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第二十二話・保育園の最後のお迎え
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閉店ギリギリの機種変更の受付があった為に、全ての閉め作業が終わってから自転車を飛ばした瑞希は、汗だくで保育園の門を潜り抜けた。
延長料金が発生する20時ギリギリで、今日も残っている園児は拓也一人きりだ。職員室兼事務室も消灯されていて保育室以外は真っ暗だった。遅番の先生と二人だけで待っていた拓也は瑞希の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってくる。
「遅くなりました。ありがとうございました」
持ち帰る荷物を回収して回りながら、先生から今日一日の拓也の様子を聞く。保育室の床いっぱいに広げられた積み木の様子から、のびのびと遊ばせて貰っていたことが伺い知れる。
「拓也君、転園されるんですよね。寂しいです」
「今日引っ越したばかりで、転園先が決まるまではベビーシッターさんにお願いすることになってるんですが……大丈夫でしょうか? 保育園以外で誰かに預けたことがなくって……」
慣れない家に、初対面のベビーシッター。拓也にとっては落ち着かない環境になってしまうことが気掛かりだった。赤ちゃんの頃から見てくれている保育士さんは、瑞希にとっては子育ての悩みを一番打ち明けられる存在だ。
「多少はグズったりするかもしれませんが、拓也君なら大丈夫ですよ。同じ月齢の子の中でも人懐っこいですし、好奇心も旺盛だから楽しいことを見つけるのが上手なので」
先生の言葉にホッとする。急なことだから退園の手続きもまだだし、残りの荷物の引取りにもまた改めて来るつもりではいる。けれど、通園という形でここに来るのは今日が最後だ。明日以降は欠席することになるので、週末ではないけれど持ち帰る荷物にはお昼寝布団も含まれていた。
――これは、最寄りの駅から電車に乗った方が早い? いや、この時間に乳幼児連れでお昼寝布団抱えての乗車は迷惑行為かな。
伸也から用意して貰ったマンションは、真逆の方向。ここから自転車だと軽く30分はかかる距離。それをママチャリで大荷物を抱えるとなると、なかなかハードそうだ。明日以降の通勤は電車で二駅だから楽できそうだけれど、そこに帰るまでが……。あまり深く考えていなかった自分に呆れてしまう。
心配そうな顔の先生に見送られながら、大荷物を抱えてママチャリに乗り込むと、瑞希は気合いを入れて夜道を漕ぎだした。人によっては二人分の荷物を抱えながら、子供を前と後ろに乗せて毎日通園していたりするのだ、拓也一人分くらいは何ともない。母は強し、だ。
普段とは違う道を走っていることに気付いたのか、拓也はキョロキョロと周りの景色を眺めていた。ただ、やっぱり移動に時間が掛かってしまったせいで、マンションの建物が見える頃にはチャイルドシートに座ったまま、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
先に伸也からメールで確認しておいた指定場所に自転車を停めると、荷物と子供を抱えてエントランスへと向かう。以前に訪れた時は昼間だったので気付かなかったが、ライトアップされた植木やエントランスの照明などを珍し気に眺めながら、改めてボロアパートとのギャップを感じる。急に湧き上がってきた場違い感を、大丈夫と首を振って追い払った。
――貧乏性がすっかり身に付いちゃってるわ……。
鍵をかざしてオートロックを解除し、うろ覚えなままエレベーターに乗り込む。6階にある605号室に辿り着くと、そのドアに鍵を差し込んでから瑞希は首を傾げた。最新のマンションの鍵って、こんなにも手応えが無いものなんだろうか?
「もしかして……鍵、開いてる?」
部屋を間違えた訳ではないと思うので、引っ越し業者が閉め忘れていったのだろうかと心配になり、恐る恐るドアに手を伸ばしたが、先にガチャリと中から開いた。
「おかえりー」
声と共に、笑顔の伸也が出迎える。そして、瑞希が抱えていた荷物をさりげなく受け取ってくれる。
「ごめん。もう帰ってると思って来たら、まだだったから勝手に入ってた」
「今日は終わるの遅かったからね。別にいいよ、伸也の家なんだし」
明日から来て貰うベビーシッターとの打ち合わせもあって駆け付けて来た伸也は、再会してから初めて見る私服姿だった。以前ならスーツ姿の方が珍しかったのに、今では仕事途中の恰好の方が見慣れてしまっている。
アクセサリーも付けない、シンプルな普段着。こだわりがないように見えて、実は色や形の注文が細かいのを瑞希は知っている。見たところ、以前と好きなショップは変わっていないようで、スーツ姿よりも瑞希のよく知ってる伸也のままでホッとした。
彼の後に付いて子供を抱っこしたまま中に入った瑞希は、以前に来た時よりも生活感の生まれた部屋の様子を珍しそうに見て回った。
「すごいね、クローゼットの中とか、前の部屋のを再現してくれてるし」
「そうなんだ。いけそう?」
「うん、元々そんなに物が無かったから、平気だと思う」
荷造りも荷解きも全てお任せしたせいで、どこに何があるのかいろいろと行方不明になる覚悟はしていた。でも、和室の押し入れにという大雑把な指示しかしていなかったのに、瑞希が収納していたままの状態で運ばれてきている。
その他の特に指示の無かった物の置き場は細かいリストが残されていて、それを見るとボロアパートで使っていたテーブルは折り畳まれた状態で主寝室のクローゼットの中にしまわれているらしい。ダイニングテーブルもソファーテーブルも備え付けられているここでは出番が無いみたいだ。
リビングの隣合わせになった和室に、子供布団を敷いてから拓也を寝かす。主寝室にはダブルベッドもあったが、拓也が落ちてしまう心配があるので当面は和室に布団を敷いて寝ることになりそうだ。
「はぁ……お腹空いた。ご飯はもう食べた?」
「あ、さっき適当に買って来たのがあるから、温めるよ」
無事にマンションへ辿り着いた安心感からか、瑞希のお腹の虫が思い出したように騒ぎ始める。
駅前に24時間営業のスーパーがあったので、何か食材を買ってこようかと考えていたら、先に伸也が買って冷蔵庫に入れていた総菜類をレンジで温め出す。その駅前のスーパーで買ったらしく、デパ地下総菜よりも家庭的な物が多いみたいだ。
延長料金が発生する20時ギリギリで、今日も残っている園児は拓也一人きりだ。職員室兼事務室も消灯されていて保育室以外は真っ暗だった。遅番の先生と二人だけで待っていた拓也は瑞希の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってくる。
「遅くなりました。ありがとうございました」
持ち帰る荷物を回収して回りながら、先生から今日一日の拓也の様子を聞く。保育室の床いっぱいに広げられた積み木の様子から、のびのびと遊ばせて貰っていたことが伺い知れる。
「拓也君、転園されるんですよね。寂しいです」
「今日引っ越したばかりで、転園先が決まるまではベビーシッターさんにお願いすることになってるんですが……大丈夫でしょうか? 保育園以外で誰かに預けたことがなくって……」
慣れない家に、初対面のベビーシッター。拓也にとっては落ち着かない環境になってしまうことが気掛かりだった。赤ちゃんの頃から見てくれている保育士さんは、瑞希にとっては子育ての悩みを一番打ち明けられる存在だ。
「多少はグズったりするかもしれませんが、拓也君なら大丈夫ですよ。同じ月齢の子の中でも人懐っこいですし、好奇心も旺盛だから楽しいことを見つけるのが上手なので」
先生の言葉にホッとする。急なことだから退園の手続きもまだだし、残りの荷物の引取りにもまた改めて来るつもりではいる。けれど、通園という形でここに来るのは今日が最後だ。明日以降は欠席することになるので、週末ではないけれど持ち帰る荷物にはお昼寝布団も含まれていた。
――これは、最寄りの駅から電車に乗った方が早い? いや、この時間に乳幼児連れでお昼寝布団抱えての乗車は迷惑行為かな。
伸也から用意して貰ったマンションは、真逆の方向。ここから自転車だと軽く30分はかかる距離。それをママチャリで大荷物を抱えるとなると、なかなかハードそうだ。明日以降の通勤は電車で二駅だから楽できそうだけれど、そこに帰るまでが……。あまり深く考えていなかった自分に呆れてしまう。
心配そうな顔の先生に見送られながら、大荷物を抱えてママチャリに乗り込むと、瑞希は気合いを入れて夜道を漕ぎだした。人によっては二人分の荷物を抱えながら、子供を前と後ろに乗せて毎日通園していたりするのだ、拓也一人分くらいは何ともない。母は強し、だ。
普段とは違う道を走っていることに気付いたのか、拓也はキョロキョロと周りの景色を眺めていた。ただ、やっぱり移動に時間が掛かってしまったせいで、マンションの建物が見える頃にはチャイルドシートに座ったまま、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
先に伸也からメールで確認しておいた指定場所に自転車を停めると、荷物と子供を抱えてエントランスへと向かう。以前に訪れた時は昼間だったので気付かなかったが、ライトアップされた植木やエントランスの照明などを珍し気に眺めながら、改めてボロアパートとのギャップを感じる。急に湧き上がってきた場違い感を、大丈夫と首を振って追い払った。
――貧乏性がすっかり身に付いちゃってるわ……。
鍵をかざしてオートロックを解除し、うろ覚えなままエレベーターに乗り込む。6階にある605号室に辿り着くと、そのドアに鍵を差し込んでから瑞希は首を傾げた。最新のマンションの鍵って、こんなにも手応えが無いものなんだろうか?
「もしかして……鍵、開いてる?」
部屋を間違えた訳ではないと思うので、引っ越し業者が閉め忘れていったのだろうかと心配になり、恐る恐るドアに手を伸ばしたが、先にガチャリと中から開いた。
「おかえりー」
声と共に、笑顔の伸也が出迎える。そして、瑞希が抱えていた荷物をさりげなく受け取ってくれる。
「ごめん。もう帰ってると思って来たら、まだだったから勝手に入ってた」
「今日は終わるの遅かったからね。別にいいよ、伸也の家なんだし」
明日から来て貰うベビーシッターとの打ち合わせもあって駆け付けて来た伸也は、再会してから初めて見る私服姿だった。以前ならスーツ姿の方が珍しかったのに、今では仕事途中の恰好の方が見慣れてしまっている。
アクセサリーも付けない、シンプルな普段着。こだわりがないように見えて、実は色や形の注文が細かいのを瑞希は知っている。見たところ、以前と好きなショップは変わっていないようで、スーツ姿よりも瑞希のよく知ってる伸也のままでホッとした。
彼の後に付いて子供を抱っこしたまま中に入った瑞希は、以前に来た時よりも生活感の生まれた部屋の様子を珍しそうに見て回った。
「すごいね、クローゼットの中とか、前の部屋のを再現してくれてるし」
「そうなんだ。いけそう?」
「うん、元々そんなに物が無かったから、平気だと思う」
荷造りも荷解きも全てお任せしたせいで、どこに何があるのかいろいろと行方不明になる覚悟はしていた。でも、和室の押し入れにという大雑把な指示しかしていなかったのに、瑞希が収納していたままの状態で運ばれてきている。
その他の特に指示の無かった物の置き場は細かいリストが残されていて、それを見るとボロアパートで使っていたテーブルは折り畳まれた状態で主寝室のクローゼットの中にしまわれているらしい。ダイニングテーブルもソファーテーブルも備え付けられているここでは出番が無いみたいだ。
リビングの隣合わせになった和室に、子供布団を敷いてから拓也を寝かす。主寝室にはダブルベッドもあったが、拓也が落ちてしまう心配があるので当面は和室に布団を敷いて寝ることになりそうだ。
「はぁ……お腹空いた。ご飯はもう食べた?」
「あ、さっき適当に買って来たのがあるから、温めるよ」
無事にマンションへ辿り着いた安心感からか、瑞希のお腹の虫が思い出したように騒ぎ始める。
駅前に24時間営業のスーパーがあったので、何か食材を買ってこようかと考えていたら、先に伸也が買って冷蔵庫に入れていた総菜類をレンジで温め出す。その駅前のスーパーで買ったらしく、デパ地下総菜よりも家庭的な物が多いみたいだ。
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