田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
159 / 231
第19章 がんばれ! 新人くん!

13 ここは、どこですか

しおりを挟む




「で、連れてきたわけか」

 玄関で十文字を背負った田口を見て、保住は呆れた顔を見せた。

「十文字の自宅を知りません」

「今の時点での最良な策か」

「疲れていましたからね」

「だな」

 むにゃむにゃしている十文字は幸せそうだ。彼をベッドに寝かせてから毛布をかける。その間に、十文字に連れて行ってもらった喫茶店の話をした。

「お前にとったら何事も勉強だな」

「本当です」

 石田のところのコーヒーも美味しかったが、保住が入れてくれる玄米茶は美味しい。ほっこりとした。

「田口も大変だっただろう?」

「ええ。あなたの気持ちがよくわかりました」

「そう?」

 保住は笑う。

「多分ですけど」

「係長になればもっとわかるだろう?」

「まだまだ先ですね」

「そんなことはない」

「まだまだです」

「いや。きっと、いつか。お前には抜かされる気がする」

「抜かしはしません。……隣には並んでいたいですけどね」

「変な奴」

 田口の言いたいことがよくわからないとばかりに、保住は首を傾げたが、それはお構いなしだ。
 わかってもらわなくていいことだからだ。自分自身がそうしたいだけ。田口は話題を変えた。

「今度、マスターが保住さんも連れてきて欲しいって言っていましたよ」

「その喫茶店?」

「そうです」

「そういう場所は苦手なのだが」

「そう言うと思っていました」

 湯のみをテーブルに置く。時計の針は深夜になろうとしているところだ。ところが——。

「ここはどこですかー!?」

 ダダダダと音がしたかと思うと、十文字が顔を出した。目が覚めたらしい。

「え?」

 彼は目を瞬かる。

「えええ!?」

「起きたのか」

 保住は苦笑いだ。

「喫茶店で眠り込んだからな。お前をおんぶして連れてきた」

 田口の返答に十文字は目を見開いて呆然としていた。

「ええ!?」

 十文字は慌てて田口の元に駆け寄って、彼の服をぎゅうぎゅうと握って前後に振る。これでは謝罪しているというより、責めている感じだ。

「お、おい!」

「なんてことだっ! お礼するなんて言ったのに。おれが世話になってるじゃないですかっ! なんで起こしてくれないんですっ!?」

「いいだろう。それくらい。別に」

「なんてことでしょうか……」

「疲れていたのだ。仕方あるまい。お前もお茶でも飲むか?」

 愉快がって見ている保住。彼の声に、十文字は余計にはっとして顔を上げる。

「えっと、係長まで!? なんで!? え? えええー!?」

「うるさいな。十文字。ここアパートだから静かにして」

「すみません」

 田口も苦笑いだ。まあ目が覚めればこうなることは予見していたことだが……。

「えっと、あの」

「おれ、係長のところに居候中なんだ。だからお前を連れていく先がなくて。ここに連れてきた」

「そ、そうですか。そうでした。そうでした。田口さんと係長は……」

「田口、話たのか?」

 保住はじろっと田口を見た。

「自分から話したわけでもありません。十文字に感づかれていただけです。おれ、そういうのは口が堅いつもりです」

「口が堅い分、顔色とか態度でばれるけどな」

「ぐ……それは否定できません」

「別に構わないけど」

 保住はそう言うと十文字を見た。

「今日は遅い。泊っていけ」

「えっと。でも。いいんですか」

「いいだろう。今から送っていくほうが面倒だ」

「そうだね。大したところじゃないけど」

 田口は良かれと思って言うが、保住はむっとした。

「悪かったな。ところじゃなくて」

「いや。そういう意味じゃなくて……」

「お前は謙遜しすぎる。ここはおれの家だぞ。気に食わないなら出ていけ」

「保住さん、そんな意地悪ないじゃないですか」

「そうか? ならそんな口きくな」

 二人のやり取りに十文字は吹き出す。

「失礼な奴だな。笑うなんて」

「だって、田口さんって、こうしてプライベートになると、すっごく喋るんですね!」

「え?」

「職場では黙って仕事していますって感じなのに。係長といいコンビです」

「お前に評価される筋合いはないっ! そんな偉そうな口を叩くなら、もう少し人並みに仕事をしろ」

 保住はぷいっとそっぽを向く。

「本当に素直じゃないんだから」

 十文字はそう呟いて首を引っ込めた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる

すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。 かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。 2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

処理中です...