田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
134 / 231
第17章 三年目、始まります

03 お留守番

しおりを挟む



 四月の末。保住が転倒してから二カ月近くになった。藍色のぼんやりとした光を見つめていた白衣姿の男が、こちらを見た。

「随分と固まったようだ。コルセット外しても大丈夫だと思うよ」

「そうですか」

 ほっとした。最近、痛みが軽くなってきたおかげで、逆にコルセットが窮屈だったのだ。

「——ただし。まだまだムリは禁物だからね」

「はあ」

 パソコンの画像から視線を外して、主治医である医師は保住を見据えた。

「重いものは持たないこと、無理に屈まないこと、長時間同じ姿勢はやめること。長時間の乗り物も気をつけて」

「結構ありますね」

「それだけのことだったんだから。腰は月編にかなめと書く。身体の要だ。身をもって知っているだろう」

「確かに——どんな動作も腰を動かしますね。コルセットで固定されてしまうと動きが変です」

「だろう? それだけ大事なんだ。それとコルセットを外すと、今までそれに頼っていて弱ってしまった筋肉が悪さをすることもある。疲れやすい、姿勢が保てない、そして痛みだ」

「はい」

「受傷部分はほぼ完治したから、これから出る痛みは、筋力の低下に伴った弊害へいがいだ」

 医師は保住をジロリジロリと眺める。

「運動しなさい」

「あの。……はい」

「自分のためだ。いいね」

 彼はそれだけ言うとパソコンに体を向けてなにかを打ち込む。

「一応のために痛み止めだけ出すから。痛くないなら飲まなくていいし。痛いなら飲めばいい。なくなってしまったらまた来て。特段なにもなければ、もう来なくていいよ」

「ありがとうございます」

 保住は頭を下げてから待合室に出た。夕方だと言うのに、待合室には比較的若い人も多くいる。

 ——今のご時世、整形は年寄りばかりではないのだな。

 受付の女性に呼ばれて支払いを済ませてから、処方箋を持って外に出る。ここに二カ月も通ったのだ。来なくていいと言われると少し寂しい気持ちにならなくもないが。

 ——やっと解放されるのか。

 時計は七時を回る。職場に戻ろうかとも思うが、今日はやめておこう。やっと運転も楽になってきた。薬の処方を受けてから、保住は自宅を目指した。


***


「十文字。外勤」

 五月に入り体調はほぼ戻った。書類を見ている手を止めて、十文字を呼びつけた。
 新しく来た十文字は、なかなか使える男だった。田口が来たばかりの頃と比べると——だ。

 ——扱いやすい。

 飲み込みも早いし、指示を出すと頓珍漢なことはしてこないから楽だ。それが保住の第一印象だった。

「どこ、ですか?」

「記念館だ。お前も来い」

「はい」

 彼は慌ててパソコンを閉じる。保住は椅子に掛けていた上着を取り上げて着込んだが、ふと視線を上げると、田口が寂しそうにこちらを見ているのに気がついた。

 ——仕方がないだろう。全てにお前を連れていくことはできない。

 保住は苦笑した。

「田口、留守番しっかりしていろよ」

 それを聞いて渡辺と谷口も笑う。

「本当だ。飼い主においてかれた犬みたいな顔すんなよ」

「田口~」

「や、やめてください。そんな顔していません」

「やだやだ」

 二人にからかわれて田口は俯く。
そんな様子を見ていると自然に笑みが溢れた。

「準備できました」

 慌てていた十文字が声を上げたのを合図に、保住は歩き出した。

「運転しろ」

「はい」

 保住は十文字を従えて事務所を後にした。


***


「いってらっしゃい」

 渡辺や谷口は、口々にそう言ったが、田口はじっと様子を見ていた。

「なんか言いたそうだな。田口」

 渡辺の声に田口は俯く。

「——おれは一年間運転させてもらえませんでした」

「おいおい」

「やきもち?」

 谷口は爆笑だ。

「ち、違います。そういうのでは……」

「そう顔に書いてある」

 渡辺も笑う。

「十文字は地元だ。ああだこうだ言わなくてもわかるから楽なんだろうさ」

「おれだってわかります」

「ああ、いじけだ。いじけ」

「面倒だな」

 二人にからかわれて、田口は冗談っぽく対応はするが、内心は気が気ではない。仕事なのだ。保住が十文字を連れて歩くのは当然のこと。自分も保住に連れて歩いてもらっていたからだ。

 ——しかし……彼が十文字を連れて歩くのは、面白くない。

 それが本音だった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

その溺愛は伝わりづらい

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【続編】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 【改稿版】2025/2/26完結 「気弱なスパダリ御曹司からの溺愛にノンケの僕は落とされました」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/252939102

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく、舞踏会編、はじめましたー! 他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

幼馴染は僕を選ばない。

佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。 僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。 僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。 好きだった。 好きだった。 好きだった。 離れることで断ち切った縁。 気付いた時に断ち切られていた縁。 辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。

悪役Ωは高嶺に咲く

菫城 珪
BL
溺愛α×悪役Ωの創作BL短編です。1話読切。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...