聖女など誰がなりたいと言った。

紫月夜宵

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聖女など誰がなりたいと言った。

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「聖女ユリ、あなたのこの世界を救うための献身的な祈りに心打たれました。
元の世界に戻らず、私と一緒にこの世界で生きてはくれませんか。」

キラキラしたおとぎ話に出てくるような美男子が跪いて求婚もどきをしているのを、内心半目で見ているがそんなことお首にも出さない私は、この国、いやこの世界で聖女と呼ばれている。

私はこの世界とは別の日本と言う国の小市民だった。

ある日、急に目の前が真っ白になって、気づけば中世ヨーロッパの様なお城の一室にいた。

聖女降臨だと周りが叫ぶ中、茫然自失だった私は名前を聞かれて咄嗟に名前の一部だけ名乗った。
普段よく呼ばれてるあだ名で、いたずらでそう名乗る事もあったからすんなり口から出たのだ。
でもそれは良かったのかもしれない。
だってよくある小説だと、真名で縛って帰らせない様にしたりコキ使ったりするのがあるから。
私の常識が通じるかわからないし、自分の使命?ってのが終わってすんなり帰してくれるかもわからない。
そもそも帰りが確保されているのやら。
多分そんな不安もあってか咄嗟にそう名乗っていたのだと思う。

とりあえずは休めるところに行かされて、今後の事は明日以降だと言われた。
部屋に1人にしてもらい、今後の事を考えていると頭の中に声が聞こえた。
声の主は女神らしい。
私は正真正銘、この世界で聖女と言われる存在で100年に一度召喚されて、世界の瘴気の塊が漂う場所に行って浄化するのが使命らしい。

はっきり言ってそんな事知った事ではない。
そしてどうでもいい事だった。

それよりも女神に自分は帰れるのか、帰れるなら召喚された日に帰れるのか、今までの聖女はどうしたのか、なぜ聖女の召喚が必要なのか、浄化とは何か、自分に備わる能力ついて、聖女の使命は拒否できるのかなどなど。

不安を解消しようとする心のせいか捲し立てていた。
順序も何もない、ただ元の生活に戻れる為に言いたいことは口に出していた。
細かいところまで根掘り葉掘り質問した。
最終的に女神の持つ知識を全て言うように脅した。

なぜ脅したかって?

だって自分の今後がかかっているんだ、そりゃ必死になるさ。
それに聖女召喚なんて神聖化してても、私からすればこちらの事を何も考えない身勝手なただの誘拐でしかない。

お前はただの誘拐犯だ、言うこと聞かねば死んでやる、呪ってやる。
そんな風に殺意を発しながら、たまたま持っていたナイフを首元に当てて脅してやった。

女神もびっくりしたようだ。
自分が導けば言うことをきくと思ったのか、私の本気の殺意に慄いていた。
そんな感情受けたことないのだろう。
いい経験したと私に感謝すれば良い。

自分の世界を異世界の聖女1人を勝手に攫ってきて使命を負わす様なクソ女神だ。
神だなんだ言ってもレベルが低いと踏んだ。
それに神とて信仰がなければ弱いのだ。
聖女と言う能力の高い神に近い存在から否定され、無視されれば女神にもダメージが必ずあると踏んだ。

その賭けに私は勝った。

私はここに来た時点で聖女としてのチートとも言うべき能力が備わっていた。
「お前が私の言う事を聞かねばこの世界を滅ぼす。だが、聞くのであれば救う。」
そんな風に言われれば、そこまで強い能力のない少し気弱な女神は屈した。

女神がプライドの高いハイスペックなタイプだと無理だったが、運は私に味方した。
元々自分の世界だけで完結できないところを、女神自身もどこか負い目に思っていた様だったのでラッキーだった。

瘴気に犯され、もう幾許も余裕がないこの世界を救うには私が必要なのだから。

私がダメなら「はい、次。」とはいかないらしい。
まず女神にそうほいほい何人も連れて来られる力がない。
それに聖女も適性があるらしく、こちらの世界との波長が合うなど条件もそれなりにいる。
なので100年に一度の召喚もそれくらいの頻度でなければ、異世界から条件にあった者を連れて来れないのだ。

次の日から聖女生活がスタートした。
それと同時に私の周りに色んなタイプのイケメンがウロウロする様になった。
護衛と浄化の旅のパーティーメンバーらしい。
適当に当たり障りのない感じで、丁寧に対応はしておいた。
喜び過ぎず戸惑ってる感じで。
この世界を知らない私には今は積極的に敵を作るのは悪手だったから。
まぁクソ女神は服従させたが。

2週間ほど聖女として手ほどきと最低限の知識を詰め込んで、浄化の旅に出た。

本来なら最低でも1、2ヶ月は様子を見るそうだけど、私が粛々と従っていたから最短で旅に出ることになった。
普通だと理解するまで時間かかるし、訳の分からない旅に行かされるのもいやだと拒否する者も過去にはいただろうけど、私は冷静で聖女の役割を理解していると見られたから。

それに適性度も高く、聖女としての能力も高かった。
これはそう言った異世界漫画や小説が流行っていた故郷のお陰だろう。
特に悪役令嬢逆ざまぁ 系とかよく読んでいた。

内心さっさと終わらせたかったから、最短で旅に出れたのは良かった。

ちなみに浄化の儀式は人それぞれで、その人のインスピレーションがモノを言うらしく、派手で大層な儀式も有れば、静かなモノもある。
どんな儀式でも浄化できれば、女神からお告げがあるので問題ない。

私は極力目立ちたくないから静かで夜の帳に溶け込む様なものにした。
皆んなが寝静まっているうちにサッと済ませて、朝一に女神にお告げをさせるスタイル。
周りにごちゃごちゃ人がいるのが鬱陶しかったから、眠りの魔法を使って周り一帯の生き物(人も含む)眠らせて行った。

眠りの魔法のイメージはポケットなモンスターのフウセン系モンスターの歌声だ。
ちなみにアニメバージョン。

パーティーメンバーには1人の方が集中できるし、皆んなには旅の疲れをとって欲しいから私1人で行っていると伝えた。
勝手に相手を思いやる優しい健気な聖女とインプットされた様だった。

「人って自分の思いたい様に勝手に妄想するよね。」

そんな様子にそんな気持ちしか持たなかったけれど。

ただ、何人かは私の身を案じているから一緒に儀式を見守りたいとか面倒な事喚いてた。
毅然な態度でお断りしたけど。
「これは私の使命ですから。」とね。
あと女神利用して私の思う通りにさせる様に告げさせた。
女神様様ね。

この世界には所謂、魔王というものは存在しない。
ただ瘴気に当てられた獣や人が暴走することがある。
だから浄化が必要らしい。

ただ一度瘴気に当てられて暴走したものは、例え浄化できても、長く生きられない。
残りの生命力は瘴気の濃さや蝕まれていた時間によって変わるみたい。

この世界の聖女は基本1人。
召喚された国は建国に聖女が関わっているらしい。
だから基本的に召喚されるのはその国。
パーティーメンバーには各国の高位令息や王族が混ざっているらしい。
中心は召喚された国だけど。

パーティーメンバーの中で特に近付いて来たのは召喚された国の第3王子。

第1王子は王太子、第2王子はそのスペアだから第3王子にお鉢が回って来た様。
敬虔な女神の信者でもあったからこの旅に選ばれたのは純粋に名誉らしい。
まだ若くて弟みたいで、心は許さないけれどマシな方の人間だった。

ちなみに私は18、9歳と思われている。
この世界の成人の年齢が何歳かわからないかったけれど、成人は超えているとだけ伝えた。
その上で「女性の年齢を不躾に聞くのが貴方達の作法なのか?」と不満そうに聞けばそれ以上は突っ込んで来なかった。

20歳そこそこの小娘と思われていれば勝手にこちらを舐めてくれるだろう。
それは隙が生まれるのと同意義だ。
日本人の顔は西洋系の顔の人から見れば幼く見える事を知っているから、その顔と成人を超えているとの情報で18、9歳と判断された様だ。(この世界の成人は基本的に18歳らしい。)
その年齢でも違和感は持たれなかった。
向こうから見れば幼い容姿と裏腹に冷静な態度から少し不思議に見られたけれど。

約1年をかけて強行軍で駆け巡り、数日前に最後の瘴気溜まりを浄化した。
これから元の国に戻って報告をして終わり。

1週間後国に戻って王の間で報告会。
一応聖女は世界で女神の次に尊いので、下手に畏まった態度はせず、まぁ無難な態度で王との面会と報告を行った。

パレードを行いたいと言われたが、目立ちたくないからお断りした。
あと自分の顔をあまり大々的に知られたくなかったから、旅の間も基本的にはローブやベールを着て顔を隠していたくらいだ。
パレードなんて冗談じゃない。
ただ自分に課された使命を仕方なくやっていただけ。感謝するのは勝手だけれど、余計なことはしたくない。

それならば世界中の重鎮が集まる、報告会を兼ねた夜会の出席だけは!と縋られたからそれだけは渋々了承した。
勝手に慎ましやかな聖女だと思われたみたいだけれど。


その夜会の当日。

私は聖女としての簡素なドレスに白いローブを着て出席した。

夜会が始まる4時間前に王宮の侍女たちが私に割り当てられている部屋にお高いドレスやアクセサリーと共に突撃して来た。

が、煩わしいので逃げた。

侍女が持ってきたのは3種類のドレスで、その色合いはパーティーメンバーの中のある3人を彷彿とさせるもので、反吐が出そうだった。
サイズは召喚されてすぐくらいに聖女の衣装のためにサイズを測られたから、そこから作ったのだろう。

その3人はこの半年程度で私の周りを特にうろつく鬱陶しいメンバーで、あからさまに口説いてきた要注意人物だった。
身分も高く見目もいいので自信があるのは良いが、私からすれば人を勝手に神聖視するナルシストの独りよがりにしか見えなかった。

残念イケメンってこう言う奴か。
その程度の認識だ。

普通の感性なら異世界に1人で放り出されて、聖女と祭り上げられ過酷な旅に出されているのだから、コロッとなっても不思議ではない。
私も10代の何も知らない子どもだったら騙されただろう。
だが私は多少の人生経験とチート級の能力を持ってクソ女神を脅す様なタイプなのだ。
(なりふり構っていられなかったからそんな事をしたが、元々は一般小市民だ。)

打算も見えるそんな甘言に騙されるなんて冗談じゃない。
しかも自分のスペックに自信があるから、それに靡かない私を毛色の違う珍獣の様な物珍しさで見ているのも感じるから余計に嫌だ。

私を召喚した国の国王が聖女による浄化の旅が無事に終わったことを宣言して、夜会が始まった。

ちなみに私は王族のいる高い位置に座り、表面上微笑みながら過ごしていた。
挨拶されれば返すけれど、それだけ。
打算を多分に含んだ醜悪な連中がいっぱいだったけれど。

私はベールで半分近く顔を隠していた。
顔の印象をぼやかしておいて表情を出来る限り読ませないようにするため。
あと勝手に妄想して神聖化する人のイメージを壊さないようにしていた。

まぁ大半は見たくもない面を出来る限り見ないようにする為だけど。

そういえば妙齢の令嬢を連れた親子には特に意識されたっけ。
にこやかに見せかけた多分の毒を含んだ言葉も浴びせられたな。
大方、私の旅に同行した連中の妻の座を狙っている者達だろう。

まぁ気持ちはわかるが、こっちとてそんな面倒な奴らがウヨウヨしてて迷惑してるんだ。
私に八つ当たりせずに引き取ってくれるならさっさと引き取ってくれ。
あと何で直接そいつに言わないんだ。
本当にめんどう。

内心どでかいため息をついていた矢先、私の感覚的に宴もたけなわな雰囲気の中、夜会会場の真ん中急に出てきて声を張り上げた者が現れた。

私の周りにうろついていたバカだ。
俺様系の一番のバカだ。
所属してる国は大きい方で、軍事力に長けた国の大公家のバカ殿だ。

ちなみにチートな私からすれば力押しの文句の多いお坊ちゃんでしかない。
物語で言うところの勘違い系勇者かな?
あんなんが軍の上に立てば軍事力は低下するだろう。
だってただ人数と力だけでは犠牲も多くなる。もちろん数の暴力と言うものはある。
けれど、自軍の犠牲を最小限にとどめ最大限に相手を潰す様にしないと下手すれば泥沼だ。

そんなバカに続いて声を上げたのは、頭でっかちな自己陶酔系バカだ。
単純な知識の詰め込みは出来るんだろう。
だけど応用が効かない定型文しかアウトプットができないタイプ。
俺様系バカは脳筋寄りだが、こいつは自分は賢い、自分は正しいと思い込んでる石頭系バカだ。
メガネを神経質に上げるのも中身を知っていると滑稽に見える。
ちなみに私は物語だと学者タイプが好みだが、リアルではあまりお近づきたくはない。

だって、大体こう言うやつは周りを見下しているところから入るんだ。
それを矯正するには、嫌味をかなり浴びせられるのにわざわざ耐えないといけない。
最初から心折ると立ち直れないことが多いメンタル激弱系が多い。
少しずつこちらの実力を認めさてから、あっさり超えていくなんてめんどうでしかない。

そいつの国は中規模だが魔法使いが多い国。
頭の良さと難解な術式を作り上げるのを至高としている。
だから私のような無詠唱や術式を簡略化するのが理解できない。
一番儀式を見せろと煩かったのもこいつだ。

自身は侯爵家出身で国では天才だと誉めそやされていた井の中の蛙。
私の使う浄化も魔術の一つのようなものだから、私を一番に理解できるのは自分だと何故か勘違いしてる。

あ、3人目のバカが出張って来た。

この国の第二王子だ。
そう、旅に同行していた#
第三__・__#王子ではなく王太子のスペアとして国に残っていた王子。

私の浄化の旅は国家どころか世界規模のプロジェクト。
基本的に国へは逐一報告がされているのだ。

その報告に上がる聖女の情報から、自分の中で勝手な聖女像を作り上げていた自分勝手な妄想系バカが、この国の第二王子様だ。

ちなみに第二王子と違って第三王子は若いながらも聡かった。
スペアにもなれない自分の身の振り方を幼くとも考えて、神官の道に進む様に努力していた比較的この世界ではまともな人間だった。
多分聖女の裏の情報、歴史には語り継がれない物語を多少なりとも知っていたのだと思う。
だから私の完璧に近いくらいに偽装していた外面からも負のエネルギーを、憎悪を、嗅ぎ取っていた。
唯一私に感謝と共に“謝罪”を伝えて来たのは第三王子だけ。

打算もあっただろうけれど、謝罪の気持ちを持つと言う事だけでも、一目置くには十分だった。
他の人間は感謝と祈りを捧げても、謝罪なぞはなからなかった。
異世界の聖女が自分達を救うのが常識であって、聖女自身のことなど考えないから。

王太子もまだマシな方だった。
彼はできれば自分達でどうにかできないかと苦悩もしていたから。
でも立場上謝ることはない。できない。
でも会う度にその瞳の奥は複雑さが見え隠れしていた。

ちなみに王は平凡に近い。
女神のお告げ通りに異世界の聖女が現れて救ってくれる。
それが自然の摂理だと信じきっていた。
まぁ100年に一度の召喚では、その時の詳細がどこまで残っているのか、後世に伝わっているかは不明瞭だから、王の様なタイプがこの世界では当たり前普通なのだろう。


今まで召喚された聖女にも家族や友人が居ただろう。
恋人だっていたかもしれない。
年齢が少し上なら婚約者や夫だって。

それなのに本当の味方がいない知らない世界で強固な監視の元、過酷な旅を強いされて自分の中で何かが擦り減る日々に普通の人間が壊れない方がおかしい。

聖女の能力とて一定かどうかもわからない。
能力が低くて苦労したり、逆に高い能力から有頂天になってしまったり。
私は1年程度で終わらせたけれど、何年にも渡っての場合もあったかもしれない。
召喚された年齢も、私は成人してそれなりに経っていたけれど、年端もいかない少女で気弱なタイプだった場合は恐怖でどうにもならない事だってあったかもしれない。

召喚された人の文明がどれくらいのものかはわからないけれど、私の様な現代人は野良犬ですらそれなりに怖いのだ。
それが瘴気に侵された人や獣相手にどうにかしろと言われても…

旅の途中で命を落とす人間がいた場合、心にかなりの影響が出るのは想像しやすい。
ゲームやアニメの様に人が簡単に死んでいく様子を目の当たりにして普通でいられるのってどれくらいだろうか。

そんなことを現実逃避として考えていれば、勝手に始まった目の前の3バカの演説が佳境を迎えていた。
内容なんて聞いてない。
聞く気も起きない。
早く終われよ、恥晒し。そんな気持ちしかない。

「…聖女ユリ、あなたのこの世界を救うための献身的な祈りに心打たれました。
元の世界に戻らず、私と一緒にこの世界で生きてはくれませんか。」
「いや、俺と!」
「いいえ、僕と!」

なんか球根、いや、求婚してきた。
片手をこちらに差し出し跪いて。

ちらっと横にいた王太子、王太子妃、第三王子を見た。
王太子は小さくため息、王太子妃は扇を広げて眉を少し顰めている。
第三王子は今にも頭を抱えそうだ。何とか耐えてるけど。
そりゃ自分の兄がバカやってるからね。
大事な式典でもあるこの場で。
誰が主役だと何の為の会だと思ってるんだ。

さらに目線を移動させると、王はそれは素晴らしい!と今にも拍手喝采をしそうだ。
聖女を取り込めればそりゃ国としてはプラスになるわな。しかも私は表向き従順だし?

王妃はそんな国王を横目に状況を冷静に見定めている。
王妃と王太子妃は冷静なタイプの様だ。
彼女達も同じ女性として思うところがあったのかもしれない。
2人の評価を私の中で少し上げた。

「さぁ、聖女ユリ!この手を取ってもらえないだろうか?」

キンキンラキンに光らせた様な王子が催促してくる。

はぁ、めんどい。
ま、いっか。

「私からのお答えは一つ。」
「それは!」

期待に胸を膨らませたバカどもと、そんなバカどもの嫁の座を狙っていた女性からの視線、各国の重鎮どものプレッシャーがこの場を占める。

「私はこの世界を許さない。
自分勝手に攫ってきたロクでもない者達が治める国や聖女を食い物にするロクでもないバカどもが君臨する世界など。」

朗々と響く声は私のチートで世界中に流されている。
いわゆる全世界LIVE中継ってヤツだ。

「私は女神をも下に置き、聖女など生温い。私は神を超えた存在。
そしてそんな私はこの世界を否定する。
この世界は2度と聖女召喚をできない。
2度と間違いは犯させない。」

私は声にも力を混ぜている。
だから皆んな声も出せずに呆然と聞いているしかない。

「私以外の今までの聖女にも家族があった、友人がいた、恋人がいた者もいた。
それを全て踏みにじって自分達の為に強制的に奴隷の様に働かせて、それを当たり前にしてきたのだ、この世界は。
お前らバカどもからの愛?はっ!そんなチンケな物で私達が負ってきた負担や傷は贖えない!」

驚愕に見開かれる数々の瞳。
噛み合わない様にガタガタと震える口。

「それが尊い犠牲だと言うのならば、お前達にも負わせてやろう。
なに私も悪魔ではない。聖女の代わりに人柱を立てることを宣言する。
人柱だけが犠牲を負えばこの世界の秩序は保たれる。安いものだろう?」

そう、この世界で完結させるのであれば、この世界から犠牲者を出せばいい。
その力を分け与えれば良い。
ちなみに複数形で言ってはないが、人柱が1人だとも名言していない。
殆どが自分以外の人間が犠牲者となる、特に権力者はそう思っているだろう。
頭の中で次の算段を検討している者もいるだろう。

「さて、人柱の選定だが…。」

ゴクリと唾を飲む者、一瞬息を止める者、静かに目を閉じる者、選ばれない様に祈る者。
まぁ反応は様々だ。
と言ってもまだ半信半疑な者や理解が追いついていない者の方が多いけれど。

「と、その前にこれからのこの世界を治める自治のトップを選出する。」

各国を巡って見定めた者達を選出した。
何のために1年をかけて巡ったと思っている。
私のチートなら一瞬でできることはいっぱいなのだから。

私にこの力が備わったのはこの不毛な聖女召喚を終わらせる為なのかもしれない。
私の召喚は実は前回の召喚から100年も経っていないのだ。
この国の国王と周辺国の上層部が瘴気による被害に慄いて召喚を早めたのだ。

この国いやもう自治領の一つになる地域のトップは王太子と王太子妃。その補佐に第三王子と王妃など。
もちろん国王は人柱行きだ。
尊い犠牲者の1人になってもらおうではないか。

あとはまぁこちらに悪感情を抱いた者たちとその家族。貴賤は問わん。
老いも若きも問わん。
第二王子以下の3バカはそいつらの嫁を望んでいた者と一緒に人柱に送ってやる。
一緒に尊い犠牲になれるんだ。幸せなことだろう。

あとは女神信仰の立役者どもも。
聖職者なんて自分達が尊い犠牲になれるのだから、喜びで咽び泣くだろう。知らんが。

恐怖政治?だからなんだ。何とでも言え。
恐怖で縛ってようやく気付くバカどもが多いから仕方ないのだ。
対話でどうにかなる世界ではもうないのだ。
それが無意味だと言うなら、そいつらも尊い犠牲者になってもらおう。

人柱は基本的に10年。
各国どこからでも人柱が見られる様にし、その尊い犠牲の上に立っていることを自覚させる。
私の中で『ギルティ!』となる言動思想をピックアップして、取り込んでいく。
ソイツにそんな考えを持たせた周りも犠牲になる。なので必死で教育する必要性がある。
人数制限はなく、人柱の10年間飢えも乾きもしないが老いはする。
その者の生命力を自浄作用に当ててるから仕方ない。
ちなみに身体的な傷はつかない。だが投げられる言葉によって精神が傷つくことはある。

自分から犠牲になる敬虔な者には特典を与える。内容は教えないけどね。

私はこの世界からは消える。
けれど代わりの眷属は置いていく。
いつも監視されていると思った方が良い。

さて、人数制限のない人柱。
つまり多くのものが貴賤を問わず尊い犠牲になる。
つまり次世代を多く作らなければ、絶滅を辿る可能性がある。
スペアはいくらあっても足りないと言うことになるかもしれない。

生む側の女性にばかり負担をかけるのも可哀想なので、男女問わず産める様にしておく。
オメガバースも考えたけど、良く知らないから諦めた。
知らんものを作っても破綻する可能性が高いからだ。
女同士、男同士、異性同士どれでも子供ができる可能性を付与しておく。
ただし年齢制限を組み込んでおく。
年齢に達しない者を一方的に組み敷けば罰を与えられることにでもしておこう。

私をこの世界に止まらせたい理由の一つに私の力を受け継ぐ次世代を作ると言うものもあった。この世界の安寧の為に。
下手すればあの3バカに共有されて其々の子供を生まされる可能性も高かった。
だからこれは私の復讐と私刑を織り交ぜたものだと理解している。

今は私の言葉、いや神託を全て聞かせる様に口を開かない様にさせている。

私の神託が終われば阿鼻叫喚だろう。
私を恨むものもたくさんだろう。
私を召喚し、信仰を広めた人間にも憎悪が向かうだろう。
その為の人柱でもある。
せいぜい役立ってくれ。

「さて、私はこの世界の住民から見ると目鼻立ちが幼く見られていることは知っている。
だが私は元の世界では成人してから8年以上超え、元の世界に生後半年の愛おしい乳飲み児がいた。もちろん私を愛してくれた夫も家族も友人もだ。
これがどう言うことかわかるか?」

そこで言葉を切り周りを見渡す。
驚愕でこれ以上ないくらいに驚く3バカが見えた。そいつらに懸想している令嬢も。
重鎮とも言える奴らもまさかと言った表情。

「お前達は自己都合で一番[[rb:母親>私]]を必要としている我が子から母親を取り上げたのだ。
下手をすればあの子は死んだかもしれない。
生まれて間もない子供を置いて、書き置きも何もなく忽然と姿を消した私を愛してくれた夫や家族、友人を悲しみのどん底に落とし込む、そんな愚かな事をお前達は私に望んだんだ!!!」

私の怒気に皆慄く。
失神しそうになっているものもそうはさせない。

「そして産後そこまで経っていない私に過酷な旅に行かせた。それがどんなに負担になるか、出産経験者や出産で命を落とした者が身近にいる者ならわかるだろう。」

さっきと一転、静かに語った内容は特に女性から息を呑む音が聞こえた。
王太子妃は泣きそうなのを我慢しているのが見える。
彼女も少し前に王女を産み、自身の母親は彼女の2人目の弟を産んで亡くなっているのは知ってる。
王妃も痛ましいと言った表情が少し伺える。
彼女は王子を3人、王女を1人産んでいるから気持ちがわかるのだろう。
ちなみにこの国の王女は嫁いだ先で妊娠後期らしいからこの場にはいない。

「さて、最初の犠牲にはこいつがふさわしい。あぁ、見たことがあるだろう。
お前達が崇める誘拐犯筆頭女神様だ。
喜べ、この女神様がお前達と共に尊い犠牲になってくれる!」

これ以上ないくらいの驚きだろう。
まさか女神が…と。
だが私はこの女神を一番許していない。
こいつの至らなさで今まで幾人もの犠牲があったのだ。贖うのは今だろう。

もちろん女神様コイツだけを人柱としてもよかった。
今の時代に生きる人々に、過去からの全ての罪を負わせるものそれはそれで問題だから。
だが、自分達が犠牲者になると言う恐怖は、統治するには必要だと思った。
民意や多数決でもない、ましてや権力者が一方的振るう権力ですらない。
その者の思考、思想、言動が左右する。

ははは!

まぁ元の世界の民主主義国家と逆かもしれないけれど、私に犠牲と責任を押しつけたこの世界が悪い。
恨むならこの世界そのものを恨め。

私が罪深いのはわかっている。
清廉潔白なんて口が裂けても言えない。
だが引けないものがある、ただそれだけ。

この世界が人柱と言う自浄作用を上手く使って安寧と一定の秩序を保つか、滅びを迎えるかはこれからの人々の考え次第。

さて、始めよう。
尊い犠牲への感謝と祈りを。
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みんなの感想(1件)

天河 藍
2022.05.13 天河 藍

私も誘拐犯にかける情けはない
ただ 「ユリ」が無事家族の元へ帰れたのかが気になります そっと追記してくれるとホッと出来るんだけど ね

2022.10.11 紫月夜宵

コメントをありがとうございます。
お返事が遅くなりすみません。
確かにそうですね。
一応は私の中では無事に元の世界に帰れたと思っていますが、先のことはご想像にお任せしたいと思います。

解除

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