おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美

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第四十二話

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「成人……つまり、大人になったら、ってことだよね? 脇田君が大人になるのを、誰かが待ってる」
「俺が、大人になったら……」

 同級生だけど誕生日の早い北斗は後二か月すると十八歳になる。この国では成人の年齢だ。煙草やお酒は二十歳からだけど、十八歳には選挙権も得るし、結婚も可能になる。
 なぜかは分からないが、夜中の声の主は彼が大人になるのを待ち望んでいる。
 すると、大人になるというワードに、北斗が何かをハッと思い出したように息を飲む。

「……俺、あの日、誰かに『大人になるまで待って』って自分で言ったかもしれない」
「じゃあ、もうすぐっていうのは誕生日のことを指してたんだ」

 ただ、何に対してそう答えたかまでは思い出せないと、北斗は顔を歪める。

「八神さんのお婆ちゃんが、あの事件の後に凄い剣幕で学校へ乗り込んできてたって聞いたんだけど、やっぱあそこは何かあるんだよな……?」

 怯えるように眉を寄せた北斗は、気弱な声で聞いてくる。
 相談相手に美琴を選んだってことは、端から彼も声の主がヒトでないと考えているのだ。得体の知れないモノが相手だと確定してしまい、発狂しそうになるのを押さえるべく、テーブルに肘をついたまま両手で頭を抱え始める。
 視えないものは怖い。視えるようになった美琴だって、正体の分からないものは恐ろしく感じる。
 記憶がないとは言え、幼い頃に不可思議な体験をしている北斗が怯えて当然だ。

 美琴はブレザーのポケットから折り畳んだ護符を取り出して、北斗の前へ差し出した。普段からお守り代わりに持ち歩いている、除霊用の護符。
 相手の正体がはっきりしないから効果があるとは言い切れないけれど、気休めにでもなればいい。

「これは窓の近くに貼っておいて。あとね――」

 言いながら、左手首に嵌めていたブレスレットを外し、それを北斗へと手渡す。
 サイズフリーなゴム紐で綴られた天然石の数珠は、男子が付けるには少し可愛い色合いかもしれないが、今はそんな贅沢は言ってられない。女子力の高い色をしているけど、きっと護符よりも彼のことを直接守ってくれるはずだ。
 美琴自身、数珠に守られた経験があるから、北斗へも常に着けているようにと念を押す。

「あの山のことは、お婆ちゃんが何か知ってると思うから、聞いたら脇田君にも連絡するね。あと、男の子でも着けやすいのをまた用意してもらうから、当面はそれで我慢してくれる? もし何か言われたら、女子からのプレゼントだって自慢してくれていいしさ」

 腕に着けた数珠ブレスレットを、少し恥ずかしそうにしている北斗へ、揶揄うように声を掛ける。
 そうすると、北斗はまたニッと口元を横へ伸ばしていつもの笑い顔を見せた。

 さすがにゴンタのことをこれ以上待たすわけにはいかないと、美琴は自分の分のトレイを持って席から立ち上がる。北斗もこの後は塾があるらしく、残りのドリンクを慌てて飲み干していた。


「……厄介なことになってるんだねぇ。あの山にはタチの悪い奴が住み着いて、昔から悪さばかり繰り返してるっていうからね」
「タチの悪い奴って?」

 家に帰ってすぐ、真知子の姿を屋敷中探し回り、離れで翌日のオニギリの具材を仕込んでいるのを見つける。
 明日のセットに入るのは生姜の効いた豚味噌らしく、厨房内に漂っている味噌と生姜の香りだけでお腹が鳴りそうになってきた。ちなみに、真知子は豚味噌を具にする時は海苔ではなく大葉で包むから、一口かじっただけでもいろんな香味が一度に楽しめるのだ。

 帰って来たばかりの孫娘の為に、ささっとオニギリを二つ握ってから皿に乗せ、真知子が奥の和室スペースへ行くように促してくる。
 店で出しているよりは少し小さめなのは、夕ご飯に響かないようにとの配慮なのだろう。握りたてで温かいオニギリの具はただの梅干しだったけれど、お腹がペコペコの美琴には格別に美味しく感じた。
 さっき食べたポテトなんて、とっくに消化されている。まだまだ成長期真っ只中だ。

「あそこは祓い屋を喰うあやかしが牛耳っている山だよ。封印しに入っていった者はこれまで何人も行方知らずさ」
「祓い屋をって……えっ、人喰いってこと?!」
「ああ、特に力の強い者が狙われるらしく、代々うちの人間は近寄るのもご法度とされている。けれど、祓い屋に限らず、少しなりとも力を持った人間は存在する。あの事件で攫われたのはおそらく、そういう子達だったんだろう」

 北斗が他の子とは別の場所で発見されたのは、そのあやかしから一番気に入られたからなのだろうと、真知子はポットから急須へお湯を注ぎ入れながら言った。
 しばらく蒸らした後、二客の湯呑にお茶を注いでいく。湯気の立つお茶は開店時に無料提供している玄米茶。ほんのりと香ばしい風味が塩気の効いたオニギリとよく合う。

「しかし、喰うのなら何年も待つ必要はない。成人するのを待っているということは、婿取りするつもりなのかもしれないな……」
「――へっ⁉ む、婿っ⁉」
「ああ、あそこにいる猿神というあやかしは、里に下りて気に入った男を攫うと言われている。力を吸い尽くした後は結局は喰うんだろうが、しばらくは婿として傍で囲うらしい」
「脇田君、あやかしと結婚の約束してたんだ……」

 小学生の北斗が『大人になるまで待って』と言ったのは、あやかしに対して咄嗟についた逃げ口上だったのかもしれない。たった九歳でそれを思いつけた北斗は、当時から頭の良い子だった。
 ただ、その言葉を猿神というあやかしはずっと忘れていなかった。
 そして、彼が大人になるのを待っていた。
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