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追加エピソード・恋の始まり?(恵美 ver.)2
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12月商戦に向けてテナントからもチラシを打ち出すという説明に、恵美は手元の資料へ小さく書き込む。『マネージャーに確認』
端末の価格はキャリアから指定されていて、ショップ側がどうこうできるものではない。だから他のテナントのようにセール情報を載せて貰うことはできないし、この辺りは上司に委ねることになるだろう。
その他、年末年始の営業時間の通達や、モール側へ届いたテナントも関係しそうなお客様の声などの紹介があったりと、会議は滞りなく終わった。中には最小限の人員でやっている店もあるから、あまり時間を割くことができないのだろう。終了の合図と共に、急ぎ足で出ていく人も多かった。
途中、遅めの休憩を取る為に何人かが食堂へ入ってきたが、特に気にする様子もなく邪魔にならない隅っこの席を利用していった。
ブラインド越しに見えた外の景色は、もう雨も上がって青空になっている。さっきのは完全に一時的な通り雨だったのだろう。
恵美が戻った時には、店内は随分と落ち着いていた。バックヤードに入ると、男性社員がペットボトルのカフェオレで小休止しているところだった。
「お疲れ様。もう一通りは来た感じ?」
「そうっすね。後は明日以降に調子悪くなったとかじゃないすか」
軽く水没した場合の症状はじわじわと後から出ることがほとんどだ。中の基盤がサビて機能しなくなったり、動作に不具合が時間差で出始める。
「あの怒鳴ってた人はどうなりました?」
「ああ、田上さんが受け付けてた人すか? とりあえず代替を出してましたけど……」
特に騒ぎになることはなかったと、残りのカフェオレを一気に流し込んでいる。その様子から、瑞希がそつなく対応してくれたのが分かる。持つべきものは優秀なサブだ。
空になったボトルをゴミ箱へ投げ入れ、バックヤードを出ようとして入れ違いで入ってきた木下に、男性社員がついでに声を掛けていた。
「スマホ、ずっと鳴りっぱなしっすよ」
「え? ああ、置いててそのままだったんだ……」
出したまま忘れてた、と机の上のスマホを手に取り、木下はその画面へ表示された通知数を確認して、ハァと溜め息をついている。言っている傍から、新しい通知が入ったバイブ音がしたが、メッセージを確認することなくカバーをパタンと閉じてしまう。「ウッザ」という小さい呟きは奥のロッカー前にいた恵美にも聞こえていた。
「何かあった?」
「いえ、そろそろ私も婚活でもしようかと思って、友達から聞いたアプリに登録してみたんですけど……ちょっとしつこい人に絡まれてる、みたいな」
んー、マッチングアプリかぁ、と恵美は困った顔をする。客のアプリの退会手続きを手伝ったことは何度もあるが、実際に自分で入会したことは一度もない。考えが古いと言われればそれまでだが、ネットを介した出会いには少し抵抗がある。運命の人とは直接に出会いたい、なんて言えば笑われてしまうだろうが。
「普通の会社員らしいんですけど、今日も仕事のはずなのに朝からずっと連絡来るんですよ。外回り中って言ってるけど、勤務時間にそんなに頻繁に送ってこれるって、おかしくないですか?」
「んー、こっちが返事する前に何回も送ってくる人は、嫌かも……」
「ですよねー。SNSみたいに一人で呟いてんじゃないよって感じです」
もう一度、ハァと特大の溜め息をつきながらも、木下は入荷したばかりの端末を製造番号を確認しながら棚へと並べていく。
初めて参加したテナント会議から一週間ほど経った頃。今日は無性にソース味が食べたいと、恵美はフードコートで写真付きメニューを見上げていた。休憩中だから制服のままだが、スカーフと名札を外してジャケットの代わりにカーディガンを羽織っている。ぱっと見では、どこの店員だかは分からないはずだ。
「すみません。たこ焼きを持ち帰りでお願いします」
よくフードコートに入っているチェーン店の粉もん屋で足を止めて、青のり抜きで注文する。目の前でクルクルと器用に回転されて焼かれていた大き目のたこ焼きは、6個入りでも十分なボリューム感。
と、透明の蓋付きパックに入れられていく数が、注文した物よりもどう見ても多い。9個も入ったパックを手渡されて、恵美は驚き顔で店員の顔を見上げた。
「お疲れ様です。頑張ってね」
「あ、ありがとうございます……」
黒の半そでTシャツに、紺色のラップエプロン。『店長 村上』と大きく書かれた名札を胸に付け、人懐っこい笑顔がこちらを向いている。確か、テナント会議で隣の席に座っていたのは記憶しているが、あの時は一言も話すことはなかった。
挙動不審なほどに慌てて頭を下げて礼を言ってから、恵美は焼き立てのたこ焼きを両手で大事に抱えて店のバックヤードへと駆け込んだ。ソースの匂いがするから食堂で食べるつもりでいたのに、そんなことも度忘れしてしまったくらい動揺していたのかもしれない。
――違うって。食べ物に釣られたとか、そんな訳じゃないし。
たった3個のおまけでときめいてしまったなんて、瑞希達に言えば絶対に笑われるはずだ。
端末の価格はキャリアから指定されていて、ショップ側がどうこうできるものではない。だから他のテナントのようにセール情報を載せて貰うことはできないし、この辺りは上司に委ねることになるだろう。
その他、年末年始の営業時間の通達や、モール側へ届いたテナントも関係しそうなお客様の声などの紹介があったりと、会議は滞りなく終わった。中には最小限の人員でやっている店もあるから、あまり時間を割くことができないのだろう。終了の合図と共に、急ぎ足で出ていく人も多かった。
途中、遅めの休憩を取る為に何人かが食堂へ入ってきたが、特に気にする様子もなく邪魔にならない隅っこの席を利用していった。
ブラインド越しに見えた外の景色は、もう雨も上がって青空になっている。さっきのは完全に一時的な通り雨だったのだろう。
恵美が戻った時には、店内は随分と落ち着いていた。バックヤードに入ると、男性社員がペットボトルのカフェオレで小休止しているところだった。
「お疲れ様。もう一通りは来た感じ?」
「そうっすね。後は明日以降に調子悪くなったとかじゃないすか」
軽く水没した場合の症状はじわじわと後から出ることがほとんどだ。中の基盤がサビて機能しなくなったり、動作に不具合が時間差で出始める。
「あの怒鳴ってた人はどうなりました?」
「ああ、田上さんが受け付けてた人すか? とりあえず代替を出してましたけど……」
特に騒ぎになることはなかったと、残りのカフェオレを一気に流し込んでいる。その様子から、瑞希がそつなく対応してくれたのが分かる。持つべきものは優秀なサブだ。
空になったボトルをゴミ箱へ投げ入れ、バックヤードを出ようとして入れ違いで入ってきた木下に、男性社員がついでに声を掛けていた。
「スマホ、ずっと鳴りっぱなしっすよ」
「え? ああ、置いててそのままだったんだ……」
出したまま忘れてた、と机の上のスマホを手に取り、木下はその画面へ表示された通知数を確認して、ハァと溜め息をついている。言っている傍から、新しい通知が入ったバイブ音がしたが、メッセージを確認することなくカバーをパタンと閉じてしまう。「ウッザ」という小さい呟きは奥のロッカー前にいた恵美にも聞こえていた。
「何かあった?」
「いえ、そろそろ私も婚活でもしようかと思って、友達から聞いたアプリに登録してみたんですけど……ちょっとしつこい人に絡まれてる、みたいな」
んー、マッチングアプリかぁ、と恵美は困った顔をする。客のアプリの退会手続きを手伝ったことは何度もあるが、実際に自分で入会したことは一度もない。考えが古いと言われればそれまでだが、ネットを介した出会いには少し抵抗がある。運命の人とは直接に出会いたい、なんて言えば笑われてしまうだろうが。
「普通の会社員らしいんですけど、今日も仕事のはずなのに朝からずっと連絡来るんですよ。外回り中って言ってるけど、勤務時間にそんなに頻繁に送ってこれるって、おかしくないですか?」
「んー、こっちが返事する前に何回も送ってくる人は、嫌かも……」
「ですよねー。SNSみたいに一人で呟いてんじゃないよって感じです」
もう一度、ハァと特大の溜め息をつきながらも、木下は入荷したばかりの端末を製造番号を確認しながら棚へと並べていく。
初めて参加したテナント会議から一週間ほど経った頃。今日は無性にソース味が食べたいと、恵美はフードコートで写真付きメニューを見上げていた。休憩中だから制服のままだが、スカーフと名札を外してジャケットの代わりにカーディガンを羽織っている。ぱっと見では、どこの店員だかは分からないはずだ。
「すみません。たこ焼きを持ち帰りでお願いします」
よくフードコートに入っているチェーン店の粉もん屋で足を止めて、青のり抜きで注文する。目の前でクルクルと器用に回転されて焼かれていた大き目のたこ焼きは、6個入りでも十分なボリューム感。
と、透明の蓋付きパックに入れられていく数が、注文した物よりもどう見ても多い。9個も入ったパックを手渡されて、恵美は驚き顔で店員の顔を見上げた。
「お疲れ様です。頑張ってね」
「あ、ありがとうございます……」
黒の半そでTシャツに、紺色のラップエプロン。『店長 村上』と大きく書かれた名札を胸に付け、人懐っこい笑顔がこちらを向いている。確か、テナント会議で隣の席に座っていたのは記憶しているが、あの時は一言も話すことはなかった。
挙動不審なほどに慌てて頭を下げて礼を言ってから、恵美は焼き立てのたこ焼きを両手で大事に抱えて店のバックヤードへと駆け込んだ。ソースの匂いがするから食堂で食べるつもりでいたのに、そんなことも度忘れしてしまったくらい動揺していたのかもしれない。
――違うって。食べ物に釣られたとか、そんな訳じゃないし。
たった3個のおまけでときめいてしまったなんて、瑞希達に言えば絶対に笑われるはずだ。
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