56 / 72
追加エピソード・出会い方なんて人それぞれ
しおりを挟む
「旦那様とは、どうやって知り合ったんですか?」
在庫表を手に端末ストックを指差し確認していると、バックヤードの小狭いデスクで現金を数えていた木下が、不意打ちで質問してきた。手元を見れば、コインカウンターを使ってレジに入っていた小銭の集計をし、それを本社に報告する為に現金表へ記入している。
閉店時刻を過ぎ、各々が締め作業しているだけの緩い時間。隣のテナントはまだ絶賛営業中だが、入り口を閉じてロールカーテンで目隠ししているので、もう客が入ってくることはない。否、たまに押し開けて無理に侵入しようとする人もいるが、そういう時に対応するかどうかはケースバイケースだ。
「え、急に何?!」
「みんな、どういう風に出会ってるんだろうって……あまりに出会いが無さ過ぎて、迷走中なんです、最近」
目の前の壁に向かって、ハァと溜め息をついている。
「私達の場合は、友達の紹介、かな?」
答えながら、瑞希は首を傾げた。「なんで疑問形なんですか?」という木下の目ざとい返しに、半笑いを浮かべる。確かに友人を介して知り合うことになったが、互いに意識した上で顔を合わせた訳じゃなかった。
「ご飯食べに行った店でたまたま出会ったんだけどね。お互いが一緒にいた友達が大学のサークルの先輩後輩だったらしくて。なんか、勢いで同席することになっちゃって……」
「あー、なるほど。改めて紹介っていう紹介でもないんですね」
「そう。一緒にご飯食べたって言ってもコンパでも無いし、友達の先輩の友達だったって言った方がいいのかも」
何となくノリで友達の先輩とも伸也とも連絡先は交換したが、その先輩の方とは数回短いやり取りをしただけで、その後は別に何の進展も無かった。伸也とはメッセージだけでなく直接電話するようになり、待ち合わせて食事したりするようになった。
付き合うようになってからのことも、伸也が居なくなる前までのことなら特にこれといった劇的で変わったエピソードなんて思いつかない。人並みには喧嘩もしたことはあったけれど、とにかくあの頃は平穏だった。
その後のことは恵美にもまだ全ては打ち明けられていない状態だから、木下にはのらりくらりとはぐらかして話す。
「……いいなぁ、そういうの。めちゃくちゃ自然な出会い方じゃないですか」
瑞希の馴れ初めを事細かに質問した後、木下はぽつりと漏らす。出会いを求めて動き出したものの、全然上手くいかない。かと言って、自然な出会いの発生をただ待ち続ける根気もない。
「マッチングアプリって、田上さん的にはどう思います? 友達に勧められて始めたんですけど、直接会いたいと思うような人とはまだ全然で……」
「んー、そういうのはやったことないから……」
「田上さんもですか? 西川さんもないって言ってたし、普通の人はやらないものなんですか?」
ナンパ目的の人や、癖の強すぎる人、これまで交流してみた相手はハズレばかりだった。世の中の普通の人は、みんなどこにいるのかと思うくらい、自分とは価値観や目的がズレまくりだった。
「そんなことはないと思うんだけどなぁ。現に木下さんとかお友達もやってるんでしょ?」
「まあ、そうなんですけど……」
「アプリで彼氏を見つけたって言ってたお客様がいたけど、見分けられるなら使えるって言ってたよ。あ、でも、向いてないならやめた方がいいとも言ってた」
「ええっ、どっちなんですか??」
未経験の瑞希からは、この後輩にアプリが使いこなせるようになるかどうかは分からない。ただ唯一言えることは、
「不信に思ってる時点で、木下さんには向いてない気がする」
「……ですよね」
それは自分でも薄々感じていたと、木下はもう一度溜め息を吐いた。集計を終えた現金表を持ってバックヤードを出て行く後ろ姿を、瑞希は心配そうに見送る。
社員食堂の手前にある事務所の中を覗き、恵美は顔馴染みのテナント担当を見つけてデスクに近寄っていく。テナント合同チラシに掲載してもらう施策案が本社から届いたので、その書類を提出に来たのだ。電話で打ち合わせ中らしい担当者へ、持って来た用紙をそっと差し出すと、軽く頭を下げて受け取ってくれた。
呆気ないほどすぐに用事を済ませて廊下に出ると、恵美が持って来たのと同じ書類を手にした男とすれ違う。フードコートにある粉もん店の店長は、店のユニフォームである半袖Tシャツの上に店名入りのブルゾンを羽織っていた。店では鉄板のガス火を点けっぱなしで暑いのか平気そうだったが、さすがに外で半袖は無理らしい。そう言えば、会議の時も同じブルゾンを着ていたかもしれない。あの時は遅刻したせいで、周りを見る余裕はほとんど無かったから記憶はいまいち曖昧だ。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
互いに気付いて、ぺこりと頭を下げて挨拶の言葉を交わした。ただそれだけなのに、浮足立ってしまうのはなぜだろう。ニヤケて歪んでしまう頬を、恵美は必死で両手を使って隠した。
まだ名前と勤務先くらいしか知らない。それでも気になってしまうし、これから自分の気持ちがどう変わっていくのかも分からない。ただの推しで終わるのか、それともこの先に恋心へ変化するのか。今はただ、このドキドキ感を楽しんでいることだけは確かだ。
在庫表を手に端末ストックを指差し確認していると、バックヤードの小狭いデスクで現金を数えていた木下が、不意打ちで質問してきた。手元を見れば、コインカウンターを使ってレジに入っていた小銭の集計をし、それを本社に報告する為に現金表へ記入している。
閉店時刻を過ぎ、各々が締め作業しているだけの緩い時間。隣のテナントはまだ絶賛営業中だが、入り口を閉じてロールカーテンで目隠ししているので、もう客が入ってくることはない。否、たまに押し開けて無理に侵入しようとする人もいるが、そういう時に対応するかどうかはケースバイケースだ。
「え、急に何?!」
「みんな、どういう風に出会ってるんだろうって……あまりに出会いが無さ過ぎて、迷走中なんです、最近」
目の前の壁に向かって、ハァと溜め息をついている。
「私達の場合は、友達の紹介、かな?」
答えながら、瑞希は首を傾げた。「なんで疑問形なんですか?」という木下の目ざとい返しに、半笑いを浮かべる。確かに友人を介して知り合うことになったが、互いに意識した上で顔を合わせた訳じゃなかった。
「ご飯食べに行った店でたまたま出会ったんだけどね。お互いが一緒にいた友達が大学のサークルの先輩後輩だったらしくて。なんか、勢いで同席することになっちゃって……」
「あー、なるほど。改めて紹介っていう紹介でもないんですね」
「そう。一緒にご飯食べたって言ってもコンパでも無いし、友達の先輩の友達だったって言った方がいいのかも」
何となくノリで友達の先輩とも伸也とも連絡先は交換したが、その先輩の方とは数回短いやり取りをしただけで、その後は別に何の進展も無かった。伸也とはメッセージだけでなく直接電話するようになり、待ち合わせて食事したりするようになった。
付き合うようになってからのことも、伸也が居なくなる前までのことなら特にこれといった劇的で変わったエピソードなんて思いつかない。人並みには喧嘩もしたことはあったけれど、とにかくあの頃は平穏だった。
その後のことは恵美にもまだ全ては打ち明けられていない状態だから、木下にはのらりくらりとはぐらかして話す。
「……いいなぁ、そういうの。めちゃくちゃ自然な出会い方じゃないですか」
瑞希の馴れ初めを事細かに質問した後、木下はぽつりと漏らす。出会いを求めて動き出したものの、全然上手くいかない。かと言って、自然な出会いの発生をただ待ち続ける根気もない。
「マッチングアプリって、田上さん的にはどう思います? 友達に勧められて始めたんですけど、直接会いたいと思うような人とはまだ全然で……」
「んー、そういうのはやったことないから……」
「田上さんもですか? 西川さんもないって言ってたし、普通の人はやらないものなんですか?」
ナンパ目的の人や、癖の強すぎる人、これまで交流してみた相手はハズレばかりだった。世の中の普通の人は、みんなどこにいるのかと思うくらい、自分とは価値観や目的がズレまくりだった。
「そんなことはないと思うんだけどなぁ。現に木下さんとかお友達もやってるんでしょ?」
「まあ、そうなんですけど……」
「アプリで彼氏を見つけたって言ってたお客様がいたけど、見分けられるなら使えるって言ってたよ。あ、でも、向いてないならやめた方がいいとも言ってた」
「ええっ、どっちなんですか??」
未経験の瑞希からは、この後輩にアプリが使いこなせるようになるかどうかは分からない。ただ唯一言えることは、
「不信に思ってる時点で、木下さんには向いてない気がする」
「……ですよね」
それは自分でも薄々感じていたと、木下はもう一度溜め息を吐いた。集計を終えた現金表を持ってバックヤードを出て行く後ろ姿を、瑞希は心配そうに見送る。
社員食堂の手前にある事務所の中を覗き、恵美は顔馴染みのテナント担当を見つけてデスクに近寄っていく。テナント合同チラシに掲載してもらう施策案が本社から届いたので、その書類を提出に来たのだ。電話で打ち合わせ中らしい担当者へ、持って来た用紙をそっと差し出すと、軽く頭を下げて受け取ってくれた。
呆気ないほどすぐに用事を済ませて廊下に出ると、恵美が持って来たのと同じ書類を手にした男とすれ違う。フードコートにある粉もん店の店長は、店のユニフォームである半袖Tシャツの上に店名入りのブルゾンを羽織っていた。店では鉄板のガス火を点けっぱなしで暑いのか平気そうだったが、さすがに外で半袖は無理らしい。そう言えば、会議の時も同じブルゾンを着ていたかもしれない。あの時は遅刻したせいで、周りを見る余裕はほとんど無かったから記憶はいまいち曖昧だ。
「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
互いに気付いて、ぺこりと頭を下げて挨拶の言葉を交わした。ただそれだけなのに、浮足立ってしまうのはなぜだろう。ニヤケて歪んでしまう頬を、恵美は必死で両手を使って隠した。
まだ名前と勤務先くらいしか知らない。それでも気になってしまうし、これから自分の気持ちがどう変わっていくのかも分からない。ただの推しで終わるのか、それともこの先に恋心へ変化するのか。今はただ、このドキドキ感を楽しんでいることだけは確かだ。
13
お気に入りに追加
480
あなたにおすすめの小説
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。

それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

恋色メール 元婚約者がなぜか追いかけてきました
国樹田 樹
恋愛
婚約者と別れ、支店へと異動願いを出した千尋。
しかし三か月が経った今、本社から応援として出向してきたのは―――別れたはずの、婚約者だった。

甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる