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追加エピソード・イケメンだからって、モテる訳じゃない
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今は北町店に配属替えした吉崎店長だが、店長へ昇格と同時にこの店へ移動になって来た時、女性スタッフの大半が騒めき立ったのは事実。今から思うと、それは黒歴史と言ってもいいくらい、誰もが消し去りたい記憶だ。
40手前で妻帯者の前任(現マネージャー)と比べれば、20代半ばの吉崎は若くて経歴もまだ浅い。少しでも分からないことが出てくれば、前に勤務していた北町店へ一日に何度となく電話していたのは仕方ない。そして、何だかんだと理由をつけて、すぐに古巣へ連絡したがるのは、一種のホームシックでもあったのだろう。だから、最初はみんな、温かい目で見守る体勢でいた。
「お疲れ様です。いやー、今日はどうですか?」
特に理由が無くても、暇さえあれば受話器を耳に当てている。明らかにただの暇つぶしだ。しかも、店長に就任したては古巣にいる元上司くらいしか通話相手がいなかったが、月1の店長会議を通して近隣の店とも繋がりができてくると、電話の回数は劇的に増えていく。メール連絡が主流の時代に、在庫のやり取り以外で他店へ電話を掛ける用事なんて滅多にないにも関わらず。
社用PCに系列店の売り上げ実績を表示させて、他の店長達とあーだこーだと話しているよりも、チラシ入りティッシュをエスカレーター前で配っている方がよっぽど売上に繋がるはずだ。
チラシ配りと言えば、吉崎の転任時に誰よりも「新しい店長、めっちゃイケメンじゃないですか?」と目をキラキラさせていた木下が、彼のことを毛嫌いするようになったキッカケでもある。
外線通話中の吉崎の横を通りかかった時、彼が自分では一枚も配ったことがないくせに、さもやってるかのように自慢げに話しているのを聞いてしまったらしい。
「今月は結構配ってるんで、来月以降に期待ですね。まぁ、二千も配れればいい方じゃないすか。別にそのくらいは大したことないです」
ポケットティッシュは段ボールに500個ずつ入っている。二千ということは四箱分になるが、その一つ一つに小さく折り畳んだチラシを入れていく作業だって、通常の営業時間内に接客の合間でとなると、二日や三日で出来ることじゃない。その皆が必死でチラシを畳んでいる間、彼は暇つぶしの電話をしているか、喫煙室へと雲隠れしていたりするのだ。
しかも、電話でホラを吹くだけに留まらず、本社へも独断で『月末までにあと二千配布予定』と他のスタッフとの打ち合わせもないまま報告してしまい、後日発送されてきた追加段ボールの置き場所に悩まされるはめになった。
「何なんですか、あの人……?」
美人は三日で飽きる、なんて言葉があるが、イケメンはもっと早くに見慣れてしまうのかもしれない。彼の顔がどれだけ整っていようが、仕事が出来ないとどうしようもない。
けれど最初にイケメン店長とかなり持ち上げられてしまったばかりに、吉崎自身はスタッフから低評価を受けていることに気付いていなさそうなのがまた痛い。さらに結城のように取り巻きとなって囲んでくれるタイプもいたから、彼が自分のことを過大評価するのに余計に拍車がかかっていた。
「以前に所属していたモデル事務所では――」などと、皆が心の中でいろいろ突っ込みたくなる、真偽不確かなことまで口走ることすらあった。確かに彼は背も高くて顔も良い、でもヒョロヒョロの猫背なのは自覚していないのだろう。
古賀が店長だった時からサブスタッフとして勤務していた恵美が、新任の店長を見限るのはもっと早かった。事前に恵美が接客して予約を受けていた新規客を、転任してきたばかりの初日に吉崎が自分の名前で契約を上げようとしたのだ。
「私の名刺を持って来てくれたお客様を『あ、俺がやります』って割り込んできたんだけど?!」
「ハァ?! って感じ」とキレ気味に愚痴っていた恵美は、その時は頑としてカウンターから動かず実績は死守することが出来たらしいが、以来は接客中に吉崎の視線を感じても隙を見せないよう気を張るようになった。
瑞希はというと、シングルマザーで毎日余裕のない生活を送っていたので、最初から最後まで吉崎のことは「若いなー」くらいしか思っていなかった。そもそも、この店に勤務する前にも別の代理店で働いていたことがあり、業務経験は彼よりも圧倒的に長い。端から期待していなかったから、多少のことは気にもならなかった。
同じ店の女性スタッフの評価はまったく芳しくない吉崎だったが、それでも社内で噂が出ることがあった。相手は勿論、別の店のスタッフで、彼の仕事ぶりは知らなかったのだろう。飲み会で同じ歳同士で意気投合して付き合うことになったらしい。
「でも、何か違うって言われて、山内さんにはもう振られたらしいですよ。こないだの研修で一緒になった時に言ってました」
「あ、山内さんって派遣の子だっけ?」
「そうです。別れた後も普通に連絡してくるって困ってましたよ」
社員食堂での昼休憩中、近隣店に勤務する派遣スタッフから聞いてしまったと、木下が身震いしながら口にする。恵美も随分前の研修で一緒になったことがあるが、派遣社員の山内は吉崎と並んでも見劣りしないくらいの正統派美人だ。
「電話を無視ってたら、アパートの駐輪場に停めてた自転車の篭に手紙入れられてたらしいです」
「え……こわっ」
「ですよね。山内さんも怖いからって引っ越し考えてるみたいですよ。とんだ出費ですよね……」
郵便受けじゃなくて、なぜ他の住人の目にもつきやすい自転車の篭に入れるのか。その発想と行動力が、尋常じゃなくて恐怖すら覚える。聞いたばかりの話に、恵美もぶるっと身震いした。
40手前で妻帯者の前任(現マネージャー)と比べれば、20代半ばの吉崎は若くて経歴もまだ浅い。少しでも分からないことが出てくれば、前に勤務していた北町店へ一日に何度となく電話していたのは仕方ない。そして、何だかんだと理由をつけて、すぐに古巣へ連絡したがるのは、一種のホームシックでもあったのだろう。だから、最初はみんな、温かい目で見守る体勢でいた。
「お疲れ様です。いやー、今日はどうですか?」
特に理由が無くても、暇さえあれば受話器を耳に当てている。明らかにただの暇つぶしだ。しかも、店長に就任したては古巣にいる元上司くらいしか通話相手がいなかったが、月1の店長会議を通して近隣の店とも繋がりができてくると、電話の回数は劇的に増えていく。メール連絡が主流の時代に、在庫のやり取り以外で他店へ電話を掛ける用事なんて滅多にないにも関わらず。
社用PCに系列店の売り上げ実績を表示させて、他の店長達とあーだこーだと話しているよりも、チラシ入りティッシュをエスカレーター前で配っている方がよっぽど売上に繋がるはずだ。
チラシ配りと言えば、吉崎の転任時に誰よりも「新しい店長、めっちゃイケメンじゃないですか?」と目をキラキラさせていた木下が、彼のことを毛嫌いするようになったキッカケでもある。
外線通話中の吉崎の横を通りかかった時、彼が自分では一枚も配ったことがないくせに、さもやってるかのように自慢げに話しているのを聞いてしまったらしい。
「今月は結構配ってるんで、来月以降に期待ですね。まぁ、二千も配れればいい方じゃないすか。別にそのくらいは大したことないです」
ポケットティッシュは段ボールに500個ずつ入っている。二千ということは四箱分になるが、その一つ一つに小さく折り畳んだチラシを入れていく作業だって、通常の営業時間内に接客の合間でとなると、二日や三日で出来ることじゃない。その皆が必死でチラシを畳んでいる間、彼は暇つぶしの電話をしているか、喫煙室へと雲隠れしていたりするのだ。
しかも、電話でホラを吹くだけに留まらず、本社へも独断で『月末までにあと二千配布予定』と他のスタッフとの打ち合わせもないまま報告してしまい、後日発送されてきた追加段ボールの置き場所に悩まされるはめになった。
「何なんですか、あの人……?」
美人は三日で飽きる、なんて言葉があるが、イケメンはもっと早くに見慣れてしまうのかもしれない。彼の顔がどれだけ整っていようが、仕事が出来ないとどうしようもない。
けれど最初にイケメン店長とかなり持ち上げられてしまったばかりに、吉崎自身はスタッフから低評価を受けていることに気付いていなさそうなのがまた痛い。さらに結城のように取り巻きとなって囲んでくれるタイプもいたから、彼が自分のことを過大評価するのに余計に拍車がかかっていた。
「以前に所属していたモデル事務所では――」などと、皆が心の中でいろいろ突っ込みたくなる、真偽不確かなことまで口走ることすらあった。確かに彼は背も高くて顔も良い、でもヒョロヒョロの猫背なのは自覚していないのだろう。
古賀が店長だった時からサブスタッフとして勤務していた恵美が、新任の店長を見限るのはもっと早かった。事前に恵美が接客して予約を受けていた新規客を、転任してきたばかりの初日に吉崎が自分の名前で契約を上げようとしたのだ。
「私の名刺を持って来てくれたお客様を『あ、俺がやります』って割り込んできたんだけど?!」
「ハァ?! って感じ」とキレ気味に愚痴っていた恵美は、その時は頑としてカウンターから動かず実績は死守することが出来たらしいが、以来は接客中に吉崎の視線を感じても隙を見せないよう気を張るようになった。
瑞希はというと、シングルマザーで毎日余裕のない生活を送っていたので、最初から最後まで吉崎のことは「若いなー」くらいしか思っていなかった。そもそも、この店に勤務する前にも別の代理店で働いていたことがあり、業務経験は彼よりも圧倒的に長い。端から期待していなかったから、多少のことは気にもならなかった。
同じ店の女性スタッフの評価はまったく芳しくない吉崎だったが、それでも社内で噂が出ることがあった。相手は勿論、別の店のスタッフで、彼の仕事ぶりは知らなかったのだろう。飲み会で同じ歳同士で意気投合して付き合うことになったらしい。
「でも、何か違うって言われて、山内さんにはもう振られたらしいですよ。こないだの研修で一緒になった時に言ってました」
「あ、山内さんって派遣の子だっけ?」
「そうです。別れた後も普通に連絡してくるって困ってましたよ」
社員食堂での昼休憩中、近隣店に勤務する派遣スタッフから聞いてしまったと、木下が身震いしながら口にする。恵美も随分前の研修で一緒になったことがあるが、派遣社員の山内は吉崎と並んでも見劣りしないくらいの正統派美人だ。
「電話を無視ってたら、アパートの駐輪場に停めてた自転車の篭に手紙入れられてたらしいです」
「え……こわっ」
「ですよね。山内さんも怖いからって引っ越し考えてるみたいですよ。とんだ出費ですよね……」
郵便受けじゃなくて、なぜ他の住人の目にもつきやすい自転車の篭に入れるのか。その発想と行動力が、尋常じゃなくて恐怖すら覚える。聞いたばかりの話に、恵美もぶるっと身震いした。
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