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20.来館者2

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 館の上を数度と旋回した後、オオワシは屋根に止まって契約主へと来館者の存在を告げる。

「ギギィ、ギギィ」

 今日は街からの荷物が無いので身軽だ。荷運びの代わりに命じられたのは、森の中へと騒がしく進む人間達を空から監視すること。獲物と間違えられて攻撃されない距離を保ちつつ、上空や木の枝の間から見張っていた。

 小型の馬車を二台連なって森へ入ってきた者達は、道なき道を拓きながら、主の住まう館へと真っ直ぐ向かっているようだった。
 進路を遮る倒木や枝があれば風魔法で吹き飛ばし、長く伸びた雑草類があれば火魔法で焼き払う。そして、燃え広がらないようにと水魔法で消火して回る。なかなかに騒がしい。
 ブリッドなら飛べば一瞬で済む距離だが、どうも思うようには進まず人間達は苦戦しているようだった。

 オオワシが見守る中でも何度も魔獣と遭遇していたが、特に援護するようには命令されていないので、離れたところから静かに傍観するだけだ。森で騒げば魔獣達が寄って来るのは当たり前。ここは魔獣の住まう魔の森なのだから。
 魔獣が出てくると剣を構えた人間も馬車から姿を現したので、魔法使いだけの集団ではないようだ。

 一団は日が落ち始めると再び街へと戻っていき、また翌日には未開拓のポイントまでやって来て同じことを繰り返す。一度道が出来てしまえば、行き来にそれほどの時間は要さない。

 主の館までもう少しというところで、馬車の一台が街の方へ引き返していく。そしてすぐにもう一台を引き連れて戻って来た。道が完全に通じた頃に新たに加わってきた馬車は、他の物よりも一回りは大きいように見える。最終的には三台の馬車が館の前に並んで停まる。

 ブリッドが屋根の上から鳴いて告げると、館の扉を開いて森の魔女が姿を現す。
 勿論、結界を通過した時点で来館にはとうに気付いていたはずだが、わざわざ先回りして出迎える気などないようだ。

「アナベルお嬢様っ!」

 馬車から順に降り立っていく中で、中年のふくよかな女が誰よりも先に飛び出てくる。そして、ベルの元へと駆け寄り、その腰にすがりつくようにして泣きじゃくる。

「あら、マーサ。ごきげんよう?」
「ご、ごきげんよう、じゃありませんわっ。私が街へ戻った後、森の入口をお隠しになられて! おかげで今日まで、こちらへ戻って来ることができませんでしたのよっ!」

 淡々とありきたりな挨拶を返すベルに、マーサと呼ばれた女は一気にまくし立てた。

「あら、そうだったかしら?」
「おとぼけにならないで下さいませっ! こちらへ戻れず、私はずっと本邸でお世話になるしかなかったのですよっ!」
「良かったじゃない。本邸なら娘のミーナと一緒に勤められたのでしょう?」
「そ、それはそうですけども……い、いえ、全く良くはありませんわっ。私はアナベルお嬢様にお仕えする身ですのでっ」

 全力で拒否られているのに、一向に怯む気配がない。
 ベルと共に館から出て来ていた葉月は勿論のこと、馬車から降りた一団もまた呆気に取られ、二人のやり取りをただ聞いているしかなかった。

「あら。叔父様自らがいらっしゃったのですか?」

 一番大きな馬車から降りて来た、髭を蓄えた恰幅良い男の姿を見つけ、ベルは軽く会釈する。ベルが叔父と呼んだところを見ると、彼が現グラン領主なのだろう。言われて見れば、彼の髪色もベルと同じ栗色だ。

「……相変わらずだな、ベル。元気そうで何よりだ」

 久しぶりに会った姪が少しも変わっていないことに、苦笑している。

「一人で森に立て籠もるとは、お前らしいというか……不便は無かったのかい?」
「ええ。全く」
「そうか。それなら良い。また道が通じたのだから、たまには顔を出しなさい」

 娘同然に可愛がっていた姪っ子が元気でさえあれば問題ない。常の安否確認は仲介人を通して出来ていたので、それほど心配はしていなかったのだから。
 ただ、今回は確認せねばならないことがあったから、このように強行せざるを得なかった。

「ところで、魔力スティックを使っていたのは、そちらのお嬢さんなのかな?」

 幼子かと思い込んでいた同居人が、末の娘と同じくらいの少女だったことに、領主は驚きを隠せないでいる。緊張した面持ちで会釈して名乗った少女は、この年齢で魔力が芽生えたというのだろうかと、まじまじと見てくる。

「ええ。遠い国からの迷い人なの。私よりも魔力は多いわ」
「なるほど、迷い人だったのか。そうか、ベルより多いとは、それは凄いな」

 迷い人って何だろう? と横で聞きながらも、意外と簡単に受け入れられている状況に、葉月は胸を撫で下ろす。領主の別宅に勝手に住み込んでいる身なのだから、追い出される可能性も無い訳じゃなかったはずだ。

「迷い人のことを調べるなら、領内に研究者がいたはずだ。訪ねてみると良い」
「ええ、そうします。あと、他にも調べたいことが……」

 迷ったようにベルが葉月の方へ視線を向けてくるが、葉月も困った顔をで固まってしまう。くーの存在を明かすのは、もう少し先の方が良いのかもしれない。

「いえ、そちらはまた折りをみて、ご相談させていただきますわ」
「ん? そうか、ベルのことだから、また驚くような報告をしてくれるのだな。楽しみにしておくよ」

 間違いなく驚かせてしまうだろうなと、誤魔化すように微笑み返す。

「それじゃあ、近い内に必ず顔を出すように」
「ええ。気が向いたら」

 あははは、と豪快に笑いながら、領主は乗って来た馬車に乗り込んでいく。続いて、周りを囲んでいた護衛騎士や魔法使い達も各々の馬車へと戻った。
 思ったよりも短い再会だったが、それで十分だったようだ。道さえ直してしまえば、いつでも様子を見に来られるのだから。

「それでは領主様、失礼いたします」

 ベル達の傍らで、深々とグラン領主へと頭を下げるマーサ。いつの間にか、館の入口前には彼女の私物らしき大荷物が積み上げられている。

「「?!」」

 驚く二人の横を、三台の馬車が悠々と走り去っていく。
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