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第四十三話・あの時のこと(伸也 ver.)
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自動ドア前まで見送りに出てきた店員に軽く礼を告げた後、伸也はガクンと肩を落として溜め息をついた。携帯ショップの店前で、小刻みに震えの残る手で両目を覆う。
「……瑞希」
帰国後、会社が手配する空港までの迎えを断って、一番近いショップへとタクシーで乗り込んだ。一分一秒でも早く、携帯電話を復活させたくて、飛行機も朝一の便に変更してもらった。
なのに……。
二年前に緊急停止した電話番号で開通した新しいスマホは、電源が入った途端に一斉にメールの受信を始めた。SNSの未読も半端ない数が届いていた。
けれど、これまで溜まっていたもの全てを見られるようになるのかと思っていたが、そうじゃなかった。保管期間やサーバの容量による制限とやらで、古い物から順に消されていて、その大半は迷惑メールの類に貴重な容量を奪われ、既に確認できないものとなっていた。
――畜生。なんでっ……。
どれだけ遡って確認してみても、求めていた履歴は一つも見つからなかった。瑞希からの連絡が残っていればと安易に考えていた自分の浅はかさが憎い。サーバの保管期間が切れてしまうくらい、自分は彼女のことを放置してしまっていたのだ。
スマホの外箱等の入った紙袋を握る手は、まだ震えている。それを反対の手で持ち直すと、駐車場に待たせていたタクシーの後部座席へと急いで乗り込む。
「――市へ、お願いします」
連絡先が分からないのなら、直接会いに行けばいい。日本へ帰って来て一番会いたい人の、住んでいるはずの場所を運転手へと告げる。
思い出の詰まった景色をタクシーの中から眺めている時は、ようやく会えるんだと胸が高鳴っていた。記憶を頼りに向かった住宅街は、二年の月日を感じさせないほどは変わってはいなくてホッとした。
けれど、
「……そんな娘は、うちにはおりません」
「え、でも……」
「とにかく、我が家には息子しかいないんですっ、お引き取り下さい」
かつて何度も訪れたことのある家の門前で、伸也は途方に暮れていた。これといって特徴がある訳でもない建売住宅に掲げられているのは、間違いなく相沢の表札。遠目には見た覚えのある瑞希の母から、忌々しいものを見る眼を向けられていた。
「今、彼女はどちらに……お会いできないのなら、連絡先を教えていただければ」
「ですから、うちには娘などおりませんからっ」
――どういうこと、なんだ……?
何を言っても、娘など端からいないの一点張り。会わせる会わせないじゃなく、そんな娘は存在しないと言い張られてしまう。あまりの剣幕で、しつこくすれば警察を呼ばれるか塩を撒かれそうな勢いだった。
なぜそんな態度を取られるのか、伸也には見当もつかない。確かに瑞希と交際するようになってから、まだ一度もちゃんとした挨拶には来たことがなかったが。彼女に一体、何が……。
まともに話を取り合ってくれようともせず、瑞希の母親はバタンと大きな音を立てながら玄関扉を閉めてしまった。玄関前に一人残された伸也は、茫然と立ち尽くすしかない。
その様子を、車から降りて腰を伸ばしていたタクシー運転手は怪訝そうに眺めていた。
会社が用意したという新たな自宅マンションに向かうタクシーの車内で、伸也はスマホに残っている履歴を茫然としながら眺めていた。既に一度目を通してはいたが、迷惑メールに混ざって残されているメッセージの中に、まだ連絡が取れていない知り合いがいればと。だが、生憎そういうのは一件も見つからない。
勿論、思い当たる知り合いには向こうに居た時にとっくに連絡はしている。勤務先が分かる人間なら会社に連絡すればいい訳で、会社の電話番号くらいはネットさえあれば地球上のどこからでも調べられるのだから。
でも、連絡が取れた知り合いの中で、瑞希と直接連絡が取れるという人間は誰一人としていなかった。伸也が向こうでやっと自由な時間を少しは確保できるようになった半月間で、瑞希の携帯電話は不通になってしまっていた。勤務していた店も辞めてしまったようだった。誰も彼女の新しい番号を知らされていないらしく、連絡できる者はいなくなっていた。
「なんで……」
元はと言えば、自分が悪いのだ。自分が鞄を無くさなければこんなことにはならなかった。大切な人との連絡手段が携帯電話だけなんて、情けなくて言葉にならない。
もしあの時、ちゃんと連絡が取れていれば、「すぐ帰るから待ってて欲しい」と伝えて安心させてあげれていたはずだ。なのに実際は、彼女の前から黙って居なくなってしまったようなもので、どれだけ瑞希へ負担をかけてしまったのだろう。
もしもっと早くに動いていればと考えたらキリがない。あと一日早ければ、彼女が仕事を辞める前だったかもしれないし、電話番号を変えてしまう前だったかもしれない。連絡が付かない状況になったのは、自分の行動が遅かったのが原因だとしか思えない。後悔は次から次へと際限なく湧き上がっていくばかりだった。
己を含め、この状況を作ったもの全てが憎くて仕方がない。
「……瑞希」
帰国後、会社が手配する空港までの迎えを断って、一番近いショップへとタクシーで乗り込んだ。一分一秒でも早く、携帯電話を復活させたくて、飛行機も朝一の便に変更してもらった。
なのに……。
二年前に緊急停止した電話番号で開通した新しいスマホは、電源が入った途端に一斉にメールの受信を始めた。SNSの未読も半端ない数が届いていた。
けれど、これまで溜まっていたもの全てを見られるようになるのかと思っていたが、そうじゃなかった。保管期間やサーバの容量による制限とやらで、古い物から順に消されていて、その大半は迷惑メールの類に貴重な容量を奪われ、既に確認できないものとなっていた。
――畜生。なんでっ……。
どれだけ遡って確認してみても、求めていた履歴は一つも見つからなかった。瑞希からの連絡が残っていればと安易に考えていた自分の浅はかさが憎い。サーバの保管期間が切れてしまうくらい、自分は彼女のことを放置してしまっていたのだ。
スマホの外箱等の入った紙袋を握る手は、まだ震えている。それを反対の手で持ち直すと、駐車場に待たせていたタクシーの後部座席へと急いで乗り込む。
「――市へ、お願いします」
連絡先が分からないのなら、直接会いに行けばいい。日本へ帰って来て一番会いたい人の、住んでいるはずの場所を運転手へと告げる。
思い出の詰まった景色をタクシーの中から眺めている時は、ようやく会えるんだと胸が高鳴っていた。記憶を頼りに向かった住宅街は、二年の月日を感じさせないほどは変わってはいなくてホッとした。
けれど、
「……そんな娘は、うちにはおりません」
「え、でも……」
「とにかく、我が家には息子しかいないんですっ、お引き取り下さい」
かつて何度も訪れたことのある家の門前で、伸也は途方に暮れていた。これといって特徴がある訳でもない建売住宅に掲げられているのは、間違いなく相沢の表札。遠目には見た覚えのある瑞希の母から、忌々しいものを見る眼を向けられていた。
「今、彼女はどちらに……お会いできないのなら、連絡先を教えていただければ」
「ですから、うちには娘などおりませんからっ」
――どういうこと、なんだ……?
何を言っても、娘など端からいないの一点張り。会わせる会わせないじゃなく、そんな娘は存在しないと言い張られてしまう。あまりの剣幕で、しつこくすれば警察を呼ばれるか塩を撒かれそうな勢いだった。
なぜそんな態度を取られるのか、伸也には見当もつかない。確かに瑞希と交際するようになってから、まだ一度もちゃんとした挨拶には来たことがなかったが。彼女に一体、何が……。
まともに話を取り合ってくれようともせず、瑞希の母親はバタンと大きな音を立てながら玄関扉を閉めてしまった。玄関前に一人残された伸也は、茫然と立ち尽くすしかない。
その様子を、車から降りて腰を伸ばしていたタクシー運転手は怪訝そうに眺めていた。
会社が用意したという新たな自宅マンションに向かうタクシーの車内で、伸也はスマホに残っている履歴を茫然としながら眺めていた。既に一度目を通してはいたが、迷惑メールに混ざって残されているメッセージの中に、まだ連絡が取れていない知り合いがいればと。だが、生憎そういうのは一件も見つからない。
勿論、思い当たる知り合いには向こうに居た時にとっくに連絡はしている。勤務先が分かる人間なら会社に連絡すればいい訳で、会社の電話番号くらいはネットさえあれば地球上のどこからでも調べられるのだから。
でも、連絡が取れた知り合いの中で、瑞希と直接連絡が取れるという人間は誰一人としていなかった。伸也が向こうでやっと自由な時間を少しは確保できるようになった半月間で、瑞希の携帯電話は不通になってしまっていた。勤務していた店も辞めてしまったようだった。誰も彼女の新しい番号を知らされていないらしく、連絡できる者はいなくなっていた。
「なんで……」
元はと言えば、自分が悪いのだ。自分が鞄を無くさなければこんなことにはならなかった。大切な人との連絡手段が携帯電話だけなんて、情けなくて言葉にならない。
もしあの時、ちゃんと連絡が取れていれば、「すぐ帰るから待ってて欲しい」と伝えて安心させてあげれていたはずだ。なのに実際は、彼女の前から黙って居なくなってしまったようなもので、どれだけ瑞希へ負担をかけてしまったのだろう。
もしもっと早くに動いていればと考えたらキリがない。あと一日早ければ、彼女が仕事を辞める前だったかもしれないし、電話番号を変えてしまう前だったかもしれない。連絡が付かない状況になったのは、自分の行動が遅かったのが原因だとしか思えない。後悔は次から次へと際限なく湧き上がっていくばかりだった。
己を含め、この状況を作ったもの全てが憎くて仕方がない。
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