今更だけど、もう離さない〜再会した元カレは大会社のCEO〜

瀬崎由美

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追加エピソード・弟3

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 リビングのソファーに深く腰掛けて、蜂蜜入りのホットミルクが入ったマグカップを両手で包みこんだまま、瑞希はカップの中で揺れる波紋に視線を落としていた。カップ越しに伝わってくる温かさを掌で感じながら。

 会社に送り付けられたという実弟からの郵便物を伸也から見せられ、自分でも驚いてしまうくらいに動揺してしまった。様々な感情が一気に湧き出し、それを全く処理しきれず、その場から動けなくなった。
 昼間に翔太のことが頭を横切ったのは、ただの偶然だったのだろうか。

「瑞希の好きなようにすればいいから」

 そう言って、瑞希を支えながらソファーに座らせると、伸也は妻が好きな甘いミルクを温めて手渡した。彼女にとって、これはそう簡単に決められることなんかじゃない。今どう判断を下すかで、これからどう関わっていくかが変わってくるのだ。

「まさか式に呼ばれるとは思ってなかったけど……姉弟なんだから、当たり前だよね」
「まぁ、一般的には、ね」

 長く音信不通になっていた姉を招待するのなら、手紙くらい書いても良いものだと思うのだが、届いた茶封筒にはそういったものは何も同封されてはいなかった。だから何となく、是非にと懇願されて招待されているのではないのだと思えてならない。

 きっと、相手の親族の手前に仕方なくといったところか。姉がいるのに参列していないと、変に詮索される可能性は大いにある。相変わらず、世間体と保身しか考えていない一家なのだろう。ヘタしたら、瑞希が家を出た理由さえ弟の婚約者は知らされていないのかもしれない。
 伸也は封筒の中身を見た瞬間から、腹立たしさを抑えきれなかった。

「別に無理して行くことはないから。欠席の理由なんて、いくらでもでっち上げれるんだし」
「……あの人達に、拓也を会わせたくない……」
「なら、拓也は一緒に連れていかなければいい。まだ小さいから、預けててもおかしくないよ」

 妻の座るソファーの足元で膝をついて、伸也はマグカップを抱えている瑞希の手を両手で包み込む。見ていただけでは分からなかったが、直接触れてみるとその手が微かに震えていることに気付いた。相沢の家族のことは、瑞希にとっては一種のトラウマのようなものになっているのかもしれない。あんな仕打ちを受けていたのだから、当然と言えば当然だ。そう思うと、さらに怒りが湧き上がってくる。

「別に行かなくていいんだけど、もし行くのなら、必ず俺も一緒だから。絶対に一人では行かせないから」

 瑞希のことを簡単に切り捨てた親族が揃っている場へ、一人で乗り込ませるつもりは毛頭ない。弟である翔太本人だけじゃなく、当然のように相沢の両親とも顔を合わせなければならないのだ。なんなら、家族として同じテーブルに席を用意されている可能性は高い。さらに、一時期は養子縁組をしていた田上の祖父母だって招待されているかもしれない。出席すれば、瑞希が居心地悪い思いをするのは、目に見えている。

「瑞希が好きなように、決めたらいいよ」

 瑞希の隣に腰を下ろして「大丈夫だから」と囁きながら、伸也は妻の腰を横から抱き寄せる。抗うことなく身体を夫の方へと斜めに凭れかけ、瑞希はその力強さにホッとしていた。伸也の存在はいつも、瑞希が一番必要としてる安心感をもたらしてくれる。一人では抱えきれないことも、伸也が傍にいれば何とかなるかもと思えてくるのが不思議だ。

 勿論、もし少しでも相沢の家族との距離を詰めたいと思うのなら、これは丁度いいキッカケになるはずだ。四半世紀以上も家族として過ごしていた過去は、別に嫌なことばかりではなかったのだから。あの二年半前までは、どこにでもいるような普通の家族だったのだから。

 でも……、と瑞希は夫に身体を預けながら、静かに目を伏せた。

 ――あの人達にとって、私は簡単に無かったことにできる存在だった……。

 家族だと信頼して、大切に思っていたのは自分だけだった。お腹にいる子の父親のことを説明しようとしても全く耳を貸してくれず、娘の言うことを信じてはくれなかった。何があっても味方でいてくれると思っていた存在から、あっさりと切り捨てられた時の絶望感。

 普通の家族だと思っていたけれど、それは上辺だけ。見せかけだった。

 ――見せかけだけの家族なんて、もういらない。

 身体を起こし、隣で心配そうに顔を覗き込んでくる伸也に、瑞希は告げる。自分にとっての大切な家族は、ちゃんとここにいるのだから。実家との関わりが無くても、自分はこの人と一緒ならやっていける。

「行かない。もうあの家とは関わりたくない」
「そっか。じゃあ、我が家は全員欠席ってことで」

 ソファーテーブルの上に置きっぱなしにしていた招待状からハガキを取り出すと、伸也はボールペンで『欠席』の箇所をグルグルと大きな丸で囲んでみせた。

 そして再び瑞希の隣に戻ると、腕を伸ばして妻の身体を抱き寄せる。いつもよりも強めに力を込めると、諦めたように身を委ねてきた彼女の決断を、何としてでも守ってやりたい。もう二度と彼女に辛い経験をさせたくはないと、心の中で静かに誓って。
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