上 下
10 / 20

伊吹ちゃんが不機嫌な理由。

しおりを挟む














「明君。貴方はどうしようもない男ですね。」

 怜悧れいりな顔つきに凍えるような眼差しだった。…こわぁ。

 前から後ろからとボングに痛めつけられ、涙ながらにダンジョンから逃げだした僕はやはり伊吹ちゃんに救援を求めていた。

「ゴメンね。いつも迷惑かけて………。」

 僕はすでに正座をしていたが更に頭を深く下げた。…うん、完璧な土下座だ、これ。

「あの時、何て言ってましたっけ? 流石の僕でも小学生には負けないとか何とか。」

「確かにそう言ったね……。僕はボングを少し舐めすぎていたよ。」

 …窮鼠きゅうそ猫をむっていうけれど、追いつめられた獲物ほど恐ろしいものはない。
 僕にはそれがわかっていなかった。

「大見得を切ったくせにボコボコにされて逃げ帰ってくるんですね。」

「うん。自分でも情けないなって思うけど、いい経験になったとも思っている。」

「敗者はすぐに経験という言葉を使いますね。はっきり言いましょう。負けて得られるモノなんて何もないです。」

「そ、そんなことはないと思うよ。自身の欠点とか気づけるし、次こそ勝ってやる! ってモチベーションにも繋がるし……。」

「微々たるものですね。勝って得られるモノに比べればちりみたいなものです。」

「そ、それは流石に言い過ぎだよ。…伊吹ちゃん、今日はいつになく辛辣しんらつだね。」

 伊吹ちゃんの表情が歪む。…うっ 綺麗な人ほど怒ったときは怖い。

 彼女は元トップモデルの母親と東大卒の父親との間に生まれた。

 故に驚くほどの美貌びぼう明晰めいせきな頭脳を併せもっているのだ。

「………。」
「伊吹ちゃん。そろそろ機嫌直してよ?」

 彼女は僕を睨んだまま、沈黙した。…この状況は不味いな。

 学校には密かに暗躍するファンクラブIML(伊吹マジラブ)があって、もし、その会員たちにこの状況が伝われば、僕は袋叩きにされるだろう。

『何でお前だけご褒美もらってんだ!』と。

「信じられません!」

「な、何が信じられないのさ?」

「私のプレゼントをダンジョンに置いてきたことです。」

「ああ。それはホントにごめん。逃げるのに必死で仕方なかったんだ。」

「その割には茜さんのプレゼントは大事そうに持ってるようですが。」

 更に温度は下がった。もう、絶対零度の眼差しと言ってもいいかもしれない。

「こ、この剣を振り回すことで、退路を切り開けたんだよ。」

「それは盾でもできたのでは?」

「それってブーメランみたいに投げるってこと?」

「いえ、シールドバッシュなどの盾で相手を吹き飛ばす技もありますし。」

「ごめん。あの時は必死だったから、そこまで考えが及ばなかったよ。」

 その時だった。―――伊吹ちゃんはいきなり、投げナイフを投擲した。

 そのナイフは僕の顔のスレスレ、数cmのところを通過していく。

「ひっ………。」

 僕の悲鳴と同時に背後でドサッという音がした。

 驚いて振り返ってみると、そこには眉間にナイフの突き刺さったボルグの姿があった。

「注意力散漫です。そんなことでは敵の奇襲を受けますよ。」

「.........あぁ~ビックリした~。てっきり伊吹ちゃんが機嫌を損ねて僕を葬ろうとしたのかと思ったよ。」

「フフッ 馬鹿ですね。いくら、私の機嫌が悪くても幼馴染を殺めたりしませんよ」

「ハハ…そうだよね。ゴメンね、早とちりして。」

 …はぁ 寿命縮んだかも......。
 剣一筋だと思っていたけど、まさか投げナイフの扱いもマスターしていたとはね。
 
「仕方ないですね、明君は。それでは一緒に盾を探しますか?」

「うん。行こうか。おっと……。」

 長い時間、正座していたせいか、足が痺れてまともに立てなかった。

「ここが草原で良かったですね。もし、洞窟型のダンジョンだったら……。」

 伊吹ちゃんは耳元でそう言って不適に笑った。…うん、彼女を怒らせてはいけない。

 僕は立ち上がると、ボングにやられた地点へ向かった。

「盾はここで落としたんですよね?」

「うん......でもないよね。ボングが持って行ったか、ダンジョンが吸収したか。」

 ダンジョンではどういうわけか、一定時間を経過したアイテム、装備品、魔物の死体などは吸収される。後日、宝箱から発見されることもあるので、完全に消失するわけではない。

「前者であるといいのですが。」

「そうだね。もっと広範囲を捜索したいし、二手に分かれようか?」

「ですが......大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。一体なら問題なく倒せるし、
 万が一、襲われて危なくなったら、大声で叫ぶからさ。」

「わかりました。それでは手分けして探しましょう。」

 こうして、僕たちは手分けして黒鉄の盾の捜索にあたることにしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる

遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」 「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」 S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。 村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。 しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。 とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

元勇者のデブ男が愛されハーレムを築くまで

あれい
ファンタジー
田代学はデブ男である。家族には冷たくされ、学校ではいじめを受けてきた。高校入学を前に一人暮らしをするが、高校に行くのが憂鬱だ。引っ越し初日、学は異世界に勇者召喚され、魔王と戦うことになる。そして7年後、学は無事、魔王討伐を成し遂げ、異世界から帰還することになる。だが、学を召喚した女神アイリスは元の世界ではなく、男女比が1:20のパラレルワールドへの帰還を勧めてきて……。

異世界帰りの勇者は現代社会に戦いを挑む

大沢 雅紀
ファンタジー
ブラック企業に勤めている山田太郎は、自らの境遇に腐ることなく働いて金をためていた。しかし、やっと挙げた結婚式で裏切られてしまう。失意の太郎だったが、異世界に勇者として召喚されてしまった。 一年後、魔王を倒した太郎は、異世界で身に着けた力とアイテムをもって帰還する。そして自らを嵌めたクラスメイトと、彼らを育んた日本に対して戦いを挑むのだった。

【悲報】人気ゲーム配信者、身に覚えのない大炎上で引退。~新たに探索者となり、ダンジョン配信して最速で成り上がります~

椿紅颯
ファンタジー
目標である登録者3万人の夢を叶えた葭谷和昌こと活動名【カズマ】。 しかし次の日、身に覚えのない大炎上を経験してしまい、SNSと活動アカウントが大量の通報の後に削除されてしまう。 タイミング良くアルバイトもやめてしまい、完全に収入が途絶えてしまったことから探索者になることを決める。 数日間が経過し、とある都市伝説を友人から聞いて実践することに。 すると、聞いていた内容とは異なるものの、レアドロップ&レアスキルを手に入れてしまう! 手に入れたものを活かすため、一度は去った配信業界へと戻ることを決める。 そんな矢先、ダンジョンで狩りをしていると少女達の危機的状況を助け、しかも一部始終が配信されていてバズってしまう。 無名にまで落ちてしまったが、一躍時の人となり、その少女らとパーティを組むことになった。 和昌は次々と偉業を成し遂げ、底辺から最速で成り上がっていく。

処理中です...