121 / 231
第16章 最恐メンバー最後の仕事
01 音取り
しおりを挟む二人がやってきたのは、東京都内のとある音楽大学の講堂だった。私立大学で、校内に素晴らしいホールを兼ね備えているところだ。
資料では見ていたが、到着してみると一大学が所有しているのかと思うほど、豪華だった。
灰色の無機質な雰囲気のホワイエ。足元の朱色の絨毯が、妙に鮮やかに見えた。梅沢にはいくつもホールがあるものの、どれも足元に及ばないくらい上質なホールのではないかと思った。
「勉強になりますね」
田口が呟くと、佐久間もその意図をくみ取ったのか頷いた。
「市内のホールは統合していく方向だからね。参考にしておこう」
「ですね」
梅沢市内に複数設置されているホールは、すべて老朽化が甚だしい。市長の意向もあり、市内のホールを統合し新しい施設建設の話が持ち上がっているところだ。できれば駅周辺に新しいホールを建設し、他のホールを潰すようだ。それが現在の方向性。
梅沢市は、ホールを複数抱えるような財源はない。稼働率も半分を切っているところもある。様々な課題が上がっている中での話だ。
時計の針は昼少し前。ホワイエに足を踏み入れると、中ではスタッフらしき人間が忙しそうに動いていた。ふと視界に入ったのは、長身の眼鏡姿の男だった。彼の周りには複数の人がいて、彼に何やら相談をしている様子だ。
「それは、予定通り」
「わかりました」
「こちらの件は少し保留で。マエストロに確認してみましょう」
「わかりました」
そんなやり取りをしていた男だが、佐久間や田口に気が付くと、スタッフと話すのをやめて、まっすぐに歩み寄ってきた。
「梅沢の方でしょうか?」
佐久間は慌てて頭を下げる。
「梅沢市役所文化課課長の佐久間です」
「初めまして。関口圭一郎のマネージャーをしております有田と申します」
礼儀正しい男だと、田口は思った。
『マエストロのマネージャーの有田は切れる男だが、悪くはない。困ったことがあれば、彼を通すように』
保住が褒めていたことを思い出す。
「同じく、文化課振興係の田口です」
有田は二人を交互に見てから、顔色を悪くする。
「——あの。保住係長さんがいらっしゃるとお聞きしておりましたが」
どういういみなのだろうか。保住が同行しないことが、そんなにも失礼なことだとは思わなかっまた佐久間は、慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。保住は体調を崩しまして。急遽、田口が参りました。事前にご連絡を差しあげずに、申し訳ありませんでした」
佐久間からしたら、今日この日に誰が顔を出しても問題はないと思っていたのだが。有田の反応を見て、なにかしくじったかと思った。田口も同様だ。佐久間に倣って頭を下げた。
有田は気を悪くさせたかと思ったのか、笑顔を見せて首を横に振った。
「いえいえ。結構なんですけど。それよりも体調を崩されたとは。一体——大丈夫なのでしょうか?」
「ええ、まあ」
佐久間が言葉を濁すのを見て、これ以上踏み込むのはやめようと、判断したのだろう。有田は言葉を切ってからホールを見る。開かれた扉からは、音楽が響いていた。
「先ほど、始まったばかりです。あと四十分程度で休憩が入る予定ですので、それまでお待ちいただけますか?」
「わかりました。我々も見学は可能でしょうか」
「勿論です。ぜひ」
有田はそう笑顔で答えると、佐久間と田口を連れ立ってホールに入った。
ステージにはオーケストラが座り、その中心で針金のような男が指揮を振っている。彼は腰の高さの椅子に軽く腰を下ろし、譜面台を指揮棒でたたきながら拍を取っているようだ。
『オーボエ』
『チェロ、音違う』
カッカッカとなる軽い音に合わせて音を鳴らしている楽器たちに指示を出す。こんなにたくさんの楽器が一度に音を鳴らしているというのに、音の違いなどを聞き分けられるなんてすごい。
客の入っていない客席を眺めていると、違和感を覚えた。音楽を聴きに行くことは少ないから、どちらにしても馴染みのない場所であることには変わりがないが、人がいないホールと言うものは、なんだか変な感じがした。
有田に促されて、二人は中ほど上くらいの真ん中の席に座る。
「今日は初回なので、譜面の読み合わせです。音楽と言える代物ではないかもしれません」
「はあ」
佐久間は目を瞬かせた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
PMに恋したら
秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。
「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」
そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。
「キスをしたら思い出すかもしれないよ」
こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。
人生迷子OL × PM(警察官)
「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」
本当のあなたはどんな男なのですか?
※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません
表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。
https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる