田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第19章 がんばれ! 新人くん!

02 鬼がもう一人

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「なんか。うん。うん」

 渡辺は頷きながら、言葉を止めた。それを受けた谷口も周囲を見渡して「うんうん」と頷いた。目の前の十文字は企画書が滞っていて頭がパンク寸前のようだ。

 いつもしっかりとした身なりをしているが、ここ数日は寝ぐせだらけで、疲れ切った顔をしていた。今日は朝から、をかきながらパソコンを叩いては、腕組みをするの繰り返しだ。

 渡辺は次に田口を見る。こちらは対照的で雰囲気が明るい。表情は変わらないのに明らかにご機嫌のようで、軽快にパソコンを打つ様子が見て取れた。

 その隣の保住はいつもよれよれのワイシャツばかりで、だらしのない恰好なのに、ここ最近はシャツにアイロンがかかっているし、寝ぐせも減った。ネクタイを緩めるのは相変わらずだが、小ぎれいになっているのは明らか。

「なんか。ね~……わかります? 言いたいことがあるけれど、言葉にならないって感じ」

「わかる、わかる。おれも同じことを思ってたんだよな。なんか違うって言うか。——雰囲気だろう? 雰囲気」

「そうそう。そうです」

 渡辺と谷口はこそこそと話をする。

「みんな、どこかが違うよね」

「そうなんですよね」

 そして渡辺は谷口を見る。

「そう言うお前もなんか違うよね」

 谷口も少し洒落気しゃれけ付いているようだ。渡辺は目を瞬かせて彼を見ると、谷口はニヤニヤと嬉しそうに笑った。

「あ、やっぱり、わかります?」

「わかるよ。何年顔つき合わせていると思う?」

「実は彼女ができたんですよ」

「え? 嘘だろ?」

 渡辺のリアクションに、保住と田口が顔を上げる。

「なに?」

「どうしたんです?」

「恋人が出来たらしいです」

 渡辺の答えに、保住は視線を彷徨わせる。田口は顔を赤くした。

「そ、そんな」

「いや」

「係長、なに、オロオロ狼狽うろたえているんですか? 谷口ですよ、谷口の話」

 保住は、ほっと胸を撫で下ろして谷口を見た。

「やりましたね! 谷口さん」

「いやその……」

 勘違いの照れ隠しみたいに、保住はわざらしく大きな声で谷口を褒めた。

「やめてくださいよ、係長……そんな大きな声で……」

 他の島に座っている職員たちからの不審な視線に、谷口は居心地が悪そうに視線を伏せる。

「いやいや! いい話ではないですか!」

 田口も珍しく便乗した。仕事中なのに全く関係のない話で盛り上がると、何とも騒がしい。すると悶々としていた十文字が、ダンっとテーブルを叩いた。

「すみません! 考えが纏まりません! 少し外の空気吸ってきてもいいでしょうか」

「ああ……どうぞ」

 保住のコメントに彼はどんよりとしたオーラを纏いながら事務室を後にした。

「田口、そろそろ見てやれよ」

「すみません。放置してしまいました」

 渡辺の言葉に田口は顔色を暗くした。田口は田口で浮き足立っている様はよくわかる。十文字のこと、ほったらかしなのは渡辺の目から見ても明らかだった。

「この前、飲みに誘ってなんとか持ち上げたつもりだったけど」

「係長のダメ出しは結構キツイです」

 田口は身をもって知る一人だ。

「そうだろうか。普通だろう?」

 保住は否定するが、他の三人は顔を見合わせて首を横に振る。

「なに?」

「キツイですよ」

「鬼の局長がいなくなったのに」

「ここに鬼がまた一人」

「おれは澤井じゃありません! 一緒にしないでくださいよ!」

 そう言った瞬間。突然、事務所の扉が豪快に開いた。

「なんだ? おれの話か?」

 振興係だけではない。地の底に響く重低音。他の島の職員たちも一瞬で凍りついた。 

「数ヶ月いないだけで、たるんだ雰囲気だな」

 ——鬼の鬼。閻魔えんま大王。

 そんな言葉が渡辺の脳裏をよぎった。

「こんなところになんのご用ですか。副市長」

 さすがの保住も苦笑いだ。

「佐久間に用事だ。お前らになど用はない」

「そうですか。失礼致しました」

 そこにそんな雰囲気を感じていないのか、澤井を押し退けて十文字が入ってきた。

「戻りました」

「おいおい」

「十文字……」

「あ、失礼します……」

 ——そう言いかけた瞬間。

 澤井に首根っこを掴まれて引き上げられた。

「あわわわ」

「副市長! すみません。こいつ新人で」

「新人もなにも関係なかろう。——貴様、いい度胸だな。名前は?」

「じ、十文字です」

「ふむ、覚えておこう」

「澤井さん」

 保住は十文字を受け取る。

「お前の教育がなっとらん」

「すみませんね」

 保住の様子を見て、澤井は「ふん」と鼻を鳴らすと、そこに佐久間が顔を出した。

「副市長、すみません。わざわざ御足労いただいて」

「すまない。寄り道をした」

「いえいえ。懐かしい面々です。どうぞごゆっくり」

 ——なにを言う!

 一同は佐久間を睨むが、彼には伝わらない。ニコニコして微笑ましいと言わんばかりだ。

「そうも言っていられない。予定が詰まっている」

「そうですか。残念ですね」

「そうだな」

 佐久間は、「どうぞ」と澤井を促して廊下に出て行った。それを見送って一同は顔色を悪くした。

「おれ——全く気がつかなくて。すみませんでした。まさか、副市長とは」

 しょんぼりとしている十文字に保住は微笑む。

「仕方あるまい。副市長など、普段は接点もないものだ」

「すみません」

 すっかり怯えてしまった十文字は可哀想になってしまった。



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