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追加エピソード・公園デビュー(伸也 ver.)2
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拓也を片手で抱っこして、公園の入り口近くを歩いていると、スマホを片手に向こうからやってくる男と目が合った。そして、互いに気付いて懐かしいと声を掛け合う。
「お久しぶりです。戸塚さん」
「あれっ、この近所にお住いでしたっけ?」
「ええ、そこのマンションです。最近ですけどね」
公園から見える自宅マンションを指しながら、9年ぶりの再会を喜ぶ。4歳年上の戸塚は、ADコーポレーションへ入社したばかりの伸也の教育係だった。営業所に配属になる前の短期間だけだったから、それ以来は顔を合わせる機会は無かったがとても可愛がって貰った記憶はある。それは今考えると、伸也が代表取締役の息子だったから気を使われていたからだろうけれど。
お互いラフな休日ファッションだが、あまり変わっていなくてすぐに分かった。戸塚の方は少し前髪が後退して白髪が目立ち、お腹周りも増量しているようには見えたが。
伸也が片手で抱っこしている子供を見て、戸塚が聞いてくる。
「お子さんですか? うちの娘と同じくらいかなぁ、2歳なんですけど」
「息子も2歳ですよ。戸塚さんもお子さんいらっしゃったんですね。今日はお休みなんですか?」
「ええ、先週末にイベントで急に借り出されちゃって、その代休です。久しぶりに昼まで寝れるかと思ってたら、朝から電話で起こされてしまって……。で、起きたついでに娘の様子を見に来たんですけど――」
公園へ遊びに行くって出ていったんですけどね、と伸也の肩越しに公園内を覗き込み、すぐに妻達を見つけたらしく手を振っている。
「あれ、うちの妻と娘です」
言われて振り返る。そして、こちらに向かって手を振り返している親子にギョッとする。戸塚の妻子というのが、さっきまで砂場で一緒に遊んでいた茉莉華達だったから。二人は父親のお迎えに気付いて、遊んでいた玩具をようやく片付け始めたようだ。
「あー、茉莉華ちゃんは戸塚さんのお子さんだったんですね。さっきまで遊んで貰ってましたよ」
「は、そんな偶然?!」
戸塚以上に驚いているのは伸也の方だ。噂で聞いていた詮索好きのママが、知り合いの奥さんだったとは。ますます下手なことは口走れない。
「あれー、パパ。拓也君パパとお知り合いだったの?」
「あ、ああ」
「拓也君とはよくここで一緒に遊んでるのよ。二人ともお砂場が大好きだから。――ところで、どういったお知り合いなの?」
詮索ママの本領発揮とばかりに、茉莉華ママが目を爛々と輝かせる。伸也も瑞希も曖昧にしか答えてくれないが、夫の知り合いとあれば遠慮なく詳しいことが聞けるだろうと。ベビーシッターも雇い、近所でも人気の保育園に通う拓也は注目の存在だ。
だが妻の詮索好きを認識しているからこそ、夫の歯切れはとても悪い。本人を目の前にしてペラペラと相手の素性を話して良い物かと言葉を探しているようだった。代わりに伸也が先に口を開く。
「戸塚さんは俺が新入社員時代の教育係をしてくださってたんですよ」
「あら、じゃあ、拓也君パパはうちのパパと同じ会社なのね。そんな偶然もあるのねー。あ、でもパパはリモートワークなんて無いから、今は部署は違うの?」
「いえ、今は――」
夫の後輩だったと聞いて、茉莉華ママの口調が急に馴れ馴れしくなる。瑞希から聞いていた通りの変わりっぷりだ。それには夫である戸塚が慌てて止めに入った。子会社勤務である彼が、伸也の現況を知らない訳がない。
「いちいち、そんなことを聞く必要は無いだろっ」
「えー、別にいいじゃない? 茉莉華もパパも、それぞれがお友達なんだから」
聞きたいことは沢山あるんだと、茉莉華ママが頬を膨らます。お友達という軽々しい単語に、戸塚の顔が青褪め始める。今ほど妻の無知を呪いたいと思ったことはない。ビジネス書を読めとまでは言わないが、せめて夫の会社に関連するネットニュースくらいは目を通していて欲しい。
「安達さんはうちの社長の息子さんで、今はKAJIで社長をされてるんだよ……頼むから、夫の勤め先の代表くらい把握しててくれよ……」
「え、社長の息子って? え、KAJIってあなたのところの親会社の?」
「すみません、妻が失礼を」と戸塚は伸也に向かって頭を下げてから、キョトン顔の妻の背を押した。そして茉莉華を抱き上げて、逃げるように公園前を立ち去っていく。このまま嫁を放置していると何を話し出すか分からないし、溜まったものじゃない。
父親の肩越しに茉莉華が小さい手を振っていた。それに対して伸也もにこやかに手を振り返した。持っていたバケツがカタカタと鳴る。
「さ、俺達も帰ろっか。ママがお家で待ってるしね」
抱っこしながら息子の額にコツンと自分の額を当てる。その優しい頭突きに拓也はキャッキャと声を出して笑っている。耳のすぐ傍で聞こえる愛しい笑い声。その声を聞くまでに随分と長い寄り道をしてしまったことを、改めて後悔した。もう二度と、二人の傍から離れることはしない。決して。
「お久しぶりです。戸塚さん」
「あれっ、この近所にお住いでしたっけ?」
「ええ、そこのマンションです。最近ですけどね」
公園から見える自宅マンションを指しながら、9年ぶりの再会を喜ぶ。4歳年上の戸塚は、ADコーポレーションへ入社したばかりの伸也の教育係だった。営業所に配属になる前の短期間だけだったから、それ以来は顔を合わせる機会は無かったがとても可愛がって貰った記憶はある。それは今考えると、伸也が代表取締役の息子だったから気を使われていたからだろうけれど。
お互いラフな休日ファッションだが、あまり変わっていなくてすぐに分かった。戸塚の方は少し前髪が後退して白髪が目立ち、お腹周りも増量しているようには見えたが。
伸也が片手で抱っこしている子供を見て、戸塚が聞いてくる。
「お子さんですか? うちの娘と同じくらいかなぁ、2歳なんですけど」
「息子も2歳ですよ。戸塚さんもお子さんいらっしゃったんですね。今日はお休みなんですか?」
「ええ、先週末にイベントで急に借り出されちゃって、その代休です。久しぶりに昼まで寝れるかと思ってたら、朝から電話で起こされてしまって……。で、起きたついでに娘の様子を見に来たんですけど――」
公園へ遊びに行くって出ていったんですけどね、と伸也の肩越しに公園内を覗き込み、すぐに妻達を見つけたらしく手を振っている。
「あれ、うちの妻と娘です」
言われて振り返る。そして、こちらに向かって手を振り返している親子にギョッとする。戸塚の妻子というのが、さっきまで砂場で一緒に遊んでいた茉莉華達だったから。二人は父親のお迎えに気付いて、遊んでいた玩具をようやく片付け始めたようだ。
「あー、茉莉華ちゃんは戸塚さんのお子さんだったんですね。さっきまで遊んで貰ってましたよ」
「は、そんな偶然?!」
戸塚以上に驚いているのは伸也の方だ。噂で聞いていた詮索好きのママが、知り合いの奥さんだったとは。ますます下手なことは口走れない。
「あれー、パパ。拓也君パパとお知り合いだったの?」
「あ、ああ」
「拓也君とはよくここで一緒に遊んでるのよ。二人ともお砂場が大好きだから。――ところで、どういったお知り合いなの?」
詮索ママの本領発揮とばかりに、茉莉華ママが目を爛々と輝かせる。伸也も瑞希も曖昧にしか答えてくれないが、夫の知り合いとあれば遠慮なく詳しいことが聞けるだろうと。ベビーシッターも雇い、近所でも人気の保育園に通う拓也は注目の存在だ。
だが妻の詮索好きを認識しているからこそ、夫の歯切れはとても悪い。本人を目の前にしてペラペラと相手の素性を話して良い物かと言葉を探しているようだった。代わりに伸也が先に口を開く。
「戸塚さんは俺が新入社員時代の教育係をしてくださってたんですよ」
「あら、じゃあ、拓也君パパはうちのパパと同じ会社なのね。そんな偶然もあるのねー。あ、でもパパはリモートワークなんて無いから、今は部署は違うの?」
「いえ、今は――」
夫の後輩だったと聞いて、茉莉華ママの口調が急に馴れ馴れしくなる。瑞希から聞いていた通りの変わりっぷりだ。それには夫である戸塚が慌てて止めに入った。子会社勤務である彼が、伸也の現況を知らない訳がない。
「いちいち、そんなことを聞く必要は無いだろっ」
「えー、別にいいじゃない? 茉莉華もパパも、それぞれがお友達なんだから」
聞きたいことは沢山あるんだと、茉莉華ママが頬を膨らます。お友達という軽々しい単語に、戸塚の顔が青褪め始める。今ほど妻の無知を呪いたいと思ったことはない。ビジネス書を読めとまでは言わないが、せめて夫の会社に関連するネットニュースくらいは目を通していて欲しい。
「安達さんはうちの社長の息子さんで、今はKAJIで社長をされてるんだよ……頼むから、夫の勤め先の代表くらい把握しててくれよ……」
「え、社長の息子って? え、KAJIってあなたのところの親会社の?」
「すみません、妻が失礼を」と戸塚は伸也に向かって頭を下げてから、キョトン顔の妻の背を押した。そして茉莉華を抱き上げて、逃げるように公園前を立ち去っていく。このまま嫁を放置していると何を話し出すか分からないし、溜まったものじゃない。
父親の肩越しに茉莉華が小さい手を振っていた。それに対して伸也もにこやかに手を振り返した。持っていたバケツがカタカタと鳴る。
「さ、俺達も帰ろっか。ママがお家で待ってるしね」
抱っこしながら息子の額にコツンと自分の額を当てる。その優しい頭突きに拓也はキャッキャと声を出して笑っている。耳のすぐ傍で聞こえる愛しい笑い声。その声を聞くまでに随分と長い寄り道をしてしまったことを、改めて後悔した。もう二度と、二人の傍から離れることはしない。決して。
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