田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第15章 狐疑

06 自分の知らない時間を知る人

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「保住とは上手くやれているのだろう?」

「……上手く、ですか。多分、そうなのかと自分は思っているのですが」

 澤井に余計なことを言っても仕方がないが。嘘もつけないタイプの田口は、言葉を濁した。田口のはっきりしない返答にその意図をくみ取ったのか、澤井はにやにやと笑みを見せる。

「あいつは受け身。押せばなびくし、引けばそのまま。お前しだいということだ」

「局長……」

「別に。アドバイスでもなんでも無い。ただお前たちは、時間を無駄にしすぎる。この歳になると、時間ほど貴重なものはない。過ぎ去ってしまった時間は取り返せない。常に全力で生きる。それが必要だと思うがな」

 田口よりも保住のことを熟知している彼が言うのだ。その言葉には説得力があった。

「保住の父親は死んだ。取り返したくても難しい。だからといって、似ている子供が代わりになるかと言ったらそうもいかん」

「保住さんは、代替えなのでしょうか」

 澤井の言葉は悪い。田口は不愉快な気持ちになり、澤井に非難の視線を向けるが、彼は動じる事はない様子だ。田口のことなんて無視するかのように、自分の言いたいことを言うだけだった。

「そうだな。最初はそうだ。だが、違うことも理解した。今は、父親とあいつは違うと完全に認識している」

「では」

「違う人間として、あいつに心を動かした。それだけだ」

 それは保住自身を純粋に好いていると言うことか。

「局長はやはり、保住さんがお好きなんですね」

 ——否定するか?

 いや。田口の予測に反して、澤井は肯定をした。

「そうだな。あいつのことは好きだ。自分のことを理解出来なくて戸惑ったり、受身でその場に流される弱いところとか。仕事は出来るが、周りに合わせないと浮いてしまうところとか。——ああ、そうだな。プライドが高くて、日頃、悪態ばかりつくクセに、情事の最中はしおらしいところもだな」

「……あなたと言う人は」

 ——呆れる。不躾にもほどがある!

 しかし、それだけ彼のことを理解しているということだ。澤井の述べる保住の人と成りは、田口も理解しているところだが、最後のを、田口は知らない。

「そうだろう? ——ん? なんだ。ああそうか。まだ関係を持てていないのか?」

 田口の反応を見て、澤井は一人で勝手に納得している様子だった。

保住あれは女に人気があるが、男向きだ。心も身体も自分に繋ぎ止めておかないと。あっという間に、別な人間に取られるぞ」

「そうでしょうか」

「おれはそう思っているがな。さっきも言った。押せばなびく。押されると弱い人間だからな。そんなことは、お前も理解しているのだろう? おれとの一件で」

「局長は保住さんを諦めてくれたのでしょうか?」

「諦める——?」

 澤井は笑い出した。

「それをおれに直接、聞くのか? やはり面白いな。田口」

「すみません。わからないことは、知りたくなるものです」

「不安なのだろう? おれたちの関係性が。まだ疑っているのだろう?」

 田口はまっすぐに澤井を見ていた。

「保住さんを信じていないわけではありません。……ただ、今までの経緯があります。それに、やっぱり元恋人の存在は気になるものです。違いますか?」

「違わんな」

「あなたの存在は、あの人にとったら強烈すぎます。初めての上司。仕事を教えてくれた人。保住さんの仕事のやり方は、あなたにそっくりです。それだけ、あの人の中には、無意識のうちにあなたが入り込んでいる。さらに、あなたの存在感。保住さんにとって、理解者としてあなたほどの人はいないのではないかと考えます」

 澤井の存在は、保住の市役所職員としての根幹に関わるのだ。

「おれだって知りたい。あの人の理解者でありたい。多分、他の人たちよりは、理解しているつもりです。だけど、あなたとあの人の歴史は分からない。時間が足りないんだ。おれは、 あの人との時間の共有が不足している。澤井局長には、敵わないのです」

「だから不安になるのか?」

「そうです」

 田口は頷いた。澤井は目を細めて、田口を見つめていた。

「お前は素直。正直者だ」

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