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第十九話・息子の発熱2
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フォークを使って麺を短く切り分けたものを子供に食べさせつつ、自分も合間を見ては総菜を口に運ぶ。少し目を離すとすぐに動き回ろうとする拓也を宥めながら、何とか食べさせようとする。瑞希のせわしない食事風景を、伸也は感心したように横で見ていた。
「拓也が食べるのに時間かかるから、同時進行で食事しないと終わらないのよね」
献立や気分によっては食べ終わるまで平気で1時間以上かかる時だってある。少しでも早く片付けてお風呂に入れて寝かしつけたくても、そう都合良くいかない日の方が多い。
特に今日は伸也も一緒の賑やかな食卓だから拓也の気もそぞろで、食べることに全然集中してくれない。あまり時間が掛かってもと病み上がりを理由に、早々とデザートのゼリーの蓋を開ける。さすがに甘い物は別腹か、白桃ゼリーは勢いよく完食していた。
瑞希から「ごちそうさまでした」と小さな両手を合わされると、拓也はペコリと頭を下げる。まだ挨拶の言葉は喋れないけれど、意味はちゃんと分かっているような仕草に、伸也は小さく噴き出した。
「拓也はママに似て、お行儀がいいね」
大きな手で頭を撫でて貰うと、最近よく見かけるようになった男の顔を不思議そうに見返している。パパと呼ぶようになるにはまだ時間がかかりそうだけれど、初めて会った時ほど人見知りしてはいない。確実に二人の距離は縮んでいるように思えた。
食べ終えて遊び始めた拓也を見守りながら、瑞希はようやく自分の食事に集中する。他人が作った物を食べるなんて、ちょっと久しぶりだ。自分で作らなくていい、それだけでもう十分に贅沢。豊富な食材を使った凝った味付けのデパ地下総菜を堪能し終えると、瑞希も「ご馳走様でした」と両手を合わせる。
残った総菜は明日の朝食に回そうと、ラップしてから冷蔵庫にしまった。
「ごめんね、心配かけて」
「ううん、拓也が元気になって良かった」
子供と一緒に車の玩具を床で走らせていた伸也が、確認するように部屋の中をぐるりと見回す。瑞希達親子の置かれている現状を、改めて確認するかのように。そして、テーブルの上の空になったグラスへ麦茶を足し入れている瑞希をじっと見つめて言う。
「こないだのマンションへ、すぐに引っ越してくれないかな。出来れば、次の休みにでも」
「まだ、転園通知が届いてないから……」
「次の保育園が決まるまでベビーシッターを雇ってもいいし、鍵を預けてくれたら引っ越しもこっちで手配しておく」
急がなければいけない理由が出来たのかと、瑞希の瞳に不安の色が現れたのを伸也は首を振って否定する。
「今更過保護なのもおかしいかもしれないけど、ここではちょっと……心配だから」
病院も保育園も職場も、何もかもから遠いこのアパートより、駅前で徒歩圏内に何でも揃っていてセキュリティーのしっかりしているマンションの方が安心できる。瑞希が仕事にやりがいを感じているのは知っているから、辞めろというつもりは一切ない。だけど、あまり無理をして欲しくはない。引っ越しを躊躇っているのは保育園が理由なら、新しい園が決まるまでベビーシッターを頼んで任せるのもありだと思っているくらいだ。
「ベビーシッター……」
「多分、うちの親なら喜んで預かってくれそうだけど、それよりは気楽だろ?」
「ん、まぁ、確かにそうなんだけど」
養子縁組を解消して相沢の姓に戻りはしたが、自分の実家とは相変わらず疎遠なままだ。勿論、あの親に拓也を預ける気は元から無いけれど。
反対に、初孫を大歓迎してくれている伸也の実家なら、万が一の時に拓也のことで頼ったら率先して助けてくれそうではある。でも、まだ二人は入籍していない状態だし、簡単に甘えられるほど瑞希は図太くはない。
「ベビーシッターなんて、私には縁が無いと思ってたから……」
「俺、KAJIコーポレーションの社長兼CEOだよ? 拓也は俺の息子だし、瑞希は俺の婚約者。ベビーシッターどころか家政婦だっていてもおかしくない」
給与明細を見せてあげたいくらいだよ。と戯けたように言ってから、伸也は瑞希の腕を引き寄せる。そして、抱き締めた瑞希の耳元で優しく懇願する。
「今まで離れてた分、これからは少しでも近くに居て欲しい」
すぐ同居という訳にはいかないが、今よりも手の届き易いところに居て欲しい。その優しく切ない願いを叶える為に、瑞希はクローゼットの引き出しから予備の鍵を探すと、それを伸也に差し出した。入居時に渡されたもう一つの鍵は、これまで一度も引き出しから出すことは無かった。それがこんな形で使うことになるとは、あの頃の自分には想像も出来ないだろう。
「じゃあ、急ぎで手配するね。ベビーシッターも早めに来て貰えるところを探しておくよ」
「ありがとう。伸也の負担になるようだったら、ちゃんと言って」
苗字が旧姓に戻ったことを職場にはまだ報告していない。急に住所まで変わるとなるといろいろ誤解を招きそうだなと、軽く頭痛を覚える。
「あ、そうだ。今日、経理の川口さんが来られた時に、伸也がお見合いしたって社内で噂になってるって言ってた」
「あー、急に母の態度が変わったから、常務側が先にデマを流しに来たのかも。今、鴨井さんが出所を探ってくれてる」
大丈夫だから、と伸也は胡座をかいた太腿をぽんぽんと叩いてから両腕を広げてみせた。照れたように少しばかりはにかんだ笑顔で、瑞希に向かって声を掛ける。
「おいで」
渡米する前の交際中、辛いことがあったりするとよくやってくれたように、伸也は瑞希を膝に座らせると後ろからぎゅっと抱き締めた。大丈夫だからと何度も耳元に囁きかけながら、瑞希が平気になるまでずっと。
「拓也もおいで」
呼ばれてヨチヨチ寄って来た拓也を瑞希の上に座らせて、伸也は二人の身体にまとめて腕を回す。三人が重なって座る状況が面白いのか、拓也の笑い声が部屋中に響き渡る。
「拓也が食べるのに時間かかるから、同時進行で食事しないと終わらないのよね」
献立や気分によっては食べ終わるまで平気で1時間以上かかる時だってある。少しでも早く片付けてお風呂に入れて寝かしつけたくても、そう都合良くいかない日の方が多い。
特に今日は伸也も一緒の賑やかな食卓だから拓也の気もそぞろで、食べることに全然集中してくれない。あまり時間が掛かってもと病み上がりを理由に、早々とデザートのゼリーの蓋を開ける。さすがに甘い物は別腹か、白桃ゼリーは勢いよく完食していた。
瑞希から「ごちそうさまでした」と小さな両手を合わされると、拓也はペコリと頭を下げる。まだ挨拶の言葉は喋れないけれど、意味はちゃんと分かっているような仕草に、伸也は小さく噴き出した。
「拓也はママに似て、お行儀がいいね」
大きな手で頭を撫でて貰うと、最近よく見かけるようになった男の顔を不思議そうに見返している。パパと呼ぶようになるにはまだ時間がかかりそうだけれど、初めて会った時ほど人見知りしてはいない。確実に二人の距離は縮んでいるように思えた。
食べ終えて遊び始めた拓也を見守りながら、瑞希はようやく自分の食事に集中する。他人が作った物を食べるなんて、ちょっと久しぶりだ。自分で作らなくていい、それだけでもう十分に贅沢。豊富な食材を使った凝った味付けのデパ地下総菜を堪能し終えると、瑞希も「ご馳走様でした」と両手を合わせる。
残った総菜は明日の朝食に回そうと、ラップしてから冷蔵庫にしまった。
「ごめんね、心配かけて」
「ううん、拓也が元気になって良かった」
子供と一緒に車の玩具を床で走らせていた伸也が、確認するように部屋の中をぐるりと見回す。瑞希達親子の置かれている現状を、改めて確認するかのように。そして、テーブルの上の空になったグラスへ麦茶を足し入れている瑞希をじっと見つめて言う。
「こないだのマンションへ、すぐに引っ越してくれないかな。出来れば、次の休みにでも」
「まだ、転園通知が届いてないから……」
「次の保育園が決まるまでベビーシッターを雇ってもいいし、鍵を預けてくれたら引っ越しもこっちで手配しておく」
急がなければいけない理由が出来たのかと、瑞希の瞳に不安の色が現れたのを伸也は首を振って否定する。
「今更過保護なのもおかしいかもしれないけど、ここではちょっと……心配だから」
病院も保育園も職場も、何もかもから遠いこのアパートより、駅前で徒歩圏内に何でも揃っていてセキュリティーのしっかりしているマンションの方が安心できる。瑞希が仕事にやりがいを感じているのは知っているから、辞めろというつもりは一切ない。だけど、あまり無理をして欲しくはない。引っ越しを躊躇っているのは保育園が理由なら、新しい園が決まるまでベビーシッターを頼んで任せるのもありだと思っているくらいだ。
「ベビーシッター……」
「多分、うちの親なら喜んで預かってくれそうだけど、それよりは気楽だろ?」
「ん、まぁ、確かにそうなんだけど」
養子縁組を解消して相沢の姓に戻りはしたが、自分の実家とは相変わらず疎遠なままだ。勿論、あの親に拓也を預ける気は元から無いけれど。
反対に、初孫を大歓迎してくれている伸也の実家なら、万が一の時に拓也のことで頼ったら率先して助けてくれそうではある。でも、まだ二人は入籍していない状態だし、簡単に甘えられるほど瑞希は図太くはない。
「ベビーシッターなんて、私には縁が無いと思ってたから……」
「俺、KAJIコーポレーションの社長兼CEOだよ? 拓也は俺の息子だし、瑞希は俺の婚約者。ベビーシッターどころか家政婦だっていてもおかしくない」
給与明細を見せてあげたいくらいだよ。と戯けたように言ってから、伸也は瑞希の腕を引き寄せる。そして、抱き締めた瑞希の耳元で優しく懇願する。
「今まで離れてた分、これからは少しでも近くに居て欲しい」
すぐ同居という訳にはいかないが、今よりも手の届き易いところに居て欲しい。その優しく切ない願いを叶える為に、瑞希はクローゼットの引き出しから予備の鍵を探すと、それを伸也に差し出した。入居時に渡されたもう一つの鍵は、これまで一度も引き出しから出すことは無かった。それがこんな形で使うことになるとは、あの頃の自分には想像も出来ないだろう。
「じゃあ、急ぎで手配するね。ベビーシッターも早めに来て貰えるところを探しておくよ」
「ありがとう。伸也の負担になるようだったら、ちゃんと言って」
苗字が旧姓に戻ったことを職場にはまだ報告していない。急に住所まで変わるとなるといろいろ誤解を招きそうだなと、軽く頭痛を覚える。
「あ、そうだ。今日、経理の川口さんが来られた時に、伸也がお見合いしたって社内で噂になってるって言ってた」
「あー、急に母の態度が変わったから、常務側が先にデマを流しに来たのかも。今、鴨井さんが出所を探ってくれてる」
大丈夫だから、と伸也は胡座をかいた太腿をぽんぽんと叩いてから両腕を広げてみせた。照れたように少しばかりはにかんだ笑顔で、瑞希に向かって声を掛ける。
「おいで」
渡米する前の交際中、辛いことがあったりするとよくやってくれたように、伸也は瑞希を膝に座らせると後ろからぎゅっと抱き締めた。大丈夫だからと何度も耳元に囁きかけながら、瑞希が平気になるまでずっと。
「拓也もおいで」
呼ばれてヨチヨチ寄って来た拓也を瑞希の上に座らせて、伸也は二人の身体にまとめて腕を回す。三人が重なって座る状況が面白いのか、拓也の笑い声が部屋中に響き渡る。
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