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第二十三話
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屋敷の前に一台のタクシーが停車したのは、美琴達が夕食を食べ終え、真知子が翌日の店に掲げるオニギリのお品書きを記している時だった。
玄関の前で客が躊躇いがちに呼び鈴を押し、ツバキの誘導で離れの方へ移動していくのが、外から聞こえてくる玉砂利を踏む音で確認できる。
「知識のないまま術を行使するとどうなるか、美琴も参考に聞いておくといい」
祖母にそう言われて、美琴も離れの和室スペースへと向かう。
あの禍々しい呪物を作り出した人物の話は確かに聞いてみたいというのもあった。しかし、何と言っても――
――桔梗って人、ネットカフェで住んでるって、ネカフェ難民ってことだよね? え、本当に実在するんだ……
ネカフェ難民なんてものは、マスコミが大袈裟に面白がって作り上げた存在だとばかり思っていた。どういう人がどういう経緯でその生活に陥ったのか、純粋に興味が湧き上がる。
時代によっては八神家と並ぶくらい力ある祓い屋だった鴨川家の子孫が、なぜ故そんな風になってしまったのか。
美琴の大きな期待をよそに、離れの和室でマリーの隣で俯きがちに正座して待っていた鴨川桔梗こと、鴨川紀仁は見た目も普通な男性だった。
パーカーにチノパンという、これといって特徴のないどこにでもいそうなカジュアルな装い。少し伸びた長めの髪はヘアケアを怠っているのか艶は足りないが、別に清潔感が無いというほどでもない。
傍らに置いている大型のリュックの中身が気になるところだが、まあ、そのくらいだ。
真知子の姿が見えると、タヌキ占い師が「ご協力ありがとうございます」とでも言いたげに、にこやかに笑顔を見せた。
ツバキからの連絡を受けてすぐにネットカフェへ駆け付けたマリーは、桔梗を見つけると無理矢理にタクシーへ乗せてここへ連れて来たらしい。
「私のところへ相談にいらっしゃった方が、彼のことを霊感商法で訴えつもりのようなので、急がなければと思いまして」
「お、俺はそんなつもりじゃ……」
車の中で一通りの説明は受けたらしい桔梗は、顔色を完全に失っていた。
「あれはそういう物では無くて……悪いものを取り除いてくれるって、先祖が残した文献には書いてあったんです。だから、俺は――」
首を振って言い訳する桔梗のことを、真知子は仁王立ちして冷ややかな視線で見下ろしている。自分の過ちを指摘されてもなお、反省の色が見えないことが気に入らないのだろう。
美琴はそんな祖母の横へと静かに座って、真正面から桔梗の様子を眺めていた。
「あれは生半可な知識だけで手を出していいもんじゃない。祓いの基礎すら分かっていないから、こうやって人様に迷惑をかけることになったのを覚えておきな」
言いながら真知子がゆっくり座布団の上に腰を下ろすと、いつの間に用意していたのかツバキが四人の前に湯気の立つ湯呑を並べていく。
さすがにこの時間だからと、カフェインの少ない番茶を選んで淹れるところがツバキの家事能力の高さだ。
「確かに、あれは本来は悪しきものを封じる術だ。けれど、封じる器にだって許容量があるってことを忘れちゃいけない。あんな小さなお猪口で、何が封じられるって言うのかい? 呼び寄せて入りきらなかったモノが、周りにどんどん集まり続けている状態なんだよ。そうなってくると、ただの呪物でしかない」
「そもそも、お猪口には封じる為の蓋すらないですからね」
お盆を横に置き、部屋の隅に待機していたツバキが補足を加える。それには真知子も「その通りだ」と大きく頷き返していた。きちんと基本を習得していれば起こりえない間違い。
「じゃあ……俺が作った物は、本当に人に迷惑を……?」
「術を単なるまじないのように気軽に扱うから、こんなことになるんだ」
「先祖が祓い屋だったってのは、本当だったんだ……ただの虚言かと思ってた……」
「なんだい、そこからかい? まったく、鴨川の家は何をやってたんだ」
桔梗は手に入れた安物の陶器へと、先祖が残した文献を手本に陣を記し、占いで出会った客に開運グッズだと言って売り捌いたことは認めた。ただ術の効力自体はそこまで信じていなかったようだ。
「手相を見るだけでは不安そうにしている客は、ちょっと勧めるだけで簡単に買ってくれたんです。そんな高額じゃなかったし、売った翌日にまた来て、すごく効果があったって言われたりすることが何度かあったから、大丈夫だと思ったんですけど……」
「そりゃあ、最初は周りの悪いものが封じられて、実際にも楽になってただろう。けれど、器の容量を越えた後は周りに溢れる一方さ」
本人はちょっとした工作感覚で作っていたようだが、無自覚ながらも力を込めてしまっていて、記された陣がしっかり機能したことが原因だ。偶然にも術を行使してはいたが、おそらく彼自身は視えない側の人間なのだろう。
美琴は入口で好奇心旺盛な表情で覗き込んでいるアヤメとゴンタの方をちらっと見る。
どう考えても桔梗には、あの二体のことが視えてはいない。あれらが視えていたら、そんな冷静でいられるわけがない。
さすがにマリーは鬼姫と妖狐の存在に慄いて、視線をわざと合わさないよう背けていたが。
玄関の前で客が躊躇いがちに呼び鈴を押し、ツバキの誘導で離れの方へ移動していくのが、外から聞こえてくる玉砂利を踏む音で確認できる。
「知識のないまま術を行使するとどうなるか、美琴も参考に聞いておくといい」
祖母にそう言われて、美琴も離れの和室スペースへと向かう。
あの禍々しい呪物を作り出した人物の話は確かに聞いてみたいというのもあった。しかし、何と言っても――
――桔梗って人、ネットカフェで住んでるって、ネカフェ難民ってことだよね? え、本当に実在するんだ……
ネカフェ難民なんてものは、マスコミが大袈裟に面白がって作り上げた存在だとばかり思っていた。どういう人がどういう経緯でその生活に陥ったのか、純粋に興味が湧き上がる。
時代によっては八神家と並ぶくらい力ある祓い屋だった鴨川家の子孫が、なぜ故そんな風になってしまったのか。
美琴の大きな期待をよそに、離れの和室でマリーの隣で俯きがちに正座して待っていた鴨川桔梗こと、鴨川紀仁は見た目も普通な男性だった。
パーカーにチノパンという、これといって特徴のないどこにでもいそうなカジュアルな装い。少し伸びた長めの髪はヘアケアを怠っているのか艶は足りないが、別に清潔感が無いというほどでもない。
傍らに置いている大型のリュックの中身が気になるところだが、まあ、そのくらいだ。
真知子の姿が見えると、タヌキ占い師が「ご協力ありがとうございます」とでも言いたげに、にこやかに笑顔を見せた。
ツバキからの連絡を受けてすぐにネットカフェへ駆け付けたマリーは、桔梗を見つけると無理矢理にタクシーへ乗せてここへ連れて来たらしい。
「私のところへ相談にいらっしゃった方が、彼のことを霊感商法で訴えつもりのようなので、急がなければと思いまして」
「お、俺はそんなつもりじゃ……」
車の中で一通りの説明は受けたらしい桔梗は、顔色を完全に失っていた。
「あれはそういう物では無くて……悪いものを取り除いてくれるって、先祖が残した文献には書いてあったんです。だから、俺は――」
首を振って言い訳する桔梗のことを、真知子は仁王立ちして冷ややかな視線で見下ろしている。自分の過ちを指摘されてもなお、反省の色が見えないことが気に入らないのだろう。
美琴はそんな祖母の横へと静かに座って、真正面から桔梗の様子を眺めていた。
「あれは生半可な知識だけで手を出していいもんじゃない。祓いの基礎すら分かっていないから、こうやって人様に迷惑をかけることになったのを覚えておきな」
言いながら真知子がゆっくり座布団の上に腰を下ろすと、いつの間に用意していたのかツバキが四人の前に湯気の立つ湯呑を並べていく。
さすがにこの時間だからと、カフェインの少ない番茶を選んで淹れるところがツバキの家事能力の高さだ。
「確かに、あれは本来は悪しきものを封じる術だ。けれど、封じる器にだって許容量があるってことを忘れちゃいけない。あんな小さなお猪口で、何が封じられるって言うのかい? 呼び寄せて入りきらなかったモノが、周りにどんどん集まり続けている状態なんだよ。そうなってくると、ただの呪物でしかない」
「そもそも、お猪口には封じる為の蓋すらないですからね」
お盆を横に置き、部屋の隅に待機していたツバキが補足を加える。それには真知子も「その通りだ」と大きく頷き返していた。きちんと基本を習得していれば起こりえない間違い。
「じゃあ……俺が作った物は、本当に人に迷惑を……?」
「術を単なるまじないのように気軽に扱うから、こんなことになるんだ」
「先祖が祓い屋だったってのは、本当だったんだ……ただの虚言かと思ってた……」
「なんだい、そこからかい? まったく、鴨川の家は何をやってたんだ」
桔梗は手に入れた安物の陶器へと、先祖が残した文献を手本に陣を記し、占いで出会った客に開運グッズだと言って売り捌いたことは認めた。ただ術の効力自体はそこまで信じていなかったようだ。
「手相を見るだけでは不安そうにしている客は、ちょっと勧めるだけで簡単に買ってくれたんです。そんな高額じゃなかったし、売った翌日にまた来て、すごく効果があったって言われたりすることが何度かあったから、大丈夫だと思ったんですけど……」
「そりゃあ、最初は周りの悪いものが封じられて、実際にも楽になってただろう。けれど、器の容量を越えた後は周りに溢れる一方さ」
本人はちょっとした工作感覚で作っていたようだが、無自覚ながらも力を込めてしまっていて、記された陣がしっかり機能したことが原因だ。偶然にも術を行使してはいたが、おそらく彼自身は視えない側の人間なのだろう。
美琴は入口で好奇心旺盛な表情で覗き込んでいるアヤメとゴンタの方をちらっと見る。
どう考えても桔梗には、あの二体のことが視えてはいない。あれらが視えていたら、そんな冷静でいられるわけがない。
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