202 / 231
第23章 田口くんのお誕生日
03 やっぱりツイテイナイ
しおりを挟むやはり誕生日はいいことがない。自分のせいではないのに、何故だろうかと自問自答しても、答えが見つかるわけもなかった。
「星音堂の件でいいかな?」
昼前に珍しく、教育委員会事務局長の佐久間が顔を出した。そして彼は、保住の寝癖を見て目を瞬かせてから笑った。
「いいね。それ」
「……ありがとうございます」
褒め言葉でこそあれ、笑われているのも半分。相変わらず不機嫌でむすっとしている保住だ。
「それより。星音堂の件なんだけど。あちこち不具合が多いそうだ。次年度に改修工事を入れたいみたいでね。話を聞いてきて欲しいんだけど」
佐久間の話の内容に保住は田口を見た。星音堂の担当は田口だからだ。
「午後は別件の打ち合わせがありまして……田口だけで大丈夫でしょうか?」
「そうだね。書類はできているみたいだし、後は確認だけしてきてもらえれば……」
そんな話をしていると野原が顔を出した。
「佐久間局長、私が参ります」
「え」
「え!?」
「野原くん、大丈夫なの?」
「予算取りに関わることです。自分の目で見てきます」
彼は頷く。機嫌の悪い保住は反対することもなく黙っていた。
——この調子だと課長と一緒に外勤になるってこと!?
黙ってことの成り行きを見守ってはいても、内心は焦りまくりの田口の気持ちなんて他所に、話は勝手に進んでいった。
「そう? じゃあよろしく。田口くん、よろしくね」
佐久間はにこっと笑うと、田口の肩を叩いた。
——二人? 課長と行くの!? 助け船なし!?
保住は「仕事だ、頑張れ」と言わんばかりの視線。泣きたくなって、田口は血の気が引くのがわかった。そして、そんな彼を見上げて野原はポツンと言った。
「おれも同じ気持ち。安心しろ」
「課長と外勤は嫌です」という気持ちが、当事者である野原に伝わっているっていうことだろう。
——失態。
そんなことは今までなかったのに。どうしたらいいのかわからないくらい焦燥感に駆られているのに、野原はしらっとした顔で「1時に公用車回して」とだけ言って自席に戻って行った。気が付くと、渡辺も谷口も十文字もみんなが田口を気の毒そうに見ていた。
「ご愁傷様」
谷口はぽんと肩に手を乗せた。
***
——やっぱり誕生日はついていない。ついていない。
意識しないようにとすればするほど、ドツボにハマる。
助手席に座る野原の横顔を見ながらため息だ。話すこともないし、戸惑いばかりだ。黙って運転をするしかないのだ。
助手席の野原はただぼんやりと外を見ているようだった。こうして大人しくしていると、優しそうな雰囲気なのに、彼は口を開くと威圧的だ。話し方なのだろうか。別にきつく言われているわけでもないのに、そう感じるのは、彼の言葉がストレートで短いからだろうか。詳しい説明がないからきつく感じるのだろうか。
そんなことを考えていると、野原がふと顔を上げた。
——盗み見ていたことがバレた?
ドキドキするが、そうではないらしい。野原は大して興味もなさそうな表情で田口を見た。
「お前は、なぜ保住のそばにいる」
「なぜって」
「澤井に預けられたから? それともお前の意思?」
「それは……お答えしなければいけないのでしょうか?」
昨晩の出来事の後だ。警戒している。余計なことは言いたくないのだ。田口にしては慎重な言葉を返すと、彼はどんな反応をするのだろうか。
——なにか言われるのだろうか?
そう思ったが彼の反応はあっさりしたものだった。
「いや。おれの興味本位。答えなくていい」
——あれ? 肩透かし。
「では、反対にお聞きします。野原課長は、なぜ振興係がお嫌いなのでしょうか?」
田口の問いに野原は目を細めて首を傾げた。
「嫌いとはなに? 意味がわからない」
「え……」
思わぬ返答に田口が目を丸くする番だ。
「いや。だって、振興係ばかりダメ出しをしていませんか?」
「それは、問題があるから、あると述べているまで」
「ですが。……では、保住係長がお嫌いなのでは?」
野原はますます首を傾げる。
「保住が、嫌い——? どうして?」
——それはこちらが聞きたい。
田口は返答に窮し、言葉を濁す。
「えっと、なんというか。つまり、その」
「お前がなにを言いたいのかわからない。おれは保住の文章の書き方が好きではないだけ。自信があるようだが、はったりも含まれている。確実に決済をもらいたいなら、もう少し慎重な文章作りがいい」
彼の言葉をストレートに受け止めるとすると、普通に文章の精査をしていただけだ——ということになる。しかも通すための直しまでしているということだ。
つまりは、嫌がらせをしているわけではないということ。
「じゃあ、企画書に待ったかけて通さないのって、保住さんが嫌いとかじゃなくて……」
「お前はおれが嫌がらせをしていると思っている?」
じっと見つめられると、田口の方が恐縮してしまった。
「いや。……すみません。そう思っていました。嫌がらせなのかと」
「安易」
彼はため息を吐く。
「保住のことは嫌いも好きもない。槇は保住を巻き込みたいみたいみたいだけど、それはそれの話。おれは自分に課せられた仕事をするだけのこと」
野原は視線を外に戻した。
——そう。きっと、それだけなのだ。彼にとったら、それだけのこと。
一人で被害妄想的に捉えていた自分が浅はかに見える。恥ずかしい。
——槇さんって人とは、随分と印象が違うのだな……。この人に感情はあるのだろうか?
機械的な回答。
正論。
確かに間違ってはいないのに。どこか血の通っていない言葉ばかり。彼は一体なにを考えているのだろうか?
田口はそんなモヤモヤを抱えたまま、車を星音堂の駐車場に入れた。
野原という男は、知れ知るほど、難解な人間であると思ったのだ。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
恭介&圭吾シリーズ
芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる
すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。
かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。
2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。
悩める文官のひとりごと
きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。
そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。
エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。
ムーンライト様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる