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第十六話・エグいシフトの日
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慌ただしく過ぎていった連休明けは、いつも通りの日常だった。伸也と再会する前から変わらない、保育園とショップとの往復の日々。
急に動き出したいろいろに頭が付いていけそうもなかったので、ただひたすら雑務に追われる時間にほっとする。
大きなトラブルにもクレームにも遭遇せずに迎えた次の公休日は、木下七海がエグイと嘆いていたシフトの日だった。恵美と連絡を取り合った結果、午前と午後に分かれてヘルプに入ることになった。可愛い後輩のことを思うと、やっぱり放ってはおけなかった。
午後から入ることになった瑞希は、昼休憩が潤沢に回せるよう、少し早めにショップに顔を出す。丁度、午前の最後の客が帰るところで、店前では学生バイトの飯島が見送りに立っていた。その横を遠慮がちに入店すると、ロッカーのあるバックヤードを覗く。
「おはようございます。どう、忙しい?」
「おはようございます! 田上さん、お休みなのにありがとうございます」
社員食堂は利用せず、バックヤードにお弁当を持ち込んで休憩していた木下が、はははと乾いた笑いをしながら顔を引きつらせた。食べ終わったら速攻で店頭に戻るつもりなのだろう。真面目な性格が不憫に思える。
「今、西川さんが段ボール捨てに行ってくれてるんですけど、最悪ですよ。朝から大量納品でバタバタです」
「あらぁ、今日に限って……」
よく見れば、端末と一緒に届いたというイベント用品の入った箱が、未開封のまま隅に積み上げられたままだった。すぐに検品と入荷処理が必要な分だけを開封するのがやっとだったらしい。重なる時は重なるものだ。
今日の為に集中的に鍛え上げられたバイト君は、それなりに頑張っているようだった。カウンターで接客する姿も様になってるし、笑顔もそこそこ。元々、彼は愛想も物覚えも良かったから、もう十分な即戦力に育ったと言ってもいい。
反対に、相変わらず社用PCに張り付いているだけのイケメン店長が、休みなはずの恵美と瑞希が制服を着て店内にいることを疑問にも思っていないことが問題だ。何なら、昼前にやって来た瑞希のことを遅刻? みたいな顔で見ていたくらい。
「自分の作ったシフトくらい、把握しとけよな。私が朝礼から居るのを、さも当然みたいな顔してたんだよ、あの男!」
ゴミ捨てから戻ってきたばかりの恵美の毒舌は、今日も変わらず絶好調だった。
「お二人は忙しい時以外は、バックヤードで休んでて下さい。申し訳なさすぎです」
「じゃあ、用品のチェックと在庫整理でもしてようか」
二人が店頭にいたら店長が一切動かなくなるんでと言われ、それもそうかと恵美と二人で裏方の仕事に回る。恵美が帰った後も、本社に発送する書類の準備や、在庫チェック、日計表などの予備のコピーなど、やろうと思えばいくらでも仕事は見つかった。当面は続く予定の過酷なシフトの日が少しでも楽になればと、この機会に思いつく限りの雑用をこなしていく。
正規のシフトメンバーがフルで接客している時には店頭へと出ていくこともあったが、基本的には裏でのんびりし、小窓から表の様子を伺いながら作業する。
「いらっしゃいませー」
バイト君が元気よく声を掛けているのが聞こえ、すぐさま店頭を覗く。スーツ姿で眼鏡を掛けた長い髪の女性が、キョロキョロと店内を見回していた。木下以外の男性二人はどちらも手が空いているようだったが、瑞希は慌てて店頭へ顔を出した。
「こんにちは、川口様」
「あ、田上さん、いらっしゃって良かったです」
最近ちょこちょこと来店があり顔馴染みになったKAJIコーポレーションの経理部の人だ。伸也からの指示もあって、瑞希がいる時は必ず声を掛けてくれる。
恵美達の話では、瑞希が居ない時は吉崎店長が張り切って対応しているらしく、今日も勢いよく椅子から立ち上がっていたようだが、瑞希が出て来たことで小さく舌打ちする音が聞こえた。気付いた木下とバイト君は笑いを堪えた顔をしている。
「今日は3台の乗り換えをお願いしたいので、それぞれの先月の料金明細を持参したので見ていただけますか?」
「かしこまりました。では順に登録させていただきますね」
伸也経由で予めに契約書の予備を渡しておいたので、先にそこに社判を押して必要事項の記入も済ませて来店してくれる。何度も繰り返している作業なので、持ち込まれる契約書に漏れもほとんどなく、こちらは確認して端末在庫の製造番号等を追記するだけだ。手間が掛からないのに利益が大きいとなれば、店長が張り切って横取りしたくなるのも無理はない。
乗り換え前のキャリアの明細書を確認しながら、その利用量に見合ったプランを設定していく。参考にと他キャリアと自キャリアの料金プラン表を見せながら説明し、大まかな請求予想額を提示する。
登録が上がるのを待つ間はいつも他愛のない雑談を交わすことが多い。歳が近い女同士ということもあり、最初に比べると随分といろんな話をするようになった気がする。
「そう言えば、安達社長がお見合いされたって噂で社内は持ち切りなんですよ。田上さん、社長のお知り合いなんですよね? 何かご存じですか?」
「さ、さぁ……お見合い、ですか?」
首を傾げて、瑞希は曖昧に笑い返す。つい先日、そのお見合いの話について耳にしたところだが、どうやら社内では既成事実ってことになってるようだ。
「安達社長になってから、秘書課への転属希望者が増えてるらしいんですが、うちの秘書課は常務のお嬢さんみたいにコネでも無いと難しいらしくって」
「大きな会社も、大変なんですね……」
常務のお嬢さんに、お見合いの話。どちらもとても既視感があるなと思いながら、瑞希はバイト君から登録完了のFAX用紙を受け取る。3台全ての開通作業を終えると、いつも通りに川口を店の入り口までお見送りした。ほんの30分ほどの接客だったが、今日はやけに疲れた気がする。
急に動き出したいろいろに頭が付いていけそうもなかったので、ただひたすら雑務に追われる時間にほっとする。
大きなトラブルにもクレームにも遭遇せずに迎えた次の公休日は、木下七海がエグイと嘆いていたシフトの日だった。恵美と連絡を取り合った結果、午前と午後に分かれてヘルプに入ることになった。可愛い後輩のことを思うと、やっぱり放ってはおけなかった。
午後から入ることになった瑞希は、昼休憩が潤沢に回せるよう、少し早めにショップに顔を出す。丁度、午前の最後の客が帰るところで、店前では学生バイトの飯島が見送りに立っていた。その横を遠慮がちに入店すると、ロッカーのあるバックヤードを覗く。
「おはようございます。どう、忙しい?」
「おはようございます! 田上さん、お休みなのにありがとうございます」
社員食堂は利用せず、バックヤードにお弁当を持ち込んで休憩していた木下が、はははと乾いた笑いをしながら顔を引きつらせた。食べ終わったら速攻で店頭に戻るつもりなのだろう。真面目な性格が不憫に思える。
「今、西川さんが段ボール捨てに行ってくれてるんですけど、最悪ですよ。朝から大量納品でバタバタです」
「あらぁ、今日に限って……」
よく見れば、端末と一緒に届いたというイベント用品の入った箱が、未開封のまま隅に積み上げられたままだった。すぐに検品と入荷処理が必要な分だけを開封するのがやっとだったらしい。重なる時は重なるものだ。
今日の為に集中的に鍛え上げられたバイト君は、それなりに頑張っているようだった。カウンターで接客する姿も様になってるし、笑顔もそこそこ。元々、彼は愛想も物覚えも良かったから、もう十分な即戦力に育ったと言ってもいい。
反対に、相変わらず社用PCに張り付いているだけのイケメン店長が、休みなはずの恵美と瑞希が制服を着て店内にいることを疑問にも思っていないことが問題だ。何なら、昼前にやって来た瑞希のことを遅刻? みたいな顔で見ていたくらい。
「自分の作ったシフトくらい、把握しとけよな。私が朝礼から居るのを、さも当然みたいな顔してたんだよ、あの男!」
ゴミ捨てから戻ってきたばかりの恵美の毒舌は、今日も変わらず絶好調だった。
「お二人は忙しい時以外は、バックヤードで休んでて下さい。申し訳なさすぎです」
「じゃあ、用品のチェックと在庫整理でもしてようか」
二人が店頭にいたら店長が一切動かなくなるんでと言われ、それもそうかと恵美と二人で裏方の仕事に回る。恵美が帰った後も、本社に発送する書類の準備や、在庫チェック、日計表などの予備のコピーなど、やろうと思えばいくらでも仕事は見つかった。当面は続く予定の過酷なシフトの日が少しでも楽になればと、この機会に思いつく限りの雑用をこなしていく。
正規のシフトメンバーがフルで接客している時には店頭へと出ていくこともあったが、基本的には裏でのんびりし、小窓から表の様子を伺いながら作業する。
「いらっしゃいませー」
バイト君が元気よく声を掛けているのが聞こえ、すぐさま店頭を覗く。スーツ姿で眼鏡を掛けた長い髪の女性が、キョロキョロと店内を見回していた。木下以外の男性二人はどちらも手が空いているようだったが、瑞希は慌てて店頭へ顔を出した。
「こんにちは、川口様」
「あ、田上さん、いらっしゃって良かったです」
最近ちょこちょこと来店があり顔馴染みになったKAJIコーポレーションの経理部の人だ。伸也からの指示もあって、瑞希がいる時は必ず声を掛けてくれる。
恵美達の話では、瑞希が居ない時は吉崎店長が張り切って対応しているらしく、今日も勢いよく椅子から立ち上がっていたようだが、瑞希が出て来たことで小さく舌打ちする音が聞こえた。気付いた木下とバイト君は笑いを堪えた顔をしている。
「今日は3台の乗り換えをお願いしたいので、それぞれの先月の料金明細を持参したので見ていただけますか?」
「かしこまりました。では順に登録させていただきますね」
伸也経由で予めに契約書の予備を渡しておいたので、先にそこに社判を押して必要事項の記入も済ませて来店してくれる。何度も繰り返している作業なので、持ち込まれる契約書に漏れもほとんどなく、こちらは確認して端末在庫の製造番号等を追記するだけだ。手間が掛からないのに利益が大きいとなれば、店長が張り切って横取りしたくなるのも無理はない。
乗り換え前のキャリアの明細書を確認しながら、その利用量に見合ったプランを設定していく。参考にと他キャリアと自キャリアの料金プラン表を見せながら説明し、大まかな請求予想額を提示する。
登録が上がるのを待つ間はいつも他愛のない雑談を交わすことが多い。歳が近い女同士ということもあり、最初に比べると随分といろんな話をするようになった気がする。
「そう言えば、安達社長がお見合いされたって噂で社内は持ち切りなんですよ。田上さん、社長のお知り合いなんですよね? 何かご存じですか?」
「さ、さぁ……お見合い、ですか?」
首を傾げて、瑞希は曖昧に笑い返す。つい先日、そのお見合いの話について耳にしたところだが、どうやら社内では既成事実ってことになってるようだ。
「安達社長になってから、秘書課への転属希望者が増えてるらしいんですが、うちの秘書課は常務のお嬢さんみたいにコネでも無いと難しいらしくって」
「大きな会社も、大変なんですね……」
常務のお嬢さんに、お見合いの話。どちらもとても既視感があるなと思いながら、瑞希はバイト君から登録完了のFAX用紙を受け取る。3台全ての開通作業を終えると、いつも通りに川口を店の入り口までお見送りした。ほんの30分ほどの接客だったが、今日はやけに疲れた気がする。
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