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第19章 がんばれ! 新人くん!
15 知られていた恋心
しおりを挟む「えっと。久しぶりだね。改めて」
十文字はひきつった笑みを浮かべた。
「そうだね。何年振りなんだろうって考えていて。卒業以来かな?」
「そうだね」
拓の笑みは、十文字を高校時代に引き戻した。心がざわついて足元がぐらぐらする。覚醒しているのに、夢の中に浮いているみたいな感覚だった。
「十文字、なんだか逞しくなったね」
「おじさんになっただけじゃん」
「そんなことないよ。いい男になったじゃない」
石田がコーヒーを持ってきた。 邪魔する気はないと言う顔だが、十文字が戸惑っておかしい様子を見て、助け舟を出してくれるらしい。
しかし、石田と拓の接点と言えば一つしかない。石田としては、話題に出したくもない話なのだろうが友人の十文字のためということなのだろう。本当に嫌そうな顔をしながら声をかけてきた。
「小針も来るぞ。たまに」
拓は、「小針」という人間の名にパッと表情を明るくした。
「え……そうなんだ! 梅沢にいるって前に聞いて。だけど結局、会えていないんだよな」
「随分、振り回されていたのに。会いたいのか? あんなやつ」
「そう? そう見えたかな? でもあいつ。おれたちのために頑張ってくれていたしね。おれたちはみんな、あいつが好きだったな」
冗談交じりに拓は答える。
「あんなやつでも部長は部長だからな。……どうぞ、ごゆっくり」
そう言って、石田はゆっくりとした動作で姿を消した。彼がいなくなってしまうと、十文字は心細い。
「十文字は市役所に勤めているって言っていたもんね。しかも星野一郎記念館の担当って。カッコイイね。なんだか音楽とは疎遠になっちゃって。おれもなにか始めたいな」
「いや。仕事でたまたま配属になっただけだ。おれも音楽なんてほとんどやっていない。忙しくて残業続き。昨日もここで眠り込んじゃって、おんぶされて先輩の家に泊まるという醜態をさらしてしまった」
「え? 十文字が?」
拓は朗らかに笑った。
「そんなことあるの?」
「おれもびっくりだ」
「本当。高校の時は十文字って育ちのいいお坊ちゃんで、上品で——おれ憧れちゃったもんね」
「そんな。拓のほうが物静かで頭いいし」
「そんなことないよ。おれは母子家庭だし。育ちも悪いしね。まったくね。まあ、ここまで成長して今は一人でもなんとか生活できているんだから、おれの人生も悪くはないのかな? って思っているけどね」
拓は自分を下に見る。 それは高校時代からのクセだ。 母子家庭というのが、彼にとったらネックになっているのだろうか。
——だけどそんな彼が好きだったのだ。
そう。 先延ばしをしても始まらないのだ。 今日はそうすると決めてきた。 あんな大変な仕事も乗り越えたのだ。
——ダメでもいいじゃないか。
十文字は拓の名を呼ぶ。 彼は飲んでいたコーヒーカップをソーサーに戻してから、十文字を見つめた。
「なに?」
「あのさ」
大きな瞳。 色素が薄くて、鳶色《とびいろ》の瞳が十文字は好きだったのを思い出した。
「おれ。拓のこと好きだった」
「え?」
「本当は——今でも好きなんだと思うけど。……いや。知っている。秋月と同じ職場でうまくやっているって聞いているし。おれが入り込む余地なんかないのも知っている。だけど。ずっと胸に抱えてきた気持ちが。どうしようもなくて。ごめん」
慌てると言葉数が多くなるが、まとまりのない台詞の語尾は小さくなる。 拓はじっと十文字を見ていたが、視線を伏せた。
「ごめん。十文字」
「いや、あの知っている。答えは知っている……」
「違う」
「え?」
今度は、十文字が問い直す番。
「おれ、知っていたのに」
拓は視線を伏せたまま続ける。
「おれ、知っていたんだ。十文字がおれのこと特別に思ってくれているってこと。なのに、見て見ぬふりをして、甘えてばかりでごめん」
「いや。そんな。え? 知ってた?」
「うん」
——なんだ。 そうなの?
肩の力が抜ける。
「ごめん」
「拓……。ごめん。おれがはっきりしないから。拓にも辛い思いさせたね」
田口と一緒だ。
——自分の気持ちは相手に伝わっている。 本当だったのか。
「おれが悪いんだ。十文字の好意に甘えていたんだ。ごめん」
拓はそう言って頭を下げた。そんなことさせたいわけじゃないのに。謝るのはこっちなのに。だけど、どうしたらいいのかわからない。 つい視線を逸らしてしまった。
「秋月とはうまくいっているんだろう?」
「秋月とは……。高校の時に喧嘩別れして、ずっとそのままだったんだ。だけど。二年前に、たまたまなんだよ。偶然、おれの病院にあいつが就職してきて。本当に驚いた。なかなか仲直りできなかったけど。今はなんとかやっているよ」
「付き合っているんだろう?」
「うん……」
拓は泣きそうだ。 そう、 こういう悲しい顔をさせたくないから逃げてきたのに。 だけど自分の気持ちは彼には伝わっていたのだ。
「いいんだ。うん。すっきりはしないよ。おれだって、そんな安易な気持ちじゃないんだから。拓が秋月と付き合っているんだって聞いたから『はい、そうですか』とは言えない。少し気持ちの整理付けないと」
「そうだよね。それはそうだよね」
——だけど。
「でも、こうしてまた再会したのって、なにか理由があると思うんだよね。だから、いろいろ考えて。はっきりさせたほうがいいんだなって思って。ごめん。嫌な思いさせたね」
「ううん。おれもきちんと気持ちが聞けて嬉しかった。十文字のこと嫌いじゃないんだ。再会した時に、ああ、また友達として付き合えたらいいなって思ったし」
——友達か。
心を抉られるような言葉だった。この言葉を聞きたくなくて、ずっとしまっていた気持ちだ。なのに——、それを目の前に突きつけられたら、妙に納得してしまって、心が軽くなった。
「そうか。それならいい。近くにいるんだし。またこうして会えるといいな。今度は秋月も一緒に」
「いいの?」
「あいつとも久しぶりに話してみたい。病院ではなにしているんだ?」
「秋月は薬剤師。先日会ったことを話したら、十文字に会いたいって言っていた」
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