126 / 231
第16章 最恐メンバー最後の仕事
06 全員集合!
しおりを挟むオペラ上演前日を迎える。会場となる梅沢市民会館は、オーケストラや合唱団など、沢山の人でごった返していた。
「谷口、宮内さんはまだか」
渡辺の声に谷口は応える。
「矢部さんが駅まで迎えに行ってますが、まだ姿が見えません」
「見つけられないのか? まったく、時間がないっていうのに。……田口、合唱団の方はどうだ?」
「全員集まっています。控え室で待機です」
「予定通りだな」
「いやあ、このホール古いなあ」
スタッフがホワイエで確認作業をしていると、関口圭一郎が有田を連れて姿を現した。彼はホールをくまなく見てきたようだった。
「申し訳ありません。星音堂では手狭でして」
「仕方ないね。——もっといいホール作らないとダメだね。考えないと」
「まったくですね。ご意見ありがとうございます」
「市長も来るって言ってたよね。話してみよう」
圭一郎はそうは言うが、機嫌が大変いい様子だ。地元は嬉しいのだろうか。じっとしている田口に気がついたのか、彼は駆け寄ってきて、田口の手を握った。
「おお! 青年」
「マエストロ。この度は、どうぞよろしくお願いします」
「またまた、硬い! 君は硬すぎるのだ! だが、そこがいい!!」
よく通る声はホワイエで作業をしている他のスタッフにも笑いを誘う。いつもは総務係の手伝いに駆り出されている振興係だが、今日は逆。文化課総出でのお手伝いだ。
「ありがとうございます」
そんな話をしていると、作曲者の神崎がやってきた。今日はフルメンバー集結である。
「銀太! 久しぶり~」
「先生」
「銀太?」と呼ばれている田口に、渡辺たちは苦笑いを見せた。
「おお、神崎くん」
圭一郎は神崎を見てから、嬉しそうに手を振った。
「あらやだ! 先生。ご無沙汰~! 桜連れてくれば良かったね」
「桜は元気?」
「元気よ~」
桜とは、あのラプソディの無愛想なママか。圭一郎と知り合いとは。
——あのバーはやはり謎だ。
「かおりは?」
「まだです」
その問いには有田が答えた。『かおり』とは、ソプラノ歌手の宮内かおりのことらしい。保住の強引な推しでキャスティングされた彼女だが、会うのは今日が初めてだ。
——それにしても、音楽家はみんな知り合いなのだな。
そんな事を考えていると、よく通る黄色い声が響く。
「ごめーん、遅くなって」
「遅くなりました!」
矢部は汗を拭き拭きやってくる。駅まで宮内かおりを迎えに行っていたのだ。ということは、彼女が到着したということだった。田口は姿を見せた日本を代表するプリマドンナを注視した。
声楽家と言うと、ちょっとふくよかな女性を想像しがちだが、彼女は痩せ型。しかも、クルクルとカールをした茶色い髪と、ぱっちりとした目元は、愛らしい容姿だ。歌も凄いがビジュアルもいいと評判で、この業界では飛び抜けて人気がある女性だ。
噂や写真では見聞きしていたが、実際に見ると、男性なら視線が釘付けになってしまうほどに可愛らしかった。保住一筋の田口ですら、少々ドキドキとした。
今回の目玉は彼女の出演と、関口圭一郎の指揮。日本のクラシック界きっての、二大トップスターの共演ともなれば、マスコミも放ってはおかない。保住はそれを画策していたのだった。澤井を黙らせて、宮内かおりを起用したのは大成功だった。
かおりは、きゃっきゃと女子高校生のようにはしゃぎながら走ってくると、圭一郎に飛びついた。
「やだー、圭《けい》ちゃん、何ヶ月ぶり?」
「半年は会っていないだろうか?」
有田は答える。
「正確に言えば六ヶ月半ですね」
「元気してた?」
「この通りだ」
二人のべったりぶりに、一同は目が点になる。田口などは顔が熱くなる。それを見て神崎は笑った。
「やだなあ。銀太は純朴過ぎて、やっぱり可愛い~」
「な、からかわないでくださいよ」
音楽家というものは、一目も憚らずに他人と接触できるものかと思うと、なんとも理解できない世界だと思ったのだった。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話
こじらせた処女
BL
網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。
ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
淫乱エリートは今日も男たちに愛される
おさかな
BL
【全編エロあり】通勤電車でも社内でも取引先でも、いつでもアナル受け入れ準備万端!爽やか系イケメンエリートは男達へのご奉仕も優秀です!
+++
完結済み DLsiteにておまけつき電子版販売中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる