やみ。

紀之介

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至極当然

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 海外旅行は転送装置を使うに限る。

 飛行機を使うと、時間がかかるし。

 何時間も、狭いシートで過ごすなんて、まっぴらだ。

 ─ 何よりも、料金が安くない。

 ところが、転送装置は違う。

 世界の主要な観光地なら、航空料金の3分の1で、10分もかからずに行く事が可能なのだ。

 金と暇を持て余した金持ちでも物好きでもない私が、海外旅行に、航空機でなく転送装置を選択するのは至極当然な事だ。

----------

「お客様、準備が出来ましたので、ご案内致します」

 私は、オフシーズンを狙って旅行をする主義だ。

 今日も、さして待たされる事もなく、転送装置に案内される。

「それでは、お入り下さい」

 何とか両手を広げられるぐらいの広さの室内に、私は入った。

 その後ろで、扉が静かに閉められる。

「気を付けの姿勢で、床の描かれた円の中にお立ち願えますでしょうか?」

 転送装置の内部は、縦置きした大きな円柱の様な感じだ。

「それでは、転送のスキャンを開始します。目をお閉じ下さい」

 何処かにあるらしいスピーカーから、声が流れる。

 それを切っ掛けに、閉じた目にも明るさが伝わる光が 天井付近に現れた。

 壁に沿った形の光の輪。

 天井から床までゆっくりと降りた輪が、再び天井に戻った時に目を開ければ、そこはもう目的の土地だ。。。

----------

(…こんなに、時間かかったっけ?)

 床まで降りたスキャンの輪が、中々上がってこないなと思い始めた時、光の気配が消えた。

「暫くお待ち下さい」

 室内に響く落ち着いた職員の声。

 目を開けて見ると、室内は真っ暗だった。

「申し訳ございません。トラブルで転送が途中で中断した様で…」

 多分スピーカーがあると思われる方向に、目を向けてみる。

「─ 続きから、やり直させて頂きます」

「…え?」

「お詫びと言っては何ですが、今回の料金は無料と言う事で。」

「ホントですか?」

「3回分の無料券も、進呈させて頂きます」

「し、仕方ないですね。。。」

----------

「因みに…」

 先程から声がする方向に、私は尋ねてみた。

「─ どう言うトラブルが発生したんですか?」

「…転送の理屈は、基本的にはPCのファイル移動と同じです。まずは、移動先にオリジナルの複製を作る。それが終わったら、移動元のオリジナルを削除する。単純に言ってしまえば、そう言う仕組みです。

 今回は、転送先への送り届けは無事完了してるのですが、転送元を消す段階で 不具合が起きまして」

「つまり…どういう事ですか?」

「転送元の存在を消す所から、処理を再開する事になります」

----------

「わ…私、け、消されちゃうんですか?」

「…有り体に言ってしまえば、そういう事です」

 当然の様に とんでもない事を言う職員に、私は声を荒げた。

「それって、殺人じゃないんですか?」

「お客様と全く同じ肉体や記憶を持つ個体が 既に転送先に存在しますから、そういう事ではありません」

「─ でも、転送元の私は…消されてしまうんですよね?」

「転送とは、そう言うものですから」

「な、何故…オリジナルの私が、き、消えないと…いけないんですか?」

「失礼ながら…既にお客様は、オリジナルではございません」

「ど…どう言う意味ですか?」

「お客様が転送装置を利用して頂いたのは、今回が初めてでは ありませんよね?」

「…」

「つまり…1回目の転送で、本来的な意味での お客様のオリジナルの存在は、既に消滅している事になります」

 困惑して、私は沈黙する。

 スピーカーからは、慇懃な声が流れ続けた。

「転送前でも転送後でも、お客様の肉体や記憶 癖に至るまで、まったく失われては いません。

 それが証拠に、今まで転送装置をご利用頂いた後、お客様には 何ら不都合は無かった筈でございます。

 たまたま今回、転送前と転送後の存在を意識したため、混乱しているだけですよ。お客様──」

 とにかく何か言い返さないといけないと思い、口を開こうとする私。

 それより先に、事務的な声が告げた。

「お客様。只今 準備が整いましたので、転送処理を再開させて頂きます。目を お閉じ下さい。」

 有無を言わせず、転送装置が起動を始める。

 私の存在を、消すために。。。
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