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第21章 自分の価値
12 茶番
しおりを挟む大して減りもしないお弁当を片付けて、田口たちは作業に戻った。研修の企画は、あらかた骨組みが出来上がった。後は彩りをどう考えるかだった。
「お前の出番だぞ」
安齋はそう言ってから、田口に視線を向けてきた。
——おれの出番だと? 本当に、それでいいのだろうか。
この研修で、自分の意義がわからなくなっていた田口は、自問自答しながらみんなを見渡した。安齋、大堀、天沼はみな一様に田口が口を開くのを待っているようだった。
——ああそうか。この仲間は、おれの声を聞いてくれるのだな……。
今まで、自分の意見を言える機会がそうなかった。保住と出会うまでは——。そのおかげで、彼がいないと、元の自分に逆戻りしてしまっていたようだ。だがしかし、ここのメンバーは、田口をこうして尊重してくれているのだ。
田口は自分の中で思いついて、じっと押し黙っていた企画内容をみんなに説明した。昨日から、今の今まで、大した役にも立っていなかった自分だが、他の三人が「それはいいな」と相槌を打ってくれている様子に、いつしか心を開いていることに気が付いていた。
「いいね。さすがだよ。田口」
天沼はにこっと笑みを見せる。それに釣られて、大堀も「はあ」と感嘆のため息を吐いた。
「いや。本当だね。教育委員会の振興係って、大変だ。そんなこと考えてんの? おれ無理かも~」
「いい案だ。さっそくそれを入れ込んでいこう」
素っ気ない安齋からも、そんな言葉をもらうと、なんだか気恥ずかしい気持ちになった。
——いいぞ。お前らしいアイデアだ。田口。
なんだかそこに保住がいて、褒めてくれているような気持ちになった。
四人は、さっそく資料作りをあらかた終え、プレゼンテーションの見せ方について打ち合わせを始めた。このころになると、すっかり準備を終えて雑談をしているグループも見受けられた。
早く進んでいるからいいものでもない。少々焦る気持ちを押さえながらの打ち合わせだった。
「プレゼンのやり方だが、パート毎に人を変えてやろうと思う」
安齋は一同を見渡した。その意見に目を丸くしたのは天沼だ。
「一人でやらないのか? くるくる変わるのってどうなんだろう? おれはてっきり、安齋がやるのがいいと思っていたよ」
安齋は咳払いをする。
「いや、誰か一人がやったほうが、見ているほうは落ち着くのかも知れない。だがしかし、今回はあくまで研修だ。それに、おれたち四人が、議論し、それぞれの持ち味を生かした傑作だぞ。発表者は全員がいいと思うのだが」
田口はなんだか笑ってしまった。安齋という男は、効率性を求める男だと思っていたのだが。そうではないらしい。むしろ、感情に左右される人間味ある男なのだろう。
少々困惑している大堀と天沼を差し置いて、田口は「いいと思う」と安齋の意見に賛同した。
「いいじゃないか。おれたちの集大成だ。みんなに見てもらおう」
二人は、「それもそうだね」と顔を見合わせてから、その意見に賛同の意思を見せた。
「おれが考えた案はこうだ。概要はおれ、コンセプトなどの詳しいところが天沼、予算は大堀、そして、最後のイベント系と、今後の展望とまとめが田口だ」
「お、おれ?」
田口は驚いた。
終わりよければ全てよしという言葉があるように、最後は重要だ。今回は、安齋がリーダー的存在として頑張ってくれていたのだ。当然、ラストは彼がいいと思ったのだ。それなのに、そんな肝要なところを自分に任せると安齋は言っているのだ。
「まとめは安齋がしてくれ」
「いや。おれは、田口がいいと思うのだが。どうだ。みんな」
安齋の提案に、大堀と天沼は意外にも彼の意見に頷いた。
「いいと思う。やっぱりラストは田口だよね」
「しかし……」
狼狽している田口に安齋は笑って見せた。
「みんながいいと言っているのだ。こういう時は、素直にやるものだぞ。田口。いいか? 大堀は口調が軽い。こいつがラストを飾ったら、台無しだ」
安齋の言葉に口をとがらせて、大堀は両手を頭の後ろで組んだが、その顔は笑顔だ。
「ちぇ~って文句を言いたいけどさ。実際、おれもそう思う。おれが最後の締めやったら、軽く『なんちゃって』みたいな感じで終わるんじゃない?」
自分で言っていたら救いようがないものだが、彼は自分のことを良く理解していると言うことだ。安齋は微笑を浮かべてから天沼を見る。
「天沼がやったら、インパクトが薄いだろ」
「そうそう。おれ、説得力ないしね」
「そして、おれがやったら、強引な上から目線で、相手に悪印象だ」
「ぷぷ! それ言えてる~」
大堀と天沼は笑った。
「失礼なことだが、事実だ」
自分で言っておいて、安齋は咳払いをした。
「だからって……」
天沼は笑顔で田口を見る。
「田口のキャラが生かされる時じゃない」
「そうそう。真面目で、実直。田口にまっすぐ見られて頭下げられたら断りにくいよな~」
「そんな」
——そうだろうか。そうなのだろうか。
「プレゼンは日々やっていることだろう。お前に任せるよ」
確かに澤井や保住には随分鍛えられたし、叩かれた。プレゼンだけは負けない。——そうかも知れない。
「わかった」
「頼むね」
「頑張ろう」
「二日間の集大成だ」
四人は顔を見合わせて頷きあった。もう少しだ。研修の終わりは近い——。
***
午後二時。保住は、指定された時間に玄関に行くと、他の部署の係長が数名立っていた。
「保住くん」
「お疲れ様です」
その中で見知った顔を発見した。以前の部署で世話になった先輩の瀬川だ。確か現在は、温泉地振興係長だ。
「今日は一体、なんのお祭りですか」
「おれもよくわからないんだけど。観光部の係長は総呼び出しだ」
少し太めの瀬川の隣にいた、背の高い神経質そうな男が保住を見る。
「観光振興係長の北野だ」
「初めまして。文化課振興係係長の保住です」
「君が、例の……よろしく」
北野は意味深な反応を示してから、言葉を続けた。「例の」という言葉の意味はわからないが、あからさまに嫌な顔をされると、気にしたくなくとも不愉快になるものだ。こういう男は相手にしないにかぎる。そう決めている保住は、彼から視線を外し瀬川を見た。
瀬川も気にしてくれているのだろう。北野のことは無視をして保住にだけ囁いた。
「他にも企業立地支援係、商業振興係……農業振興係も来ているようだ」
「企画系。梅沢を売り出そうって魂胆ですか?」
保住は呆れて呟くと、若い男性職員がやってきた。
「お忙しい中、申し訳ありません。総務人事課の梅津です」
彼は礼儀正しく頭を下げた。そして事情を説明した。
「本日は十年目職員研修会最終日です。皆さんもご承知の通り、今年の研修受講者は例年に比べると人数も多く、研修結果も実のあるものとなることが予測されます。今回のテーマは梅沢を売るための企画になっており、今後の皆様の業務にも大変参考になるのではないかということで、副市長の意向により、プレゼンを聞いていただくことになりました。予定としましては、本庁に戻る予定時刻は五時となっております」
——そういうことか。たかが研修。されど研修。
研修は、遊びみたいなところもあるが、使えるネタは使えということだ。研修生たちも大変だ。こんなサプライズが待っているなんて、きっと知らされていないのだろうな。いきなり上司たちが乗り込んで来たら、まごついてしまう様は容易に想像できた。
「これより会場に向かいます。どうぞよろしくお願いいたします」
瀬川は保住を見る。
「どんな企画か。楽しみだな」
「そうですね」
彼に合わせて返答はするが、気乗りしないかった。澤井のやりそうなこと。とんだ茶番だと思ったのだ。
——田口は大丈夫だろうか。
相当疲れているに違いないだろうなと心配になる。お遊びをお遊びにできない男だ。保住はそんなことを考えながら、他の係長たちと一緒に車に乗り込んだ。
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