田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
176 / 231
第20章 秘密裏プロジェクト

13 猫

しおりを挟む





「今日は遅かったですね。保住さん、眠そうだ」

 田口の指摘に彼は微笑みを見せた。

「そうかも知れない。眠いな」

「早く寝ましょう。おれも疲れました」

「だな」

「お風呂先に」

「いや。片付けはおれがする。お前が先に入れ」

「しかし」

「夕飯ご馳走になったのだ。当然だ」

 躰を起こしても抱き合った姿勢のまま、田口は離れたくない気持ちでいっぱいだ。それに。一つ。お願いしたいことを思いついたのだ。

「田口?」

「あの、やっぱり:--」

「え?」

「一緒にお風呂、入りませんか?」

 恥ずかしそうに誘う田口につられて、保住は耳まで真っ赤になった。

「な、なにを……。そんなに恥ずかしそうに言われたのでは、おれも恥ずかしい!」

「ですが。だって……」

 きゅっと保住の手を握る。なんとなくの流れならまだしも、面と向かってこんな申し出をするのは、なんだか気恥ずかしかった。

「いや、その……」

「困りますか?」

「こ、困るに決まっているだろう? な、なんだ。それは……っ」

「変なことしませんから。保住さんの頭、洗ってあげたい」

「な、な……おれが、頭洗うのが下手だと言うのか?!」

「違いますけど」

 もうこれ以上もない程赤面してしまっている保住がたまらなく好き。ぎゅーっと抱きしめると、保住は大人しくなった。

「たまにはいいじゃないですか」

「い、嫌だ! 明るいのは、恥ずかしい……」

「嫌な理由はそこですか? じゃあ、真っ暗にして入りますから」

「馬鹿か? お前、馬鹿だろう!?」

「変なことはしません。ただ、気持ちいいことはしたい」

「だ、だからっ! それが変なことなんだ!!」

 保住の叫びは田口には届いていない。いや、彼が恥ずかしがるほど、それは魅惑的にしか映らない。
逆に誘われているみたいで、我を失うばかりだ。

 衝動的。

 保住に関しては、その一言に尽きる。こうなってしまうと田口を止める術はないと諦めてくれたのか。保住は顔を赤くして「では、片付けしてからだ」と言った。

「わかりました! おれ洗い物してきます。保住さんは着替えてきてくださいよ」

「……わかったよ」

 渋々と言う感じで、リビングを出ていく彼を見送ってから洗い物に取り掛かる。

 あんなとこして、こんなことして……と期待に胸膨らませているものの、ふと心が不安になった。

「いつまで、こうしていられるのだろうか?」

 保住は係長として四年目。異動は確定だ。来年の今頃は振興係に彼の姿はない。だけどきっと、自分はそこにいる。

 時間は限られているのだ。何事も始まりがあれば終わる。職場が離れたからといって、二人の関係までもが終わるわけではないのだが、やはり寂しい気持ちになるのは確かだった。蛇口を止めふと顔を上げる。

「あれ?」

 いつまでたっても保住が戻ってこない。嫌な予感がした。そばにあるタオルで手を拭きながら寝室を覗くと……。

「やっぱり」

 案の定、保住はベッドに横になってすっかり夢の中だ。大きくため息を吐くしかないが、ふと笑ってしまった。

「保住さんらしいですね」

 微かに震える睫毛。寝入り端と言うところか。ワイシャツのボタンも適当に外されているだけだし、着替えなんてする気がないだろう? と突っ込みたくなる。前髪にそっと触れてみるが、全く起きる気配はない。

 :--まるで野良猫みたい。

 ご飯だけ食べに帰ってきて、こちらが近付くと、さっと身を翻す。そのくせ、甘えたくなると爪を立ててくる。我がままで気まま。気位が高いわりに、小学生みたいに幼い。保住は自分を「犬みたい」と言うが、保住は「猫みたい」だった。

「好きですよ。保住さん」

 田口は、すっかり寝入っている保住の頬に唇を寄せた。それから、そっと耳たぶを噛む。

「んー……やめろ。眠いんだ」

「だって、約束したじゃないですか。お風呂、一緒に入るって」

「眠い、寝かせろ」

 ベッドの上でもぞもぞとしている仕草だけで、田口は堪らなくなった。

「ほ、保住さん……。すみません。やっぱり、我慢できそうにありません!」

 唐突な大きな声に、保住は驚いたのか。目を見開いて顔を上げた。しかしそんなものに構っている暇はない。田口は彼を抱え上げると、廊下に駆け出した。

「お、おい! おいおい! 田口!」

 下から慌てている声が聞こえても関係なしだ。保住をバスルームに下ろすと、そのまま唇を重ねた。

 それは我慢ができないほど熱いキスだった。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

旦那様と僕

三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。 縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。 本編完結済。 『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

神さまのレシピ

yoyo
BL
交通事故に遭い両親は亡くなり、颯は奇跡的に一命を取り留めるが、脊椎に損傷を負い、両足を動かすのが難しい状態になる。 入院中、担当してくれたのは男性看護師の湖城だった。

処理中です...