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第21章 自分の価値

13 梅沢をぶち壊します

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 定刻になった。受講生たちは緊張した面持ちで座していた。ざわざわとしていたホールは、今や立派なプレゼン会場。大きなスクリーンに映し出される資料。受講生たちの座る後ろに並べられている椅子の数に、一同はどよめいた。

「ゲストってなんだよ」

 様々な憶測が飛び交う中、まだ明るい会場内はピリピリとしたおかしな雰囲気に包まれていた。プレゼンテーションの順番は、昼食後にくじ引きで決まった。こういう時の悪運は強いのか、大堀は見事にお尻から二番目を引き当てた。最後のトリだけは免れたいという思いが叶った結果だった。

 バタンと音を立てて顔を出したゲストは、副市長の澤井だった。会場は騒然となる。

「嘘でしょ? 副市長じゃん」

「忙しいのに、こんな研修に来る? 普通」

「ヘマしたら減給もんだ」

 大堀のコメントに天沼や安齋も表情が固い。そして澤井に続いて、何人もの職員たちが入ってきた。最初は誰だかわからないが、ちらほらと自分の上司を見つけた受講生の囁きが耳に入る。

「おれの係長だ」

「やべ。係長じゃん」

 どうやらゲストというのは、各部署の係長クラスらしい。田口はぼんやりとそれらを眺めていると、はったとした。最後に姿を見せたのは保住だったからだ。彼は田口に気がつくと手を振った。

 一晩会っていないないだけなのに、なんだか妙に懐かしい気持ちになって堪らなくなった。こんな研修でなければ、駆け寄ってぎゅっと抱きしめたいところだ。

「お前の上司だな」

 安齋は保住と面識がある。彼に指摘されて田口は頷いた。

「どう言うこと?」

 大堀の呟きに田口は答えた。

「どうやら、遊びを本気にするようだ」

 田口の神妙な顔つきに合わせて天沼もつけ加えた。

「あそこにいるのは観光関係の係長たちだよ。うちの係長もいるってことは、産業関係もいるね」

「教育委員会もだ」

 田口の言葉に安齋が呟く。

「ここでのネタ、良ければ採用って事だな」

 四人が係長たちから眼を離さずに話していると、彼らは椅子に着座した真ん中に座った澤井は最後に来た保住を隣に座らせる。

 ——おれの目の前で、わざわざ? 気にくわない。面白くない。嫌がらせだな。

「怖い顔してるぞ」

 ムッとしていると、ふと安齋に肩を叩かれてはっとする。

「そうか? すまない」

「緊張するなよ。大丈夫だ」

「あ、ああ……」

 田口からしたら、澤井が保住と接点を持ちたいから企画したのではないかと思うくらい馬鹿らしい企画に思えてくる。なんだか真面目に取り組んで来た自分たちは馬鹿みたいだが、澤井がいる目の前で下手なことはしたくない。田口は深呼吸をする。

 ——負けない。絶対に。今の自分の最善を出してやる。

 そう腹に決めた。

『それでは、プレゼンテーションを開始いたします』

 人事課研修係の職員のアナウンスと共に一番目のグループの発表が始まった。こんなサプライズの中、一番に当たったグループは気の毒以外の何物でもない。辿々たどたどしいプレゼンは聞くに耐えない。これも運なのだな、と田口は思った。

 前半に発表を終えたグループのほとんどが地産地消の課題を扱っていた。梅沢特産のフルーツと野菜を掛け合わせたスムージーや、フルーツと餃子の組み合わせ……。半分ゲテモノみたいな食べ物まで飛び出す。また観光地巡りツアーや、ゆるキャラの活用などソフト面を扱ったテーマばかり。
 そんな中、町ごと作り替えてやろうという田口たちのグループは異彩を放っていた。

「梅沢をぶち壊して作り替えます」

 とっかかりの安齋の説明に、会場はざわつく。フロアからは「そんな夢みたいな話」的な雰囲気が漂っていた。

 だがしかし——田口たちのターゲットはフロアではない。これは本気勝負のプレゼンだ。彼らの相手は副市長率いる係長たち。椅子に背を預けて、半分飽き飽きしていた様子だった係長たちは、安齋の一言に身を乗り出した。

 ——掴みはいい感じ。

 天沼にバトンタッチをして、彼が詳しいコンセプトの説明を加える。柔らかい口調の説明は安齋の力強い一言を緩めてくれるた。

「安物買いの銭失いはもうやめませんか?」

 彼の問いを受けて、続いて予算の話に移る。大堀の得意分野だ。彼がまさに日常やっていること。吉岡の側近でいるだけのことはある。上層部が危惧するところは全てフォローの説明を加え、費用対効果についての話を進める。

 机上の空論だからある程度の無理が効くのだ。大堀の予測通り、説明はなんとでもなるのだ。彼のもっともらしい予算の話は筋が通っているせいか違和感がない。

 企業を誘致して金を出させる。そこまで話が及んだ。ターゲットは大企業ではなく中小企業だ。塵も積もれば山となる。大きな企業一つ誘致するのではなく、小さいところを複数個所を誘致して、金を出させるのだ。それが大堀たちの作戦。予算のところで引き付けておくと、実現可能な気がしてくる。

 そして最後が田口の出番だ。

「街並みづくりに合わせて様々なイベント企画を行います」

 田口はそう切り出した。

 町中が星野一郎一色になるのだ。駅前の古ぼけた時計からは彼の作品が流れる。定期的に開かれる、彼をテーマとしたミニコンサートは、駅に設置されたフロアで開催されるのだ。改札口付近にピアノを設置し、いつでもコンサートが開かれるようにする。

「我が梅沢が誇る星野一郎先生と、関口圭一郎先生を中心とした企画を盛り込みます」

 自分の持てる力を存分に発揮した企画の数々だ。最後に田口は深呼吸をしてから並んでいる係長たちを見据えた。

「梅沢の活力を上げていくためには、先行投資なくしてはあり得ません。必ず成果を上げて見せます! どうぞ、ご検討のほどよろしくお願いいたします!」

 彼はそう締めると頭を下げた。今までの緩い感じのそれとは違ったプレゼンに、係長たちは気圧されたように黙り込んでいた。司会をしていた職員も、一瞬ぼんやりとしていたが、はっと我に返って次のグループを指示する。

 それくらい気迫のこもったプレゼンだった。



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