田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
129 / 231
第16章 最恐メンバー最後の仕事

09 レセプション

しおりを挟む



 夜はレセプションが開催された。明日の本番を前に、市長も参加してのイベントだ。ホテルのワンフロアを貸し切り、市内の文化活動に携わる人が、ほぼ顔を揃えていると言った大掛かり企画だ。振興係としては、明日の本番よりも一番の山場になる事業なのだった。

 保住は受け付けの担当だ。今回は、様々な来賓が押しかける。いかにスムーズに裁けるのか。正念場なポジションだったからだ。

「お忙しい中、ありがとうございます」

 続々とやってくる来賓に対し、一々頭を下げるのが面倒だな——と思った時。

 エレベーター周囲がにぎわっていることに気が付く。

 ——市長の到着か。

 梅沢市長は、安田という男だ。この男は、既に何期も市長を務め、市民からしたら馴染みのある、なんの代わり映えもない、当たり障りない市長であった。

 先ほどまで、来賓対応をしていた澤井が駆けていくのが見える。

 ——あの男でも、権力の前にはああいう態度を見せるのか。

 いつもは横柄で、自分たちに対して威張り散らしている澤井だが、市長と一緒に姿を現した秘書課係長や課長を押しのけて、隣に位置する。そしてなにやら会話をしている様子だった。

 安田は小柄で恰幅のいい、ただの老人ではないかと、保住は思った。市長という名の席に座っていなければ、ただの老人。
 彼は終始ご機嫌の様子で、澤井に話しかけている。澤井も笑顔を見せていた。

 市役所上げてのお祭り騒ぎだ。いつまでも市長たちを見ていても仕方がない。保住は、来賓対応に戻ることにする。しかし、保住たちの横と通り過ぎる際、澤井が「保住」と自分の名を呼んだ。

 この忙しい最中、なんの用があるというのだ。少々苛立ちを覚えながらも、一緒に立ち止まった安田に会釈をしてみせた。

「市長。この事業の中心として活躍してくれている保住です」

 ——来賓の相手は、澤井と決まっている。余計な手間を取らせないで欲しい。

 そういう意味合いを込めて澤井を見据えると、彼は「黙っておけ」と言わんばかりに、その視線を無視した。

「君が保住くんの息子か」

 安田は、「おお」と嬉しそうに笑顔を見せて、保住の元に歩み寄った。

 ——父を知っているのか。当然だな。あの人が健在だった時から市長の席に座っていた男だ。

 なんらかの接点があってもおかしくはないのだろう。保住の父親は、確か亡くなった時は、秘書課に属していたはずだ。 

「君のお父さんには、随分と世話になったんだよ。彼が秘書課の課長をしてくれたおかげで、職員のこともよく教えてもらったしね。こうして、市長続けられているのも、君のお父さんのおかげだな」

「保住尚貴なおたかです」

 安田は保住をじっくりと眺めてから、澤井に囁く。

「そっくりだね」

「ええ。似ておりますね」

 少し屈みこんだ澤井はそういうと、口元を緩めた。市長は軽くうなずくと保住に視線を戻した。

「私は費用対効果を優先する。効果さえ出してくれれば好きなことをしてもらって構わないのだよ」

「はい」

「ただし、失敗は許されないけどね」

「承知しております」

 保住の返答に満足したのか。安田は、澤井を見上げて笑った。

「君に似ていい部下だ」

「ありがとうございます」

「じゃあ、またね」

 彼はひらひらと軽く手を振ると、廊下の奥に消える。頭を下げてそれを見送ると、近くにいた田口が近寄ってきた。

「市長ですね」

「気味の悪い男だ。好かん」

「同感です」

 二人で話をしていると、今度は少し高音の柔らかい声が響いてきた。

「保住くん。この度は、おめでとうございます」

 振り返ると、そこには県庁職員の菜花なばなが立っていた。彼はよそ行きな雰囲気で、のんきな調子だ。こういう場所に来ても、気後れしない度胸が据わっているということだ。保住はなんだか笑ってしまった。

「菜花さん」

「こんなレセプションにまでお邪魔しちゃって。……すみませんね」

「来ないかと思いましたけど」

「他のだったら来ませんけど。保住くんの頼みだし。それに、結構、面白い企画だし。いい先生たちともコネクション作れそうですもんね」 

「一石三鳥くらいの話でしょう?」

「それを見越して誘ってくれたんでしょう?」 

 うふふと笑う菜花は、愛らしい笑みを浮かべた。悪巧み的な話を、さも愉快そうに話す保住と菜花は、やはり同じタイプの人間であると確信が持てる。菜花となら、いろいろな企画がスムーズに進み、仕事もやりやすい。

「菜花さん、うちの新人の田口です」

「田口です。どうぞよろしくお願いいたします」

 菜花は、にこにこっと田口を見上げた。

「わー! 背高い! とても新人くんには見えないですね! 県担当の菜花と申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 彼は田口の頭のあたりに手を伸ばして笑う。初対面でこれでは、さすがの田口も苦笑いのようだ。『菜花は、保住と同じくらい変わっている』としか言いようがなかった。

「せっかくですから、出演者をご紹介しましょうか」

「それはありがたい。いいんですか?」

「勿論ですよ」

「やっぱり保住くん、わかってるな~」

「田口、ここ見ておいて」

「しかし……」


 なにかを言いたそうにしている田口を置いて、保住はすまない気持ちのまま歩き出した。そばにいる約束をしたばかりなのに。そうもいかない自分の立場に、少々、後ろめたい気持ちを抱いたのだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

令息だった男娼は、かつての使用人にその身を買われる

すいかちゃん
BL
裕福な家庭で育った近衛育也は、父親が失踪した為に男娼として働く事になる。人形のように男に抱かれる日々を送る育也。そんな時、かつて使用人だった二階堂秋臣が現れ、破格の金額で育也を買うと言いだす。 かつての使用人であり、初恋の人でもあった秋臣を拒絶する育也。立場を利用して、その身体を好きにする秋臣。 2人はすれ違った心のまま、ただ身体を重ねる。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

処理中です...