よりも魔力は多いわ」
「なるほど、迷い人だったのか。そうか、ベルより多いとは、それは凄いな」
迷い人って何だろう? と横で聞きながらも、意外と簡単に受け入れられている状況に、葉月は胸を撫で下ろす。領主の別宅に勝手に住み込んでいる身なのだから、追い出される可能性も無い訳じゃなかったはずだ。
「迷い人のことを調べるなら、領内に研究者がいたはずだ。訪ねてみると良い」
「ええ、そうします。あと、他にも調べたいことが……」
迷ったようにベルが葉月の方へ視線を向けてくるが、葉月も困った顔をで固まってしまう。くーの存在を明かすのは、もう少し先の方が良いのかもしれない。
「いえ、そちらはまた折りをみて、ご相談させていただきますわ」
「ん? そうか、ベルのことだから、また驚くような報告をしてくれるのだな。楽しみにしておくよ」
間違いなく驚かせてしまうだろうなと、誤魔化すように微笑み返す。
「それじゃあ、近い内に必ず顔を出すように」
「ええ。気が向いたら」
あははは、と豪快に笑いながら、領主は乗って来た馬車に乗り込んでいく。続いて、周りを囲んでいた護衛騎士や魔法使い達も各々の馬車へと戻った。
思ったよりも短い再会だったが、それで十分だったようだ。道さえ直してしまえば、いつでも様子を見に来られるのだから。
「それでは領主様、失礼いたします」
ベル達の傍らで、深々とグラン領主へと頭を下げるマーサ。いつの間にか、館の入口前には彼女の私物らしき大荷物が積み上げられている。
「「?!」」
驚く二人の横を、三台の馬車が悠々と走り去っていく。
0
お気に入りに追加
130
あなたにおすすめの小説
料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します
黒木 楓
恋愛
隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。
どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。
巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。
転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。
そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。
料理を作って異世界改革
高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」
目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。
「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」
記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。
いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか?
まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。
そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。
善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。
神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。
しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。
現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。
異世界でのんびり暮らしてみることにしました
松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。
【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。
異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。
そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。
【カクヨムにも投稿してます】
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます
みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。
女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。
勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。
異世界でお金を使わないといけません。
りんご飴
ファンタジー
石川 舞華、22歳。
事故で人生を終えたマイカは、地球リスペクトな神様にスカウトされて、異世界で生きるように言われる。
異世界でのマイカの役割は、50年前の転生者が溜め込んだ埋蔵金を、ジャンジャン使うことだった。
高級品に一切興味はないのに、突然、有り余るお金を手にいれちゃったよ。
ありがた迷惑な『強運』で、何度も命の危険を乗り越えます。
右も左も分からない異世界で、家やら、訳あり奴隷やらをどんどん購入。
旅行に行ったり、貴族に接触しちゃったり、チートなアイテムを手に入れたりしながら、異世界の経済や流通に足を突っ込みます。
のんびりほのぼの、時々危険な異世界事情を、ブルジョア満載な生活で、何とか楽しく生きていきます。
お金は稼ぐより使いたい。人の金ならなおさらジャンジャン使いたい。そんな作者の願望が込められたお話です。
しばらくは 月、木 更新でいこうと思います。
小説家になろうさんにもお邪魔しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる