今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

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追加エピソード・公園デビュー(伸也 ver.)

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 基本的に週末が休みの伸也と、シフト制の瑞希の公休日が一緒になることは、月に二度あれば良い方だ。特にショップのイベントが重なる月は土日祝に瑞希が休みになることはほとんどない。だから、スケジュールを調整して平日にリモートワークの日を入れるでもしないと、家族が揃うのは意外と難しい。

 それでも、この上なく理解のある秘書のおかげで、まだ幼い息子と一緒に過ごせる時間を捻出することができているのは感謝の一言。

 窓辺から暖かい日差しが差し込む、とても心地よい午前。掃除機をかけようとした瑞希は、リビングのフローリングに散らばるブロックに、ハァと大きな溜め息をついていた。ついさっき片付けたはずなのに、掃除機を取りに向かっている短時間でこの状態、嘆きたくもなる。

「しばらくの間、外に連れ出しとこうか? 掃除するんだろ?」
「助かる。もうっ、片付けても片付けてもキリが無くって……」
「拓也、パパと一緒にお外へ遊びに行こうか?」

 うんっ! と大きく頷くと、拓也は玄関に向かって駆け出した。手に持っていたブロックだけはブロックケースの中へきちんと戻すが、それ以外はそのまま放置で。苦笑いを浮かべながら、瑞希は床の上の残りの玩具を順に拾い上げていく。
 二人が出掛けて、急に静かになった家の中。いつもよりも念入りにリビングの隅から掃除機をかけ始めた。


 マンションから近い公園は、拓也達が普段からよく遊びに来るとは聞いていた。ベビーシッターも天気の良い日には連れ出してくれているらしく、拓也は公園に着くや否や、迷いもなくお気に入りの砂場に向かって走り出す。

 家を出る際に、いつも玄関に置いている砂遊びセットを持って来ていた。遅れて砂場へ着いた伸也からそれを受け取ると、拓也は青いバケツに入った中身を一気に砂の上にぶちまける。意外と豪快な息子の行動に最初は呆気に取られたが、よく考えたら瑞希もそういうところがあるなと思い出して苦笑する。見た目は父親似だけど、性格は母親似なのかもしれない。

 海辺に遊びに行った時と同じようにバケツへ砂を詰め始めたのを、伸也も緑色のショベルで手伝っていく。二人で向かい合って小さなバケツへ黙々と砂を入れ、満タンになれば上から叩いて固めた後、「それっ!」という掛け声と共にひっくり返す。バケツの型そのままで固まっている砂を、子供にせがまれるまま流れ作業のように作り続けていた。

「わー、お砂のプリンがいっぱいね。こんにちは、拓也君。今日はパパと一緒なんだ?」

 拓也の周りを砂の型で囲んでいると、砂場の外から女性の声が聞こえて来た。振り返って「こんにちは」と一応は挨拶を返すが、この公園に来たのは初めての伸也には誰だかは勿論分からない。ただ、向こうは拓也のことはよく知ってるらしい。一緒に手を繋いでいる女の子は拓也と同じくらいの月齢に見えた。

「茉莉華、今日も拓也君に会えて良かったね」

 そう言いながら、手に持っていたピンクのキャラクター柄ショベルとバケツを娘に渡している。女性が呼んだ『茉莉華』という名前は何か聞いたことがあるな、と少し考えた後、伸也はハッとする。

 ――前に瑞希が言ってた、詮索ママか。

 ここに引っ越して来てすぐに出会ったという、やたらと個人的なことを質問してくる茉莉華ママ。他のお母さん達からも避けられていたみたいだという話を、「公園デビューの洗礼だね」と他人事のように聞いていた。まさかその本人と自分が遭遇するとは思ってもみなかった――というか、父親でも関係なしに声掛けてくるのかと、少し呆れる。

「拓也君パパは、今日はお仕事お休みなんですか?」
「いえ、今日はたまたまリモートの日なだけで、帰ったら家で仕事です」
「ああ、じゃあ今は休憩中ってことですか?」

 ええ、と適当に返事しながら、伸也はバケツへ砂を詰める作業を続けていた。子供達は伸也が作った砂の型を興奮しながら叩いて壊すという遊びに夢中で、壊す為に早く作れと急かされる。作っても即破壊されるという一見すると無意味な作業。しかも破壊神は二人組だから瞬殺されてしまう。

 伸也が一人で必死でバケツの型を作っている横で、茉莉華ママは作業を手伝いもせず、伸也に向かって話し掛けてくる。手元が忙し過ぎて、はいとか、ええとか適当に返事していたが、段々それも面倒になってくる。そんな伸也の気も知らず、茉莉華ママはお喋りを続けた。

「ベビーシッターなんて普通のお家では、なかなか頼めないわよねーって他のママさん達とも話してたんですよ。だから、拓也君のパパさんは何のお仕事をされてるんだろうねって」

 これには、「ハハハ」と乾いた笑いで誤魔化す。周囲を見渡せば、他の親子連れも何組か来ているし、同じくらいの女の子と一緒のママもいる。なのに茉莉華ママが他へ行ってくれそうな気配はない。気付かれないよう、伸也は小さく溜め息を吐いた。

 と、パンツの後ろポケットに入れていたスマホが震える。取り出して確認すると、瑞希からのメッセージが届いていた。

「拓也。ママがお掃除終わったよって。そろそろ帰ろう」

 バケツの中に遊び道具を入れ直し、お喋りな詮索ママには「お先に失礼します」と会釈して公園を立ち去る。初めて来た公園で、なかなかの洗礼を受けてしまった。
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