田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

文字の大きさ
上 下
118 / 231
第15章 狐疑

06 自分の知らない時間を知る人

しおりを挟む




「保住とは上手くやれているのだろう?」

「……上手く、ですか。多分、そうなのかと自分は思っているのですが」

 澤井に余計なことを言っても仕方がないが。嘘もつけないタイプの田口は、言葉を濁した。田口のはっきりしない返答にその意図をくみ取ったのか、澤井はにやにやと笑みを見せる。

「あいつは受け身。押せばなびくし、引けばそのまま。お前しだいということだ」

「局長……」

「別に。アドバイスでもなんでも無い。ただお前たちは、時間を無駄にしすぎる。この歳になると、時間ほど貴重なものはない。過ぎ去ってしまった時間は取り返せない。常に全力で生きる。それが必要だと思うがな」

 田口よりも保住のことを熟知している彼が言うのだ。その言葉には説得力があった。

「保住の父親は死んだ。取り返したくても難しい。だからといって、似ている子供が代わりになるかと言ったらそうもいかん」

「保住さんは、代替えなのでしょうか」

 澤井の言葉は悪い。田口は不愉快な気持ちになり、澤井に非難の視線を向けるが、彼は動じる事はない様子だ。田口のことなんて無視するかのように、自分の言いたいことを言うだけだった。

「そうだな。最初はそうだ。だが、違うことも理解した。今は、父親とあいつは違うと完全に認識している」

「では」

「違う人間として、あいつに心を動かした。それだけだ」

 それは保住自身を純粋に好いていると言うことか。

「局長はやはり、保住さんがお好きなんですね」

 ——否定するか?

 いや。田口の予測に反して、澤井は肯定をした。

「そうだな。あいつのことは好きだ。自分のことを理解出来なくて戸惑ったり、受身でその場に流される弱いところとか。仕事は出来るが、周りに合わせないと浮いてしまうところとか。——ああ、そうだな。プライドが高くて、日頃、悪態ばかりつくクセに、情事の最中はしおらしいところもだな」

「……あなたと言う人は」

 ——呆れる。不躾にもほどがある!

 しかし、それだけ彼のことを理解しているということだ。澤井の述べる保住の人と成りは、田口も理解しているところだが、最後のを、田口は知らない。

「そうだろう? ——ん? なんだ。ああそうか。まだ関係を持てていないのか?」

 田口の反応を見て、澤井は一人で勝手に納得している様子だった。

保住あれは女に人気があるが、男向きだ。心も身体も自分に繋ぎ止めておかないと。あっという間に、別な人間に取られるぞ」

「そうでしょうか」

「おれはそう思っているがな。さっきも言った。押せばなびく。押されると弱い人間だからな。そんなことは、お前も理解しているのだろう? おれとの一件で」

「局長は保住さんを諦めてくれたのでしょうか?」

「諦める——?」

 澤井は笑い出した。

「それをおれに直接、聞くのか? やはり面白いな。田口」

「すみません。わからないことは、知りたくなるものです」

「不安なのだろう? おれたちの関係性が。まだ疑っているのだろう?」

 田口はまっすぐに澤井を見ていた。

「保住さんを信じていないわけではありません。……ただ、今までの経緯があります。それに、やっぱり元恋人の存在は気になるものです。違いますか?」

「違わんな」

「あなたの存在は、あの人にとったら強烈すぎます。初めての上司。仕事を教えてくれた人。保住さんの仕事のやり方は、あなたにそっくりです。それだけ、あの人の中には、無意識のうちにあなたが入り込んでいる。さらに、あなたの存在感。保住さんにとって、理解者としてあなたほどの人はいないのではないかと考えます」

 澤井の存在は、保住の市役所職員としての根幹に関わるのだ。

「おれだって知りたい。あの人の理解者でありたい。多分、他の人たちよりは、理解しているつもりです。だけど、あなたとあの人の歴史は分からない。時間が足りないんだ。おれは、 あの人との時間の共有が不足している。澤井局長には、敵わないのです」

「だから不安になるのか?」

「そうです」

 田口は頷いた。澤井は目を細めて、田口を見つめていた。

「お前は素直。正直者だ」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない

若松だんご
恋愛
 ――俺には、将来を誓った相手がいるんです。  お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。  ――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。  ほげええっ!?  ちょっ、ちょっと待ってください、課長!  あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?  課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。  ――俺のところに来い。  オオカミ課長に、強引に同居させられた。  ――この方が、恋人らしいだろ。  うん。そうなんだけど。そうなんですけど。  気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。  イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。  (仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???  すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

処理中です...