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追加エピソード・発熱
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夜遅く、隣で眠っている息子が、微かにうなされているのに気付いて目が覚めた。寝言とは違う苦しそうな声に、瑞希は半身を起き上げて確かめる。小さな額にそっと手を乗せてみれば、汗ばんだ肌が熱を帯び出しているのが分かった。
「どうかした? 拓也、熱あるの?」
反対隣に寝ていた伸也も起きて、息子の頬に手を触れて熱さを確認する。今はまだ微熱というところだが、きっと朝にはもっと上がりそうな気配。かと言って、何もしてあげられないのがもどかしい。
「保育園でもお熱で休む子が増えてきてるから、きっとそれかも……」
「そっか……心配だね」
うなされながら眠る拓也の前髪を撫でて、「可哀そうだな……」と呟いている。
集団生活の中でいろんな病気を貰ってきて、子供は徐々に免疫を増やし強くなっていくものだということは理解できるが、だからと言って我が子が苦しんでいる姿はあまり見たくない。
救急箱に常備していた保冷シートを出して来ると、瑞希はそれを小さな額に乗せた。ぺったりとした冷たい違和感に、拓也はイヤイヤと首を振って、すぐに手で剥がしてしまう。辛くて機嫌が悪い時に嫌な物を顔に乗せられたら、不快なのは当然。拓也の場合、何をされても無抵抗なほどグッタリしている時か、機嫌が良くて聞き分けの良い時以外、そうそう大人しく貼らせてはくれない。
投げ捨てられてしまった保冷シートのことは諦めて、瑞希は拓也の隣に寄り添いながら、掛布団の上から息子のお腹を優しくトントンし始める。ゆっくりのリズムで叩いてあげていると、眠りが深くなったのか拓也の唸り声はスース―という寝息へと変わっていった。
「明日、朝から小児科に連れてくから。伸也は仕事あるんだし、もう寝てて」
「仕事中でも、何かあったらすぐ連絡して」
「分かった」
息子の方に身体を傾けながら、瑞希自身もベッドで横になってみる。鼻風邪も入っているのか、いつもよりも大きな寝息。息苦しそうなそれを聞いていると、明日は公休日で良かったとホッとしてしまったのは、自分本位だったかもと思えてならない。
朝一で予約が取れた小児科の熱外来で、拓也は「2しゃい。2しゃい」と年齢を連呼していた。この月齢は会う人会う人から「なんさい?」と聞かれることが多いので、初対面の人を見ればとりあえず「2しゃい」と答えていれば良いと思っている節がある。
「今は割と元気そうだけどねー、夕方くらいからぐっと熱が上がってくるかもね」
電子カルテを記入しながら、小児科のお婆ちゃん先生が説明してくる。インフルエンザではなかったし、今流行っている風邪は一日二日で熱が下がる傾向にあると聞いて、瑞希はホッと胸を撫で下ろす。伸也と交代でも看病に取ってあげれる日数には限りがある。
「明日は元々からシフトに余裕があるし、遠慮なく有休使っちゃえば?」
翌日のシフト相談の為にショップへ電話を掛けると、恵美がさらっと言ってのける。ベビーシッターにお願いするか、病児保育を利用して出勤する気でいたから、瑞希はかなり拍子抜けしてしまう。拓也の病状によっては通院で一時間ほど遅刻するかも、という事前連絡のつもりが、有休休暇を勧められてしまったのだ。
「ほら、うちの店って今、頭数だけの人っていないから。少人数でも意外といけるし」
「確かに、おかげで最近は残業もほとんど無いよね」
「さすがに12月に入ったら困りますけどねー」
「……肝に銘じます」
繁忙期ではないからこそ認めるんだぞ、ときっちりと釘は刺してくる。恵美はただ理解があるだけじゃない、実務的な店長だ。
熱のある赤い顔をしながらも、拓也は家の中を走り回っていた。大人と違って、子供には発熱していても元気という矛盾した状態があるのが不思議でならない。機嫌が良さそうだからと測ってみれば、余裕で38度近くの熱があることもザラ。大人でその高熱があれば、ぐったりして動けなくなってしまうのに……。
ジュースに混ぜた粉薬を一気飲みして、おかわりとばかりにコップでテーブルを叩く。抗生剤が入っている時には苦い顔をして嫌がるが、今日処方されたのは風邪症状を和らげる薬しか入っていなかったみたいだ。薬無しにジュースだけを注ぎ直してあげると、それもストローで音を立てながら飲み切っていた。
「お薬は全部飲めたし、ちょっとお昼寝しようか」
和室に敷いた子供布団に呼び寄せてみるが、いやいやと首を横に振る拓也。しばらくは家中を駆け回って逃げていたが、瑞希が布団の横でごろんと寝転んでいると、真似するように拓也も畳の上に横になりにきた。二人で転がりながらじゃれて遊んでいる内、拓也の動きが鈍くなってきたと思ったら、掛布団の上でスースーと寝息を立て始めている。病児のスタミナはあっという間に切れてしまったようだ。
――やっぱり、辛いんだよね。
どんなに元気そうに暴れ回っていても、この小さな身体は必死でウイルスと戦っている最中なのだ。「早く元気になってね」と拓也の前髪を優しく撫でた。
「どうかした? 拓也、熱あるの?」
反対隣に寝ていた伸也も起きて、息子の頬に手を触れて熱さを確認する。今はまだ微熱というところだが、きっと朝にはもっと上がりそうな気配。かと言って、何もしてあげられないのがもどかしい。
「保育園でもお熱で休む子が増えてきてるから、きっとそれかも……」
「そっか……心配だね」
うなされながら眠る拓也の前髪を撫でて、「可哀そうだな……」と呟いている。
集団生活の中でいろんな病気を貰ってきて、子供は徐々に免疫を増やし強くなっていくものだということは理解できるが、だからと言って我が子が苦しんでいる姿はあまり見たくない。
救急箱に常備していた保冷シートを出して来ると、瑞希はそれを小さな額に乗せた。ぺったりとした冷たい違和感に、拓也はイヤイヤと首を振って、すぐに手で剥がしてしまう。辛くて機嫌が悪い時に嫌な物を顔に乗せられたら、不快なのは当然。拓也の場合、何をされても無抵抗なほどグッタリしている時か、機嫌が良くて聞き分けの良い時以外、そうそう大人しく貼らせてはくれない。
投げ捨てられてしまった保冷シートのことは諦めて、瑞希は拓也の隣に寄り添いながら、掛布団の上から息子のお腹を優しくトントンし始める。ゆっくりのリズムで叩いてあげていると、眠りが深くなったのか拓也の唸り声はスース―という寝息へと変わっていった。
「明日、朝から小児科に連れてくから。伸也は仕事あるんだし、もう寝てて」
「仕事中でも、何かあったらすぐ連絡して」
「分かった」
息子の方に身体を傾けながら、瑞希自身もベッドで横になってみる。鼻風邪も入っているのか、いつもよりも大きな寝息。息苦しそうなそれを聞いていると、明日は公休日で良かったとホッとしてしまったのは、自分本位だったかもと思えてならない。
朝一で予約が取れた小児科の熱外来で、拓也は「2しゃい。2しゃい」と年齢を連呼していた。この月齢は会う人会う人から「なんさい?」と聞かれることが多いので、初対面の人を見ればとりあえず「2しゃい」と答えていれば良いと思っている節がある。
「今は割と元気そうだけどねー、夕方くらいからぐっと熱が上がってくるかもね」
電子カルテを記入しながら、小児科のお婆ちゃん先生が説明してくる。インフルエンザではなかったし、今流行っている風邪は一日二日で熱が下がる傾向にあると聞いて、瑞希はホッと胸を撫で下ろす。伸也と交代でも看病に取ってあげれる日数には限りがある。
「明日は元々からシフトに余裕があるし、遠慮なく有休使っちゃえば?」
翌日のシフト相談の為にショップへ電話を掛けると、恵美がさらっと言ってのける。ベビーシッターにお願いするか、病児保育を利用して出勤する気でいたから、瑞希はかなり拍子抜けしてしまう。拓也の病状によっては通院で一時間ほど遅刻するかも、という事前連絡のつもりが、有休休暇を勧められてしまったのだ。
「ほら、うちの店って今、頭数だけの人っていないから。少人数でも意外といけるし」
「確かに、おかげで最近は残業もほとんど無いよね」
「さすがに12月に入ったら困りますけどねー」
「……肝に銘じます」
繁忙期ではないからこそ認めるんだぞ、ときっちりと釘は刺してくる。恵美はただ理解があるだけじゃない、実務的な店長だ。
熱のある赤い顔をしながらも、拓也は家の中を走り回っていた。大人と違って、子供には発熱していても元気という矛盾した状態があるのが不思議でならない。機嫌が良さそうだからと測ってみれば、余裕で38度近くの熱があることもザラ。大人でその高熱があれば、ぐったりして動けなくなってしまうのに……。
ジュースに混ぜた粉薬を一気飲みして、おかわりとばかりにコップでテーブルを叩く。抗生剤が入っている時には苦い顔をして嫌がるが、今日処方されたのは風邪症状を和らげる薬しか入っていなかったみたいだ。薬無しにジュースだけを注ぎ直してあげると、それもストローで音を立てながら飲み切っていた。
「お薬は全部飲めたし、ちょっとお昼寝しようか」
和室に敷いた子供布団に呼び寄せてみるが、いやいやと首を横に振る拓也。しばらくは家中を駆け回って逃げていたが、瑞希が布団の横でごろんと寝転んでいると、真似するように拓也も畳の上に横になりにきた。二人で転がりながらじゃれて遊んでいる内、拓也の動きが鈍くなってきたと思ったら、掛布団の上でスースーと寝息を立て始めている。病児のスタミナはあっという間に切れてしまったようだ。
――やっぱり、辛いんだよね。
どんなに元気そうに暴れ回っていても、この小さな身体は必死でウイルスと戦っている最中なのだ。「早く元気になってね」と拓也の前髪を優しく撫でた。
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