田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第23章 田口くんのお誕生日

03 やっぱりツイテイナイ

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 やはり誕生日はいいことがない。自分のせいではないのに、何故だろうかと自問自答しても、答えが見つかるわけもなかった。

星音堂せいおんどうの件でいいかな?」

 昼前に珍しく、教育委員会事務局長の佐久間が顔を出した。そして彼は、保住の寝癖を見て目を瞬かせてから笑った。

「いいね。

「……ありがとうございます」

 褒め言葉でこそあれ、笑われているのも半分。相変わらず不機嫌でむすっとしている保住だ。

「それより。星音堂の件なんだけど。あちこち不具合が多いそうだ。次年度に改修工事を入れたいみたいでね。話を聞いてきて欲しいんだけど」

 佐久間の話の内容に保住は田口を見た。星音堂の担当は田口だからだ。

「午後は別件の打ち合わせがありまして……田口だけで大丈夫でしょうか?」

「そうだね。書類はできているみたいだし、後は確認だけしてきてもらえれば……」

 そんな話をしていると野原が顔を出した。

「佐久間局長、私が参ります」

「え」

「え!?」

「野原くん、大丈夫なの?」

「予算取りに関わることです。自分の目で見てきます」
 
 彼は頷く。機嫌の悪い保住は反対することもなく黙っていた。

 ——この調子だと課長と一緒に外勤になるってこと!?

 黙ってことの成り行きを見守ってはいても、内心は焦りまくりの田口の気持ちなんて他所に、話は勝手に進んでいった。

「そう? じゃあよろしく。田口くん、よろしくね」

 佐久間はにこっと笑うと、田口の肩を叩いた。

 ——二人? 課長と行くの!? 助け船なし!?

 保住は「仕事だ、頑張れ」と言わんばかりの視線。泣きたくなって、田口は血の気が引くのがわかった。そして、そんな彼を見上げて野原はポツンと言った。

「おれも同じ気持ち。安心しろ」

 「課長と外勤は嫌です」という気持ちが、当事者である野原に伝わっているっていうことだろう。

 ——失態。

 そんなことは今までなかったのに。どうしたらいいのかわからないくらい焦燥感に駆られているのに、野原はしらっとした顔で「1時に公用車回して」とだけ言って自席に戻って行った。気が付くと、渡辺も谷口も十文字もみんなが田口を気の毒そうに見ていた。

「ご愁傷様」

 谷口はぽんと肩に手を乗せた。


***


 ——やっぱり誕生日はついていない。ついていない。

 意識しないようにとすればするほど、ドツボにハマる。
 助手席に座る野原の横顔を見ながらため息だ。話すこともないし、戸惑いばかりだ。黙って運転をするしかないのだ。

 助手席の野原はただぼんやりと外を見ているようだった。こうして大人しくしていると、優しそうな雰囲気なのに、彼は口を開くと威圧的だ。話し方なのだろうか。別にきつく言われているわけでもないのに、そう感じるのは、彼の言葉がストレートで短いからだろうか。詳しい説明がないからきつく感じるのだろうか。

 そんなことを考えていると、野原がふと顔を上げた。

 ——盗み見ていたことがバレた?

 ドキドキするが、そうではないらしい。野原は大して興味もなさそうな表情で田口を見た。

「お前は、なぜ保住のそばにいる」

「なぜって」

「澤井に預けられたから? それともお前の意思?」

「それは……お答えしなければいけないのでしょうか?」

 昨晩の出来事の後だ。警戒している。余計なことは言いたくないのだ。田口にしては慎重な言葉を返すと、彼はどんな反応をするのだろうか。

 ——なにか言われるのだろうか?

 そう思ったが彼の反応はあっさりしたものだった。

「いや。おれの興味本位。答えなくていい」

 ——あれ? 肩透かし。

「では、反対にお聞きします。野原課長は、なぜ振興係がお嫌いなのでしょうか?」

 田口の問いに野原は目を細めて首を傾げた。

「嫌いとはなに? 意味がわからない」

「え……」

 思わぬ返答に田口が目を丸くする番だ。

「いや。だって、振興係ばかりダメ出しをしていませんか?」

「それは、問題があるから、あると述べているまで」

「ですが。……では、保住係長がお嫌いなのでは?」

 野原はますます首を傾げる。

「保住が、嫌い——? どうして?」

 ——それはこちらが聞きたい。

 田口は返答に窮し、言葉を濁す。

「えっと、なんというか。つまり、その」

「お前がなにを言いたいのかわからない。おれは保住の文章の書き方が好きではないだけ。自信があるようだが、はったりも含まれている。確実に決済をもらいたいなら、もう少し慎重な文章作りがいい」

 彼の言葉をストレートに受け止めるとすると、普通に文章の精査をしていただけだ——ということになる。しかも通すための直しまでしているということだ。

 つまりは、嫌がらせをしているわけではないということ。

「じゃあ、企画書に待ったかけて通さないのって、保住さんが嫌いとかじゃなくて……」

「お前はおれが嫌がらせをしていると思っている?」

 じっと見つめられると、田口の方が恐縮してしまった。

「いや。……すみません。そう思っていました。嫌がらせなのかと」

「安易」

 彼はため息を吐く。

「保住のことは嫌いも好きもない。まきは保住を巻き込みたいみたいみたいだけど、それはそれの話。おれは自分に課せられた仕事をするだけのこと」

 野原は視線を外に戻した。

 ——そう。きっと、それだけなのだ。彼にとったら、それだけのこと。

 一人で被害妄想的に捉えていた自分が浅はかに見える。恥ずかしい。

 ——槇さんって人とは、随分と印象が違うのだな……。この人に感情はあるのだろうか?

 機械的な回答。
 正論。
 確かに間違ってはいないのに。どこか血の通っていない言葉ばかり。彼は一体なにを考えているのだろうか?

 田口はそんなモヤモヤを抱えたまま、車を星音堂せいおんどうの駐車場に入れた。

 野原という男は、知れ知るほど、難解な人間であると思ったのだ。



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