今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

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追加エピソード・出会い方なんて人それぞれ

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「旦那様とは、どうやって知り合ったんですか?」

 在庫表を手に端末ストックを指差し確認していると、バックヤードの小狭いデスクで現金を数えていた木下が、不意打ちで質問してきた。手元を見れば、コインカウンターを使ってレジに入っていた小銭の集計をし、それを本社に報告する為に現金表へ記入している。

 閉店時刻を過ぎ、各々が締め作業しているだけの緩い時間。隣のテナントはまだ絶賛営業中だが、入り口を閉じてロールカーテンで目隠ししているので、もう客が入ってくることはない。否、たまに押し開けて無理に侵入しようとする人もいるが、そういう時に対応するかどうかはケースバイケースだ。

「え、急に何?!」
「みんな、どういう風に出会ってるんだろうって……あまりに出会いが無さ過ぎて、迷走中なんです、最近」

 目の前の壁に向かって、ハァと溜め息をついている。

「私達の場合は、友達の紹介、かな?」

 答えながら、瑞希は首を傾げた。「なんで疑問形なんですか?」という木下の目ざとい返しに、半笑いを浮かべる。確かに友人を介して知り合うことになったが、互いに意識した上で顔を合わせた訳じゃなかった。

「ご飯食べに行った店でたまたま出会ったんだけどね。お互いが一緒にいた友達が大学のサークルの先輩後輩だったらしくて。なんか、勢いで同席することになっちゃって……」
「あー、なるほど。改めて紹介っていう紹介でもないんですね」
「そう。一緒にご飯食べたって言ってもコンパでも無いし、友達の先輩の友達だったって言った方がいいのかも」

 何となくノリで友達の先輩とも伸也とも連絡先は交換したが、その先輩の方とは数回短いやり取りをしただけで、その後は別に何の進展も無かった。伸也とはメッセージだけでなく直接電話するようになり、待ち合わせて食事したりするようになった。

 付き合うようになってからのことも、伸也が居なくなる前までのことなら特にこれといった劇的で変わったエピソードなんて思いつかない。人並みには喧嘩もしたことはあったけれど、とにかくあの頃は平穏だった。
 その後のことは恵美にもまだ全ては打ち明けられていない状態だから、木下にはのらりくらりとはぐらかして話す。

「……いいなぁ、そういうの。めちゃくちゃ自然な出会い方じゃないですか」

 瑞希の馴れ初めを事細かに質問した後、木下はぽつりと漏らす。出会いを求めて動き出したものの、全然上手くいかない。かと言って、自然な出会いの発生をただ待ち続ける根気もない。

「マッチングアプリって、田上さん的にはどう思います? 友達に勧められて始めたんですけど、直接会いたいと思うような人とはまだ全然で……」
「んー、そういうのはやったことないから……」
「田上さんもですか? 西川さんもないって言ってたし、普通の人はやらないものなんですか?」

 ナンパ目的の人や、癖の強すぎる人、これまで交流してみた相手はハズレばかりだった。世の中の普通の人は、みんなどこにいるのかと思うくらい、自分とは価値観や目的がズレまくりだった。

「そんなことはないと思うんだけどなぁ。現に木下さんとかお友達もやってるんでしょ?」
「まあ、そうなんですけど……」
「アプリで彼氏を見つけたって言ってたお客様がいたけど、見分けられるなら使えるって言ってたよ。あ、でも、向いてないならやめた方がいいとも言ってた」
「ええっ、どっちなんですか??」

 未経験の瑞希からは、この後輩にアプリが使いこなせるようになるかどうかは分からない。ただ唯一言えることは、

「不信に思ってる時点で、木下さんには向いてない気がする」
「……ですよね」

 それは自分でも薄々感じていたと、木下はもう一度溜め息を吐いた。集計を終えた現金表を持ってバックヤードを出て行く後ろ姿を、瑞希は心配そうに見送る。


 社員食堂の手前にある事務所の中を覗き、恵美は顔馴染みのテナント担当を見つけてデスクに近寄っていく。テナント合同チラシに掲載してもらう施策案が本社から届いたので、その書類を提出に来たのだ。電話で打ち合わせ中らしい担当者へ、持って来た用紙をそっと差し出すと、軽く頭を下げて受け取ってくれた。

 呆気ないほどすぐに用事を済ませて廊下に出ると、恵美が持って来たのと同じ書類を手にした男とすれ違う。フードコートにある粉もん店の店長は、店のユニフォームである半袖Tシャツの上に店名入りのブルゾンを羽織っていた。店では鉄板のガス火を点けっぱなしで暑いのか平気そうだったが、さすがに外で半袖は無理らしい。そう言えば、会議の時も同じブルゾンを着ていたかもしれない。あの時は遅刻したせいで、周りを見る余裕はほとんど無かったから記憶はいまいち曖昧だ。

「あ、お疲れ様です」
「お疲れ様です」

 互いに気付いて、ぺこりと頭を下げて挨拶の言葉を交わした。ただそれだけなのに、浮足立ってしまうのはなぜだろう。ニヤケて歪んでしまう頬を、恵美は必死で両手を使って隠した。

 まだ名前と勤務先くらいしか知らない。それでも気になってしまうし、これから自分の気持ちがどう変わっていくのかも分からない。ただの推しで終わるのか、それともこの先に恋心へ変化するのか。今はただ、このドキドキ感を楽しんでいることだけは確かだ。
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