135 / 231
第17章 三年目、始まります
04 面白味のない男
しおりを挟む「お前の運転は危ういな」
十文字の隣で書類を見ていた保住は、ふと気が付いて、途中で視線を上げた。
「え? そうですか。すみません。注意しているつもりですけど」
「なぜか、怪しい」
「なぜかのところを具体的にお聞きしたいのですが」
言い出した割には、どこが? と問われると、答えに窮した。
「それは言葉にしにくい曖昧な、感覚的なところだ」
「それでは改善のしようもありませんけど」
「そうだな。それはそうだ。すまない。おれの一感想だ」
保住の十文字へのの評価は、ともかく「真面目」。そして、「面白味のない男」だ。田口は、配属当初からからかうと面白い男だと思った。彼は、からかえばからかうほど、青くなったり赤くなったりしていたからだ。だがしかし、十文字は付け入る要素がないというのだろうか。
まあ、よく言えば、問題もなく真面目な職員だ。しかし、幅がないということなのだろうか。
——一緒にいて、つまらない。
そういう印象だった。しばらく沈黙の後、十文字は付け加える。
「すみません。不愛想で。可愛げがないってよく言われますから。失礼なことを言ったらすみません」
——そんなことを気にするタイプか?
保住が苦笑すると、十文字は少し恥ずかしそうに、視線をあちこちにやった。あまり虐めては可哀そうだと思い、自分から別の話題を切り出した。
「梅沢高校出身だそうだな。田口から聞いた」
「そうです。——しかし係長と田口さんは、仲がいいですよね」
「そうだろうか? 普通だろう」
「そんな話までするんですね」
「田口は、お前がおれの後輩だと思えば嬉しくなるとでも思ったのだろう。ただし高校時代のことは記憶にとどまっていないものでね。同じ学校出身だからと言って、特段なにかあるということはないのだ」
「でしょうね」
駐車場に車を入れた十文字は口を開いた。
「係長って梅沢高校タイプまんまです。面倒は嫌いそうだ」
「そうだな。当たっている」
車が停車するとシートベルトを外し、さっさと車から降りる。
「面倒は嫌いだ」
「そうでしょうね。おれの友達に似ています」
「そうか。おれみたいなタイプが多かったのだろうか? それすら覚えていないな」
軽く笑う十文字。その笑みが、どういう意味を成すのかはわからないが、特段気にすることでもない。保住は颯爽と星野一郎記念館のドアを押した。
「鴫原さん、ご無沙汰しております——」
***
保住に連れて行かれたのは、星音堂の敷地内にある、星野一郎記念館だった。記念館担当をしている鴫原との打合せが終わった。なぜ自分がここに連れて来れられたのか、保住は説明をしなぎが、なんとなく、ここの担当は自分になるのかと、漠然と理解していた。
——しかし慣れない。
十文字は、市役所に入って、戸籍の出し入ればかりをしていたのだ。こういった、イレギュラーな意見を求められるような部署は初めてだ。
十文字はそういう場面が苦手だ。自分に自信がないこともあるが、緊張してしまうのだ。真面目に見えるから、そう思われないのかも知れないが。
梅沢市出身。市内の第一中学校を卒業し、近所の梅沢高校に進学した。勉強だけはなんとかなった。中学校では上位にいたおかげで、高校進学は楽勝。
——だったはずだが。
梅沢高校に入ると、そうは行かない。自分よりも上には上がたくさんいて、かなり無理をして頑張ったものだが成績は中の上くらいだった。失敗が好きではない慎重な性格も祟って、県外の大学を選ぶことをやめて、地元の県立大学に入学した。
就職口を選ぶことも安全パイである市役所を選択した。そのおかげで就職活動で苦労した記憶はない。そう——自分の全力を発揮する、自分の実力以上を発揮するなんて機会が皆無だった男なのだ。
『無理をするなら一つでもランクを落とす』
それが十文字の性格だった。だから戸籍担当は楽しかった。毎日平坦な事務作業は、十文字にはいい仕事だったのだ。それなのに——第二の部署でこんなところにやられるなんて。本気で不本意であった。一生懸命に頑張ることって好きではないのに。報告書一枚が通らないのだ。一週間も保住とやり取りしているのに。
「だめ」
「違う」
ダメ出しの連続だ。ため息を吐いて、パソコンを打つ手を止める。どこをどうしたらいいのか、さっぱりわからなくて迷路に迷い込んだようだ。
残業をして残っているのは田口だけだった。先程から、カチャカチャとキーボードを打ったり、時々考え込んだりしている様子がある。いつもだと、他の職員も残業をしていることが多いのだが。
保住は会議で九時を過ぎるという。渡辺は家族の用事で早めに帰宅していった。谷口もなにやら用事があるといって、先ほど帰ったばかりだ。
時計の針は七時を回ったところだ。今日こそは、なんとか報告書を仕上げたい。だが、さっそく行き詰ってしまった。同じように行き詰っている田口に質問するのは悪いのかも知れない。そんなことを考えていると、ふと田口が十文字を振り返った。
「そんなに見てくるなよ。どうした?」
「え? おれ見ていましたか?」
「見てる見てる。気になって仕方がない」
「すみません。話しかけようかどうしようか考えていたので。自然に視線が向いていたのでしょうか」
「かもね」
田口は苦笑して十文字に視線を向けてきた。
0
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
つまりは相思相愛
nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。
限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。
とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。
最初からR表現です、ご注意ください。
恭介&圭吾シリーズ
芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる
すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。
かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。
2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる