今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

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追加エピソード・植樹

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 大きな屋敷が建ち並び、非日常感すら感じさせる高級住宅街。その一角にある屋敷の門を車のまま入り抜けていくと、ガレージには既に別の車が停められていた。安達の実家でも何度か見かけたことがある、健一のシルバーのセダン車だ。その隣にミニバンを停めてから、三人は屋敷ではなく中庭の方へと向かった。

 この今は誰も住んではいない屋敷は、人を雇って定期的に管理されているらしく、手入れされた見事な日本庭園を普段は誰からも見られないのが勿体ない。
 瑞希がここに来たのはあの時以来。伸也と再会した後に義母である百合子から今後の指示を受けた時だ。そのせいか、反射的に緊張してしまうのは無理もない。

 その庭園の隅で、義父である健一が軍手を嵌めて大きなスコップを抱えていた。

「おう、来たか。穴はこんなもんかな?」
「場所はそんな隅っこ? もっと真ん中でもいいんじゃないか?」

 夫の隣で揃いの軍手を嵌めた百合子がこちらに向かって「いらっしゃい」と手を振っている。あの時とは違い、もうすっかり見慣れた義母の優しい笑顔。それにペコっと会釈を返しながら、拓也を抱っこしたまま急いで駆け寄っていく。
 伸也は父が掘ったという穴を、納得いかないとでも言いたげな難しい顔をして確認している。

「あっちは庭の景観が崩れてしまうんだと。植木屋の大将から、変なとこに植えたら引っこ抜いてやるって脅された」
「朝から場所を見ていただいたんだけど、お父さんが庭の中央に植えるって言い張ってたら、植木屋さんが怒り出しちゃって大変だったんだから……」
「こういうのはド真ん中にドーンと、だろ」
「だからそれはダメだって言われたんでしょ。引っこ抜かれちゃうわ」

 先代の時からずっと任せている植木屋は、自分が手掛けた庭の風景が変えられるのを血相抱えて嫌がったらしい。その職人のこだわりを無下にするのも忍びないと、譲歩して最終的に決まったのがこの場所ということだった。

「今から植えるのって、これですか?」

 掘られたばかりの穴の横に置かれている小さな苗木を指さして、瑞希が尋ねる。今日ここに三人が呼ばれた理由はまさにこれ。鍛冶の家では子供が生まれた時に記念樹を植えるのだと聞かされた。百合子や伸也の誕生後にも同じように家族が集まり、子供の成長を願ったのだという。
 拓也の場合はその存在を認知されるのが遅かったせいで、すでに二歳になってしまったけれど。

「そうよ、八重桜。伸也の時と同じものにしてみたわ。このサイズでも、きっと来年の春には開花してくれるはずよ」
「伸也の時のって?」
「瑞希さんの後ろにある木がそう。この時期は落葉しちゃって何も無いけど、ピンクの綺麗な花が咲くのよ」

 言われて後ろを振り向くと、背の高い大きな木が植わっていた。今は葉すら無い寂しい姿だが、左右にも伸びたその枝に満開の花が咲けば、この庭の雰囲気はまた違ったものになるのだろう。

「お袋の時のはあっさり枯れちゃったらしいんだけどね」
「もうっ、それは言わなくていいでしょ。早く大きくなって欲しくて、液肥を撒きすぎちゃったのよ。幼稚園の頃だったかしら……」

 自分の木だと聞いたら嬉しくて、思わずやってしまったのだと笑う。とんだ若気の至りだ。

 まだ1メートルほどしかない桜の苗木。拓也の為に用意してもらったその記念樹を、鍛冶の屋敷の庭にこれから植えていく。それは正式に拓也の存在がこの家で認めて貰えたという証に思え、瑞希は目の奥がじんわりと熱くなっていくのを感じた。

 走り回りたがる息子を宥めながら抱きかかえ、夫と義父が苗木を穴に入れて土を被せていくのを見守った。この木は息子と同じように少しずつ大きく育っていき、いずれは真後ろにある父の記念樹と同じくらいになるのだろうか。
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