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第17章 三年目、始まります
06 口喧嘩
しおりを挟む事務所の電気がついていた。長時間座っているのは腰に響いた。まだまだ、後遺症が尾を引いているということだ。会議を終え、腰を押さえながら事務所に戻ると、田口と十文字が必死の形相で話をしていた。
「おれは、そうは思わない」
田口の声に、十文字が食ってかかっていた。
「では、どう思うのですか? 田口さんの考えを教えてくださいよ」
「いいか? この企画はそもそもそういう目的で始まっているのではないのだ。だからこの評価では的が外れる」
「そっか。目的とは逸れるのか」
「そう思わないか?」
「そう言われるとそうです」
「では当初の目的、評価基準はどこだったのか?」
「えっと……」
——田口は随分成長したものだ。
初めての企画書で、大泣きをして大騒ぎをしたことを思い出す。保住は苦笑した。横槍を入れるつもりはないが、腰が痛むのだ。早く帰りたい気持ちが強いのだ。
そばの壁に手を付け、しばらく立ち聞きをしていたが、この調子では徹夜になりそうなペースだ。中断させると判断をし、保住は扉を開けた。
「お疲れ様です」
田口は顔を上げる。十文字も頭を下げた。
「お疲れ様です」
「もうこんな時間だ。明日もある。帰るぞ」
「しかし」
「これ以上の議論は疲れるだけだ。明日にしろ」
十文字はもう少し話したいという顔をしているが、田口は保住に賛同した。さすがに頭が回らない時間帯だ。これ以上は効率を下げるだけと判断したのだろう。
「明日も付き合う。帰ろう。十文字」
「分かりました」
二人は帰宅の準備をする。その間、保住は腰をさすりながら、書類を机にしまい込んだ。
「腰、痛みます?」
「問題ない」
「そうは見えませんけど。送ります」
「いいって。一人で帰れる」
「でも」
「過保護にするな」
「いけません」
二人の押し問答を黙って見ていた十文字は、ぼそっと呟く。
「本当に仲睦まじいですね」
「そんなはずはない」
「ただの上司と部下です」
一斉に二人が否定するところも笑えると、ばかりに十文字は更に笑った。
「あの~……」
「なんだ」
「田口さんの係長愛はわかりましたから、お先に失礼させてもらっていいですか?」
「な、」
田口は顔が真っ赤だ。
「後は田口に締めさせるから帰っていいぞ」
十文字はペコリと頭を下げた。
「すみません。お邪魔みたいだから。お先に失礼いたします」
「お疲れ」
「お疲れ様」
彼がさっさと帰るのを見送って、保住は田口を見上げた。
「お前のせいだぞ。変な誤解を招くようなことは、控えろ」
「誤解を招くようなことなんかしてませんよ」
「しているからこうなるのだろう」
「いいじゃないですか。おれは保住さんを上司として尊敬しているのです」
「田口」
また揉め事に発展しそう。お互いに疲れているときはいつもそう。田口は保住の腰に腕を回して彼を引き寄せてきた。疲労が蓄積されているところへ、彼の匂いは、心が落ち着くはずなのに、逆にざわざわと胸が高鳴った。
「田口」
「今日はおれの家に行きましょう」
「無理。今日は、腰が痛む」
本当はこうして田口と一緒にいたいと思っているくせに。甘えたい気持ちが沸き起こるのかも知れない。気持ちとは裏腹な態度を取って、田口を突き放す。
「大丈夫です。変なことは一切しませんから」
「一切どころか、一度もないがな」
「それは、あなたが怪我をしていたからでしょう? そんなことを言うなら、させてくれるということでしょうか」
「無理。治ったとは言え、こうしてすぐに痛む。しばらくはお預け」
餌をぶら下げられている犬みたいな顔をする田口。彼が悶々としているのはよくわかっていた。結局、二人の関係はキス止まり。付き合って、半年以上がたつというのに、なにも進展しないだなんてと悩んでいるようにしか見えない。
だがしかし。機会を失っているのだ。どちらから、というきっかけがあるわけでもなく、しかも骨折をした場所は、本調子ではない。体調もイマイチだと、別に無理してまでという程のことでもない。
田口は好きだ。だけど、どこまで、どう付き合うかと言うことを考える余裕もなかったのだ。
「でも、今日はおれの家です。もうこんな時間ですから」
「着替えがない」
「だから、着替えを持ってきてくださいと言っているでしょう?」
「面倒なことを言うな」
結局、文句を言っても始まらないのは、お互いがわかっていることなのだが、痛みでそれどころではない保住であった。
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