148 / 231
第19章 がんばれ! 新人くん!
02 鬼がもう一人
しおりを挟む「なんか。うん。うん」
渡辺は頷きながら、言葉を止めた。それを受けた谷口も周囲を見渡して「うんうん」と頷いた。目の前の十文字は企画書が滞っていて頭がパンク寸前のようだ。
いつもしっかりとした身なりをしているが、ここ数日は寝ぐせだらけで、疲れ切った顔をしていた。今日は朝から、をかきながらパソコンを叩いては、腕組みをするの繰り返しだ。
渡辺は次に田口を見る。こちらは対照的で雰囲気が明るい。表情は変わらないのに明らかにご機嫌のようで、軽快にパソコンを打つ様子が見て取れた。
その隣の保住はいつもよれよれのワイシャツばかりで、だらしのない恰好なのに、ここ最近はシャツにアイロンがかかっているし、寝ぐせも減った。ネクタイを緩めるのは相変わらずだが、小ぎれいになっているのは明らか。
「なんか。ね~……わかります? 言いたいことがあるけれど、言葉にならないって感じ」
「わかる、わかる。おれも同じことを思ってたんだよな。なんか違うって言うか。——雰囲気だろう? 雰囲気」
「そうそう。そうです」
渡辺と谷口はこそこそと話をする。
「みんな、どこかが違うよね」
「そうなんですよね」
そして渡辺は谷口を見る。
「そう言うお前もなんか違うよね」
谷口も少し洒落気付いているようだ。渡辺は目を瞬かせて彼を見ると、谷口はニヤニヤと嬉しそうに笑った。
「あ、やっぱり、わかります?」
「わかるよ。何年顔つき合わせていると思う?」
「実は彼女ができたんですよ」
「え? 嘘だろ?」
渡辺のリアクションに、保住と田口が顔を上げる。
「なに?」
「どうしたんです?」
「恋人が出来たらしいです」
渡辺の答えに、保住は視線を彷徨わせる。田口は顔を赤くした。
「そ、そんな」
「いや」
「係長、なに、オロオロ狼狽ているんですか? 谷口ですよ、谷口の話」
保住は、ほっと胸を撫で下ろして谷口を見た。
「やりましたね! 谷口さん」
「いやその……」
勘違いの照れ隠しみたいに、保住はわざらしく大きな声で谷口を褒めた。
「やめてくださいよ、係長……そんな大きな声で……」
他の島に座っている職員たちからの不審な視線に、谷口は居心地が悪そうに視線を伏せる。
「いやいや! いい話ではないですか!」
田口も珍しく便乗した。仕事中なのに全く関係のない話で盛り上がると、何とも騒がしい。すると悶々としていた十文字が、ダンっとテーブルを叩いた。
「すみません! 考えが纏まりません! 少し外の空気吸ってきてもいいでしょうか」
「ああ……どうぞ」
保住のコメントに彼はどんよりとしたオーラを纏いながら事務室を後にした。
「田口、そろそろ見てやれよ」
「すみません。放置してしまいました」
渡辺の言葉に田口は顔色を暗くした。田口は田口で浮き足立っている様はよくわかる。十文字のこと、ほったらかしなのは渡辺の目から見ても明らかだった。
「この前、飲みに誘ってなんとか持ち上げたつもりだったけど」
「係長のダメ出しは結構キツイです」
田口は身をもって知る一人だ。
「そうだろうか。普通だろう?」
保住は否定するが、他の三人は顔を見合わせて首を横に振る。
「なに?」
「キツイですよ」
「鬼の局長がいなくなったのに」
「ここに鬼がまた一人」
「おれは澤井じゃありません! 一緒にしないでくださいよ!」
そう言った瞬間。突然、事務所の扉が豪快に開いた。
「なんだ? おれの話か?」
振興係だけではない。地の底に響く重低音。他の島の職員たちも一瞬で凍りついた。
「数ヶ月いないだけで、弛んだ雰囲気だな」
——鬼の鬼。閻魔大王。
そんな言葉が渡辺の脳裏を過った。
「こんなところになんのご用ですか。副市長」
さすがの保住も苦笑いだ。
「佐久間に用事だ。お前らになど用はない」
「そうですか。失礼致しました」
そこにそんな雰囲気を感じていないのか、澤井を押し退けて十文字が入ってきた。
「戻りました」
「おいおい」
「十文字……」
「あ、失礼します……」
——そう言いかけた瞬間。
澤井に首根っこを掴まれて引き上げられた。
「あわわわ」
「副市長! すみません。こいつ新人で」
「新人もなにも関係なかろう。——貴様、いい度胸だな。名前は?」
「じ、十文字です」
「ふむ、覚えておこう」
「澤井さん」
保住は十文字を受け取る。
「お前の教育がなっとらん」
「すみませんね」
保住の様子を見て、澤井は「ふん」と鼻を鳴らすと、そこに佐久間が顔を出した。
「副市長、すみません。わざわざ御足労いただいて」
「すまない。寄り道をした」
「いえいえ。懐かしい面々です。どうぞごゆっくり」
——なにを言う!
一同は佐久間を睨むが、彼には伝わらない。ニコニコして微笑ましいと言わんばかりだ。
「そうも言っていられない。予定が詰まっている」
「そうですか。残念ですね」
「そうだな」
佐久間は、「どうぞ」と澤井を促して廊下に出て行った。それを見送って一同は顔色を悪くした。
「おれ——全く気がつかなくて。すみませんでした。まさか、副市長とは」
しょんぼりとしている十文字に保住は微笑む。
「仕方あるまい。副市長など、普段は接点もないものだ」
「すみません」
すっかり怯えてしまった十文字は可哀想になってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる