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第十二話・休日の朝
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久しぶりの休日の朝は、心地よい優しい風が吹いていた。息子を後ろに乗せた自転車をゆっくりと漕いでいると、それだけでも十分な気分転換になって、日頃の仕事疲れが癒されていくようだった。
朝から遊びに行った児童館は、同じくらいの月齢の子は全く居なくて、部屋の隅にはまだハイハイも出来ない赤ちゃん連れのママ達が子供をマットの上に転がしながらお喋りしていた。拓也が間違ってそちらの方に行かないよう注意して遊ばせていると、先生がプレーヤーにCDをセットして音楽を流し始める。
やたらリズミカルで陽気な歌が児童館内に響くと、他のママ達はそれぞれに子供を抱っこして、曲に合わせて身体を揺すったり、歌を口ずさみ出していた。示し合わせたかのように同じリズムで動き始めた周囲に、瑞希一人だけが困惑する。
――あれっ、知らないのは私だけってこと?
周りの反応を見る限り、どうやら子連れなら知ってて当たり前的な、とてつもなくメジャーな幼児向けの曲らしい。ということはつまり、Eテレ系ってやつか。家にTVが無いせいで、子供社会から置き去りにされた感がすごい。
曲が流れても何もできずにいる瑞希とは反対に、拓也はニコニコしながら音の聞こえる方に近付いて、プレーヤーの置かれた棚を不思議そうに見上げていた。
「このお歌、拓也は知ってるの?」
きっと保育園でも同じCDを流して貰っているのだろう。次の歌では両手をブンブンと振り回して、手遊びする仕草までしていた。ここの場でアウェー感を感じているのは、どうやら瑞希一人だけのようだった。
赤ちゃん達が順に帰って行くと、児童館には瑞希と拓也の親子だけになった。先生も玩具の消毒をしたりして忙しそうで、かなり遠出して来たのに結局誰とも交流出来ずに終わった。ママ友を作るのは難しい……。
拓也の気が済むまで遊ばせた後、瑞希達も児童館を出た。ここから近い大型スーパーに立ち寄って、食材と日用品類の買い足しをして帰るつもりだった。
駐輪スペースに自転車を停めている時、スーパーに隣接する本屋が目に入る。
――そう言えば、伸也がビジネス誌に載ってるって、恵美が言ってたような……。
ちょっと気になり、拓也を抱っこしたまま本屋に入り、ビジネス雑誌の棚を覗いてみる。仕事サボり中らしきスーツ姿のサラリーマンが並んで立ち読みしている隙間から、恵美から聞いた雑誌の最新刊に手を伸ばした。脚の間に拓也を立たせ、雑誌のページを捲る。
目次から、”これからのKAJIコーポレーションを支える若きCEO”と題打ったインタビュー記事名を見つけた。一年以内に代替わりした新社長ばかりを集めた毎号定番のインタビューシリーズらしく、見開き2ページを使って伸也についての紹介がなされている。
濃紺のスーツで爽やかに微笑む写真が添えられた記事は、彼が渡米していた時の話がメインで、関連会社でのビジネス修行と並行して、休日には語学学校に通って英語の勉強をしたということが書かれていた。
『仕事を覚えて一日も早く帰国したかったから、とにかく毎日必死でしたね』
瑞希に言っていたのと同じ言葉がインタビューの中にもあった。
正直、ドキッとした。そんな人ではないとは分かっていたけれど、心のどこかでは伸也は渡米後にそれなりに充実した気楽な日々を送っていたのでは、という疑いを持っていた。ちゃんと住むところも用意されて、仕事をサポートしてくれる人も傍にいる、そんな甘い環境のアメリカで観光気分な2年間を過ごして帰って来ただけ、そう思っていた。
考えてみれば、伸也が英語が得意だったなんて記憶はない。二人で出掛けている時に外国人旅行者に道を聞かれ、瑞希と一緒に身振り手振りで必死で対応していたくらいだ。
日常会話でさえままならなかった彼が、ビジネス英語を必要とする場に放り込まれた大変さは、瑞希には想像すらできない。
「伸也も頑張ってたんだね……」
思わず声が漏れ、はっとする。周囲からの訝し気な視線を感じ、慌てて雑誌を棚に戻して本屋を出る。子供を抱き抱えて、急ぎ足で隣に建つスーパーへと移動する。
拓也を座らせたカートを押しながら、特売コーナーを中心に回って必要な食材をカゴに入れていく。考え事をしながらでも、1円でも安くお得な物を選ぶ腕を思う存分に発揮していた。
品揃えは良かったけれど価格はそれほど安くはなかったなと、少々不完全燃焼気味に買い物を終わらせた。自転車の後ろカゴに荷物を積み込んでから、拓也を前乗せタイプのチャイルドシートに座らせる。前と後ろ、どちらにも重みが掛かってしまい、ハンドル操作がいつもより安定しない。
途中、自転車の揺れで眠りかける拓也を気にしながら、来た道を戻っていく。
エコバッグと子供を抱えて玄関の鍵を開けると、荷物を先に下してから、完全に眠ってしまった拓也を子供布団へと寝かせる。お昼寝が先になってしまったが、そういうこともよくある。起きたらすぐに昼食にできるよう、買ってきた物と冷蔵庫の中身を照らし合わせていく。
お昼は簡単にチャーハンでいっか、そう思い冷凍しておいた小口切りのネギを冷凍庫から取り出そうした時、鞄に入れっぱなしにしていたスマホからメールの着信音が聞こえてきた。
『明日の朝だけど、鴨井さんが車で行ってくれるから、それに乗ってきて』
秘書が代わりに迎えに来るということは、伸也は仕事が休みという訳ではないようだ。休日でないのなら、朝から瑞希達をどこに連れて行く気でいるのだろうか? 相変わらず、伸也は予定を小出しにして全部を伝えてはくれない。
朝から遊びに行った児童館は、同じくらいの月齢の子は全く居なくて、部屋の隅にはまだハイハイも出来ない赤ちゃん連れのママ達が子供をマットの上に転がしながらお喋りしていた。拓也が間違ってそちらの方に行かないよう注意して遊ばせていると、先生がプレーヤーにCDをセットして音楽を流し始める。
やたらリズミカルで陽気な歌が児童館内に響くと、他のママ達はそれぞれに子供を抱っこして、曲に合わせて身体を揺すったり、歌を口ずさみ出していた。示し合わせたかのように同じリズムで動き始めた周囲に、瑞希一人だけが困惑する。
――あれっ、知らないのは私だけってこと?
周りの反応を見る限り、どうやら子連れなら知ってて当たり前的な、とてつもなくメジャーな幼児向けの曲らしい。ということはつまり、Eテレ系ってやつか。家にTVが無いせいで、子供社会から置き去りにされた感がすごい。
曲が流れても何もできずにいる瑞希とは反対に、拓也はニコニコしながら音の聞こえる方に近付いて、プレーヤーの置かれた棚を不思議そうに見上げていた。
「このお歌、拓也は知ってるの?」
きっと保育園でも同じCDを流して貰っているのだろう。次の歌では両手をブンブンと振り回して、手遊びする仕草までしていた。ここの場でアウェー感を感じているのは、どうやら瑞希一人だけのようだった。
赤ちゃん達が順に帰って行くと、児童館には瑞希と拓也の親子だけになった。先生も玩具の消毒をしたりして忙しそうで、かなり遠出して来たのに結局誰とも交流出来ずに終わった。ママ友を作るのは難しい……。
拓也の気が済むまで遊ばせた後、瑞希達も児童館を出た。ここから近い大型スーパーに立ち寄って、食材と日用品類の買い足しをして帰るつもりだった。
駐輪スペースに自転車を停めている時、スーパーに隣接する本屋が目に入る。
――そう言えば、伸也がビジネス誌に載ってるって、恵美が言ってたような……。
ちょっと気になり、拓也を抱っこしたまま本屋に入り、ビジネス雑誌の棚を覗いてみる。仕事サボり中らしきスーツ姿のサラリーマンが並んで立ち読みしている隙間から、恵美から聞いた雑誌の最新刊に手を伸ばした。脚の間に拓也を立たせ、雑誌のページを捲る。
目次から、”これからのKAJIコーポレーションを支える若きCEO”と題打ったインタビュー記事名を見つけた。一年以内に代替わりした新社長ばかりを集めた毎号定番のインタビューシリーズらしく、見開き2ページを使って伸也についての紹介がなされている。
濃紺のスーツで爽やかに微笑む写真が添えられた記事は、彼が渡米していた時の話がメインで、関連会社でのビジネス修行と並行して、休日には語学学校に通って英語の勉強をしたということが書かれていた。
『仕事を覚えて一日も早く帰国したかったから、とにかく毎日必死でしたね』
瑞希に言っていたのと同じ言葉がインタビューの中にもあった。
正直、ドキッとした。そんな人ではないとは分かっていたけれど、心のどこかでは伸也は渡米後にそれなりに充実した気楽な日々を送っていたのでは、という疑いを持っていた。ちゃんと住むところも用意されて、仕事をサポートしてくれる人も傍にいる、そんな甘い環境のアメリカで観光気分な2年間を過ごして帰って来ただけ、そう思っていた。
考えてみれば、伸也が英語が得意だったなんて記憶はない。二人で出掛けている時に外国人旅行者に道を聞かれ、瑞希と一緒に身振り手振りで必死で対応していたくらいだ。
日常会話でさえままならなかった彼が、ビジネス英語を必要とする場に放り込まれた大変さは、瑞希には想像すらできない。
「伸也も頑張ってたんだね……」
思わず声が漏れ、はっとする。周囲からの訝し気な視線を感じ、慌てて雑誌を棚に戻して本屋を出る。子供を抱き抱えて、急ぎ足で隣に建つスーパーへと移動する。
拓也を座らせたカートを押しながら、特売コーナーを中心に回って必要な食材をカゴに入れていく。考え事をしながらでも、1円でも安くお得な物を選ぶ腕を思う存分に発揮していた。
品揃えは良かったけれど価格はそれほど安くはなかったなと、少々不完全燃焼気味に買い物を終わらせた。自転車の後ろカゴに荷物を積み込んでから、拓也を前乗せタイプのチャイルドシートに座らせる。前と後ろ、どちらにも重みが掛かってしまい、ハンドル操作がいつもより安定しない。
途中、自転車の揺れで眠りかける拓也を気にしながら、来た道を戻っていく。
エコバッグと子供を抱えて玄関の鍵を開けると、荷物を先に下してから、完全に眠ってしまった拓也を子供布団へと寝かせる。お昼寝が先になってしまったが、そういうこともよくある。起きたらすぐに昼食にできるよう、買ってきた物と冷蔵庫の中身を照らし合わせていく。
お昼は簡単にチャーハンでいっか、そう思い冷凍しておいた小口切りのネギを冷凍庫から取り出そうした時、鞄に入れっぱなしにしていたスマホからメールの着信音が聞こえてきた。
『明日の朝だけど、鴨井さんが車で行ってくれるから、それに乗ってきて』
秘書が代わりに迎えに来るということは、伸也は仕事が休みという訳ではないようだ。休日でないのなら、朝から瑞希達をどこに連れて行く気でいるのだろうか? 相変わらず、伸也は予定を小出しにして全部を伝えてはくれない。
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