今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

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追加エピソード・変わらず好きなモノ2

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 入籍してすぐに購入したミニバンは、拓也のお気に入りの玩具と同じ車種。真っ青でド派手な車体カラーまで真似る勇気はさすがになく、色は無難な黒を選んだ。それでも、同じ車だということはすぐに分かったらしく、マンション下での納車受け渡しの時の息子のポカンとした顔は一生忘れない。

 後部のスライドドアを開けて、奥に設置したチャイルドシートに拓也を乗せると、瑞希もその隣に腰を下ろしてシートベルトを締めた。そして、移動中に退屈しないようトートバッグから玩具を取り出し、子供の手の届くところに置きながら言い聞かせる。

「今日はお爺ちゃんとお婆ちゃんのお家に遊びに行くからね。パパとママは用事があってずっと一緒じゃないけど、ちゃんとお利巧にしていられる?」

 瑞希の問いかけに、拓也はニコニコと笑顔を返す。言われたことを理解したというよりは、ただ単に車でのお出掛けが嬉しいのだろう。車が動き出すと、キャッキャと声を出して興奮しながら窓の外を指差している。

「別に初めての場所って訳じゃないし、大丈夫じゃないかな? ま、大丈夫じゃなくても、お袋達が何とかするだろうし」

 こちらが無理矢理に子守りを押し付ける訳じゃなく、今回は向こうから是非連れて来て欲しいと懇願された――というより、来るように策略されたようなもの。拓也が少しくらい駄々をこねたり愚図ったりしても文句は言えないはずだ。

 伸也が小学生の時に建てられたという安達の家は、最寄り駅からは徒歩20分ほどの住宅街にある。車移動が中心の両親とは違い、中学以降は電車通学だった伸也はここから駅まで自転車を使っていた。

「別にそこまで遠くはないから、普段は何とも思わないんだけど、雨の日だけは嫌だったなぁ……バス停も微妙に遠いし」

 瑞希の実家はさらに最寄り駅からは遠くて、天気に関係なく駅までバスの利用必須だったから、伸也の愚痴を聞いても羨ましいだけだ。しかも、似たような建売住宅が建ち並んでいる相沢の近所とは違い、安達の実家周辺は個性豊かな注文住宅がかなり目に付く。
 その中でもひときわ目立つ赤い屋根のメルヘンチックな家の角を曲がれば、伸也の実家が見えてくる。その赤い屋根の家は建物の一部を改装した雑貨屋らしく、営業している日にはハンドメイドの木製プレートが門柱に掛かっている。

 金木犀の生垣に囲まれた白壁の住宅。両親の車2台が停められたガレージの空スペースにミニバンを駐車すると、伸也は車を降りて後部座席のドアを開けた。瑞希から荷物でパンパンに膨れたバッグを先に受け取り、二人が降りるのをのんびりと待つ。

 と、ガレージに設置されている防犯カメラの映像を観ていたのか、それとも車のドアを開け閉めする音に気付いたのか、玄関チャイムを鳴らすより先に、家の中から健一と百合子が揃って顔を覗かせた。

「よく来てくれたわねー。さあ、入って入って」
「今日はお世話になります」
「朝から二人で、まだかしらね? って、ずっとソワソワしてたのよー」

 挨拶もそこそこに、勢いよく家の中へ誘導される。運動会の時のスーツ姿とは打って変わって、二人の装いはとてもカジュアルだ。二歳児と本気で遊ぶ気満々なのが分かる。健一の方はエプロンを付けているところを見ると、昼ご飯用のうどんの仕込み中だったのだろうか、若干エプロンが粉っぽい。

「まずは部屋を見せてよ。そこで今日は遊ばせるんだろ?」
「そうよ。瑞希さんも確認していただける? この中ではあなたが一番、詳しいんだから。思ったことを率直に言ってもらえると助かるわ」
「託児所のサンプルを社内に作ろうと思ったんだが、丁度いい空き部屋が無くてな。折角だからうちで作って貰った」
「必要な撮影とかはとっくに終わってるから、もう好きに遊んでいいのよ」

 広い玄関を入って廊下を進み、百合子を先頭にして案内されるまま入った部屋は、南向きの明るい角部屋。8畳ほどの床一面にはカラフルなマットが敷かれ、絵本が並んだ本棚に、玩具が詰まった玩具箱と、滑り台やボールプールといった大型遊具。そして、天井から吊るされているブランコ。部屋の隅には子供サイズの机と椅子もあり、机の上にはお絵描きセットや折り紙が並べられている。

 その夢のような子供部屋に、瑞希に抱っこされていた拓也が早く下ろして欲しいと暴れ始める。床に降りた途端、きゃーという歓喜の声を上げながらボールプールに飛び込んでいるのを、安達夫妻は目尻を下げて見守っている。

「すごいな。以前の部屋の面影が全く無くなってる」
「拓也のテンション、一気に上がったね」

 真新しい玩具に囲まれたこの空間はとても贅沢で、拓也が独り占めしているのは申し訳なく思えるほどだ。
 けれど、「どうかな?」と義父に問いかけられ、瑞希は少し考える。孫を喜ばせる為に用意した子供部屋、というのなら百点満点だ。けれど、これが病児を預かる託児所だとすると、問題点はいくつか浮かび上がってくる。

「思ったことを言ってくれた方が助かる。俺ではブランコは危ないな、くらいしか思いつかないし」
「ああ、ブランコは拓也用に特別に用意しただけだ。それは社内でも意見は出てた」

 複数の子供を同時に預かることを考えると、ブランコは凶器になりかねない。これは託児所用ではないと聞いて、瑞希達は安堵する。

「そうですね。一般的な託児所なら問題はないと思うんですが、病児だけを預かるところで滑り台やボールプールといった全身で遊ぶような遊具はどうかなって……それに、ボールプールはボール一個ずつの消毒が面倒だって聞きますし」

 体調の悪い子供には体力を使わず静かに遊べるものが理想だ。お絵描きや折り紙以外だと、パズルなんかもいいと提案してみる。加えて、病児同士の感染を防ぐ対策も必要だ。みんなで遊べる物よりも、玩具は個々人で使える物の方が安心だ。そして、都度の玩具の消毒は勿論だが、予防も大事。

「空気清浄機と加湿器もあった方がいいと思います」

 あまり大した意見は言えなかったですね、と瑞希は照れ笑いする。そんな嫁に対して、健一は「いやいや、とても参考になった」と深く頷きながら感心していた。
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