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第四十一話・店長の転勤2
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月が変わり、顔面しか取り柄の無い吉崎が北町店へと移動してから初めての朝礼。少し強張らせた表情の恵美が、売り上げ表を挟んだバインダーを手に咳払いする。首から下げているネームプレートの肩書は、アドバイザーから店長代理に変わっている。
「えー、おはようございます。移動された吉崎店長に代わりまして、今日から店長代理をさせていただきます、西川です。あくまで、私は店長”代理”ですので、まだ私一人では対応できず、みなさんを頼らせていただくことが多いと思います。その際はよろしくお願いします」
謙虚というよりは、どちらかというと抜かりないなという印象の方が強い、恵美らしい挨拶。代理の肩書は本人が希望して付けてもらっただけなのは誰もが知っている。彼女で対応できないことは、他のスタッフだって無理だろう。
「では、月初めでやることは多いです。各自が効率を考えて動いて下さい。よろしくお願いします――あ、結城さんは喫煙室に行かれる前にゴミを捨ててきて貰えますか? バックヤードにまとめてあるんで」
「……了解です」
締めの言葉に続けて、ついでのように男性社員へと指示を出す。吉崎ありし日には朝礼後の煙草休憩で開店準備をまるっとサボっていたが、今日からはそうはさせないという牽制だ。山積みの段ボールとゴミ袋は一往復では無理だろう。
初っ端からの痛烈な恵美の一撃に、瑞希の隣では木下七海が小刻みに肩を震わせている。吉崎は勿論だが、彼の取り巻きだった結城に対しても、彼女らは何かしら思うところがあったらしい。
掃除に加えてディスプレイの入れ替えなど、月初の朝は雑用が多い。平日で客足が少ないのは幸いで、これが週末だった場合は月頭からの残業必至だ。恵美は社用PCに張り付いて、前任が放置したままの前月の売り上げ集計を見直していた。
「恵美、じゃなくて店長。在庫確認、終わりました。昨日の分で1件、他店への移動漏れがあったので修正しました」
「いや、いままで通りに呼んでくれていいから……。良かった、在庫はオッケーね」
恵美がチェックを入れているタスクリストを覗き込み、瑞希は次の作業を確認する。彼女が事前に用意したリストは決算前に行うレベルの細かさで、恵美がどれだけ吉崎のことを信用していなかったかがよく分かる。
代替え機の残数確認にバックヤードへ戻りかけると、入れ違いで木下がやってきた。
「あ、西川さん――じゃなくて、店長!」
「いや、だから呼び方変えなくっていいって……何、木下さん?」
備品確認を指示されていた木下が、出金表が綴じられたファイルを片手に首を傾げている。
「昨日に届いてた備品って、どこにあるか知りません? コピー用紙とかインクとか結構大量に注文してたみたいなんですけど」
出金表に張り付けられたアスクルの納品書。事務用品以外にもティッシュペーパーなどの消耗品名がずらりと並んでいて、かなり大箱で届いているはずだ。だが、そんな大きな段ボールは店内にもバックヤードにもどこにも見当たらない。
「あ、それ、吉崎店長が北町店の分だからって言って、すぐに送り状を張り替えて送ってましたよ」
「ハァ?!」
ハンディモップを持って棚の掃除をしていた学生バイト君が、木下が手に持つ納品書を覗き込んで言う。さらにその後に続けられた台詞に、恵美はさらに特大の「ハァ?!」を口にせざるを得なかった。
「ちなみに、その送料は元払いでした」
「あります、あります。北町店への送り状の控え。めっちゃ元払いです」
備品の納品書と重ねて張り付けられた、青色の控え。お世辞にも上手いとは言えない吉崎の字で品名の欄には『備品』と堂々と記載されている。
「え、これって、うちの経費ですよね?」
後輩からの至極当たり前の質問に、恵美も瑞希も黙って頷く。呆れて声を出す気にもならない。
「……他にもやられているかもしれない。販促品とかディスプレイ用材とか、不自然に減ってる物が無いか確認してくれる?」
恵美の指示で、次々と湧いて出てくる前任のやらかし。
「新品のポップスタンドが一個も無いんですけど」
「ロゴ入りブルゾンも、何か減ってない? 一番キレイなやつが無くなってるかも」
「光沢紙のストック、全部使い切られてます! インクとラミネートフィルムも残り少ないです」
「あー……向こうに持ってくって、張り切ってポップ作ってたわ、最近」
みんなが協力して溜め込んでいた割り箸やストローのストックまで、とにかくあらゆる物が持ち出されていることが発覚していく。
「……セコい」
紛失した可能性のある物を書き留めたメモを眺めて、恵美が短く吐き捨てる。呆れ過ぎて溜め息すら出てこない。北町店は以前にも勤務していて愛着がある店かもしれないが、ここだって昨日までは彼の店だったはずなのだが……。
「クレーム入れて、送り返してもらう?」
受話器を手に取り電話を掛けようとしている恵美に、瑞希が心配そうに尋ねる。初日から大変だと同情すると同時に、早いうちに気付けたのも彼女の判断力があってこそと感心する。
瑞希の言葉に、恵美は黙って首を横に振り、登録済みアドレスから本社の電話番号を表示させた。マネージャーにでも報告するつもりなのだろうか? そう思ったが、恵美の表情からはどうも違うようだ。
「えー、おはようございます。移動された吉崎店長に代わりまして、今日から店長代理をさせていただきます、西川です。あくまで、私は店長”代理”ですので、まだ私一人では対応できず、みなさんを頼らせていただくことが多いと思います。その際はよろしくお願いします」
謙虚というよりは、どちらかというと抜かりないなという印象の方が強い、恵美らしい挨拶。代理の肩書は本人が希望して付けてもらっただけなのは誰もが知っている。彼女で対応できないことは、他のスタッフだって無理だろう。
「では、月初めでやることは多いです。各自が効率を考えて動いて下さい。よろしくお願いします――あ、結城さんは喫煙室に行かれる前にゴミを捨ててきて貰えますか? バックヤードにまとめてあるんで」
「……了解です」
締めの言葉に続けて、ついでのように男性社員へと指示を出す。吉崎ありし日には朝礼後の煙草休憩で開店準備をまるっとサボっていたが、今日からはそうはさせないという牽制だ。山積みの段ボールとゴミ袋は一往復では無理だろう。
初っ端からの痛烈な恵美の一撃に、瑞希の隣では木下七海が小刻みに肩を震わせている。吉崎は勿論だが、彼の取り巻きだった結城に対しても、彼女らは何かしら思うところがあったらしい。
掃除に加えてディスプレイの入れ替えなど、月初の朝は雑用が多い。平日で客足が少ないのは幸いで、これが週末だった場合は月頭からの残業必至だ。恵美は社用PCに張り付いて、前任が放置したままの前月の売り上げ集計を見直していた。
「恵美、じゃなくて店長。在庫確認、終わりました。昨日の分で1件、他店への移動漏れがあったので修正しました」
「いや、いままで通りに呼んでくれていいから……。良かった、在庫はオッケーね」
恵美がチェックを入れているタスクリストを覗き込み、瑞希は次の作業を確認する。彼女が事前に用意したリストは決算前に行うレベルの細かさで、恵美がどれだけ吉崎のことを信用していなかったかがよく分かる。
代替え機の残数確認にバックヤードへ戻りかけると、入れ違いで木下がやってきた。
「あ、西川さん――じゃなくて、店長!」
「いや、だから呼び方変えなくっていいって……何、木下さん?」
備品確認を指示されていた木下が、出金表が綴じられたファイルを片手に首を傾げている。
「昨日に届いてた備品って、どこにあるか知りません? コピー用紙とかインクとか結構大量に注文してたみたいなんですけど」
出金表に張り付けられたアスクルの納品書。事務用品以外にもティッシュペーパーなどの消耗品名がずらりと並んでいて、かなり大箱で届いているはずだ。だが、そんな大きな段ボールは店内にもバックヤードにもどこにも見当たらない。
「あ、それ、吉崎店長が北町店の分だからって言って、すぐに送り状を張り替えて送ってましたよ」
「ハァ?!」
ハンディモップを持って棚の掃除をしていた学生バイト君が、木下が手に持つ納品書を覗き込んで言う。さらにその後に続けられた台詞に、恵美はさらに特大の「ハァ?!」を口にせざるを得なかった。
「ちなみに、その送料は元払いでした」
「あります、あります。北町店への送り状の控え。めっちゃ元払いです」
備品の納品書と重ねて張り付けられた、青色の控え。お世辞にも上手いとは言えない吉崎の字で品名の欄には『備品』と堂々と記載されている。
「え、これって、うちの経費ですよね?」
後輩からの至極当たり前の質問に、恵美も瑞希も黙って頷く。呆れて声を出す気にもならない。
「……他にもやられているかもしれない。販促品とかディスプレイ用材とか、不自然に減ってる物が無いか確認してくれる?」
恵美の指示で、次々と湧いて出てくる前任のやらかし。
「新品のポップスタンドが一個も無いんですけど」
「ロゴ入りブルゾンも、何か減ってない? 一番キレイなやつが無くなってるかも」
「光沢紙のストック、全部使い切られてます! インクとラミネートフィルムも残り少ないです」
「あー……向こうに持ってくって、張り切ってポップ作ってたわ、最近」
みんなが協力して溜め込んでいた割り箸やストローのストックまで、とにかくあらゆる物が持ち出されていることが発覚していく。
「……セコい」
紛失した可能性のある物を書き留めたメモを眺めて、恵美が短く吐き捨てる。呆れ過ぎて溜め息すら出てこない。北町店は以前にも勤務していて愛着がある店かもしれないが、ここだって昨日までは彼の店だったはずなのだが……。
「クレーム入れて、送り返してもらう?」
受話器を手に取り電話を掛けようとしている恵美に、瑞希が心配そうに尋ねる。初日から大変だと同情すると同時に、早いうちに気付けたのも彼女の判断力があってこそと感心する。
瑞希の言葉に、恵美は黙って首を横に振り、登録済みアドレスから本社の電話番号を表示させた。マネージャーにでも報告するつもりなのだろうか? そう思ったが、恵美の表情からはどうも違うようだ。
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