今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

文字の大きさ
上 下
72 / 72

追加エピソード・体調不良

しおりを挟む
 朝、寝室のベッドで目を覚ましたと同時に、瑞希は身体がフワフワと安定しない感覚に襲われていた。熱を出して身体中に力が入らない時よりも、どちらかと言うと眩暈や乗り物酔いしている状態に似ている。ベッドから半身を起き上げて、両手で頭を支える。

 ――連勤明けで疲れが残ってるのかも……。

 繁忙期は越えたが、キャリアが実施する研修が重なった為に、ショップでは人手不足が続いていた。ギリギリの人数でシフトを回している時に研修に呼ばれるのは、正直言ってありがた迷惑だ。かと言って、本社から指名されたら断るのは難しい。研修参加者名簿が社内メールで回ってくる度、恵美が頭を抱えて唸っていた。

 怒涛の激務がようやく終わり、張り詰めていた気が緩んだのかもしれない。これから発熱しそうな不穏な体調に、瑞希はハァと溜め息をつく。ベッドをそっと抜け出しリビングに向かい、壁際に設置したチェストから体温計を取り出した。

 何もかもを一人で背負って生きていた時は、滅多なことでは体調を崩すことはなかった。子供はしょっちゅう熱を出したり、お腹を壊したりしていたけれど、瑞希も一緒に寝込んでいる場合じゃなかったから。張っていた気を緩めている余裕なんてなかった。

 甘えと言われたらそれまでだけれど、傍で一緒にいてくれる人がいるから、安心して気を緩めることができている。体調を崩してしまうのは自己管理不足で褒められたことでないのかもしれないが、身体が休みを欲しがっても許される状況は、とても幸せなことなのかもしれない。

 検温終了の音が聞こえて、脇に挟んでいた体温計を取り出してみる。微熱というほどではないが、平熱よりは少し高い。

「熱あるの?」

 息子と並んで寝ていたはずの夫が、心配そうな顔を廊下から見せる。起こさないよう音には気を付けて出たつもりだったけれど、ベッドの上を移動する振動で目が覚めてしまったらしい。

「ううん、平熱よりちょっと高めなだけ」
「風邪? 今って何か流行ってるんだっけ?」
「ううん、特に何も。季節の移り変わりだからかなぁ」

 妻の額に手を伸ばしたがそれでは分からないと、今度は顔を近付けて自分の額を直接くっ付けて確認する。眉を下げて少し弱った顔をしているけれど、確かに熱は無いみたいだ。妻にはソファーへ座るよう促し、伸也はキッチンからグラスとミネラルウォーターを取ってくる。
 水が注がれたグラスを伸也から受け取ると、瑞希はそれを一気に飲み干した。キンキンに冷えたミネラルウォーターが身体の中にすっと流れ込んでいく。

「あ、なんかすっきりしてきたかも。ありがと」

 それまでモヤモヤしていたものがすっきりして、気分が随分と楽になってきた。ふぅっと大きく息を吐いてから、自分の身体の調子を確認する。少し考えてから、はっと気付いた。

 ――あ、もしかして……。

 以前にも同じような感覚を経験したことがある。二度目だから、自分でも確信が持てる。

「私、妊娠してるのかも」
「……え?!」

 妻の爆弾発言に、伸也が反応するのに一瞬の間があった。勿論、妻の言っていることに身に覚えがないという意味でではない。あまりの突然の告白に、頭ですぐ理解できなかっただけだ。冷静に話し始める瑞希のことを、瞬きを忘れて見ていた。

「後で検査薬買ってくるね。陽性だったとしても、ちゃんと病院で診て貰わないとダメだけど」

 いくら経験していても、今の段階では検査薬で陽性の可能性が高いということしか分からない。そして正常妊娠かどうかは産婦人科を受診しないことには何とも言えない。ただ、体調と日数には十分な確証が持てている。

 時計を確認してから、伸也はスマホで駅前のドラッグストアの開店時間を調べ始めた。慌て過ぎて検索画面で店名を入力するのに手間取って、少しオロオロしているように見えた。

「くそっ、9時に開店か……瑞希は休んでて。俺が買いに行ってくるから!」

 他に欲しい物無い? と聞きながら、店が開いたと同時に買いに走れるよう、着替えを探しに寝室へと戻っていく。
 そんな夫の様子を、瑞希は半分呆れつつ、嬉しそうに笑って見ていた。

 あの時も、もし傍にいてくれたら同じ反応を返してくれたんだろうか。これから大きくなっていくお腹を、彼はどんな顔をして、どんな言葉を掛けてくれるのだろうか。そして、生まれてくる瞬間には何て声を掛けてくれるのだろうか。

 おそらく宿っているはずの新しい命のことを思いながら、瑞希はそっと自分のお腹に手を当てた。
しおりを挟む
感想 5

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(5件)

只深
2024.03.30 只深

描写がとても丁寧で読みやすく、あっという間に読み切ってしまいました。
とっても面白かったです。
本になったら買いたいです!
素敵な作品を読ませていただきありがとうございました!

2024.03.30 瀬崎由美

コメントをありがとうございます

読み切っていただいたなんて、めちゃくちゃ嬉しいです
ありがとうございます

本になったら……私も本になったところを是非見てみたいです
夢が叶うことを願って、これからも頑張りますので、よろしくお願いします

解除
sumomomo
2024.02.18 sumomomo

お話の情景がリアルに浮かんで、何度も楽しく読ませていただいています😊
弟のエピソードの場面では、グルグルと大きく欠席を囲むって、それだけで伸也の何があっても瑞希を守る思いが十分に伝わって、すごくイイって思いながら読んでいますよ~😆

まだまだこのほっこりする家族のお話に浸れると思うと、たくさんの追加エピソードも嬉しくって。ただ、ご無理されませんよう......

微力ながら応援しています😌

2024.02.18 瀬崎由美

コメントをありがとうございます

溺愛等といった甘いエピソードがほとんど無いお話ですが、代わりにほっこりしていただけたのでしたら、とてもありがたいです
恋愛小説ではなく、家族小説ですね、これは……

今月はあと4、5話ほど公開できればいいなと思っていますので、最後までお読みいただければ嬉しいです

解除
桜
2023.02.26

凄く面白いです✨
一気読みしました🎵

だんだんと父子になっていくふたりを見守る瑞希 微笑ましかったです🥰

伸也両親の初孫対面等、その後のエピソードも読んでみたいです😌💓

2023.03.01 瀬崎由美

コメントをありがとうごさいます。
完結手前に入るようなエピソードはもう少し追加しくつもりですので、引き続き読んでいただけると嬉しいです。
その後のエピソードも、是非考えてみたいと思います。

解除

あなたにおすすめの小説

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

溺愛ダーリンと逆シークレットベビー

葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。 立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。 優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。