上 下
113 / 231
第15章 狐疑

01 手を繋ぎたい

しおりを挟む




 田口と保住の付き合いは、スローステップ。いや、全く進行しないとでも言うのだろうか。

「田口! 報告書」

「すみません、今直し中で……」

「遅い! 後十分」

「承知しました!」

 他の職員の間をやり取りする二人の声は、日常茶飯事になる。

「最近、係長が局長さわい化してきてないか?」

 矢部は苦笑いを見せた。

「なんだか可愛がられるというより、尻に敷かれてる旦那だな」

「え? なんですか?」 

 田口はパソコンから目を離さずに応える。

「いや、いいや」

 渡辺も同様に苦笑いを浮かべた。

「スパルタも愛だろ」

「そんな愛、おれはキツイ」

「田口はM。ドMだろ?」

「え? おれのことですか?」

 パソコンに向かっていたので、周囲が勝手なことを言っていても気にも留めなかったが、あまりにもいろいろなことを言われているようなので、田口は手を止めた。

「なんでもないよ。さっさとやらないとタイムオーバーだぞ」

「はい」

「矢部さん」

 そんな話をしていると、今度は矢部に声がかかる。

「おれか。はい! 係長」

 矢部は舌をぺろっと出してから、保住の元に走った。オペラの準備は佳境だ。本番まで三ヶ月。来週から巷は年末年始。しかし、ここの部署にはお正月なんかこないのではないかと思うくらい忙しい。

「できました!」

 田口は書類を抱えて、保住のところに行く。

「受け取っておく」

「ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げてから、席に戻る。

 昨日。クリスマスと言われるイベントがあった。友達以上恋人未満みたいな、微妙な関係性の田口と保住。田口としては、なにか進展するのではないかと大きな期待を持っていたところだったが。

 結局、なにもなく——。仕事の話をして、気がついた頃には保住は夢の中だ。毎日忙しくて、精神的にも疲れているのだろう。そんな彼を起こす気にもなれず、田口はため息を吐くしかないクリスマスだった。

 贅沢な悩みなのかもしれない。喧嘩みたいになっていた時から比べると、澤井と付き合っていた頃と比べると、完全にいい状態だ。だけど、やっぱりその先まで持っていきたい——。そう思うのが普通なのではないだろうか。

「難しいものなのだな……」

 田口は呟いた。


***


「正月は実家か?」

 退勤の為にIDをかざした保住は、田口に視線を寄越した。保住も妙に疲れているようだ。さすがの田口も疲労の色が濃い。彼の場合は仕事と言うよりは、プライベートで悶々もんもんとしているのだが。

「休みがあまり取れなそうなので、帰るのは諦めました」

「帰ればいいのに」

雪割ゆきわりは豪雪地ですから。一泊二日とかのレベルなら、帰らない方がいいくらいなんです」

「そうか。雪の時期に足を運んだことはないからな。地元民がそう言うならそうなのだろう」

 一人寂しい年越しか。そんなことを考えていると、保住は言いにくそうに田口を見た。

「なにも予定がないなら……付き合わないか」

「え——?」

「大晦日、保住の一族で集まるようだ。祖父が、お前を気に入ったようで連れて来いと言う」

「おれ、ですか? 一族皆さんの集まりなのに、おれは部外者すぎません?」

「まあ、部外者と言うか他人だな」

「ですよね」

 二人は庁舎の外に出て立ち止まる。冬の夜空は澄んだ空気のおかげか、星がキラキラと輝いて見えた。雪が降らない夜は、冷え込みが酷い。こうして立っているだけで、足先まで冷えるような気温だが、暑さや寒さに鈍感な保住は気にならないようだ。

「いいのでしょうか? 確かに梅沢での一人年越しですが……」

「おれが来て欲しいのもある」

 保住は言いにくそうに視線を逸らした。

「え?!」

「何度も言わせるな」

 ぷいっと顔を背けて歩き出す。

「い、行きます! もちろん!」

 田口は慌てて保住の後を追う。

「嫌なら別にいいのだ」

「嫌じゃないです」

「そうか。……すまないな」

「いいえ」

 田口は嬉しい気持ちになって、そっと保住の手を取る。少し驚いたように顔を上げた保住だが、そのまま田口の手に指を絡ませた。

「我儘ばかりだ。すまない」

「気にしていません。むしろ嬉しいです」

 小学生みたいな保住と、中学生みたいな田口だ。まだまだ手を繋ぐことくらいしか出来ないけど、いいか。田口はそう思うと嬉しい気持ちになった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

おねしょ癖のせいで恋人のお泊まりを避け続けて不信感持たれて喧嘩しちゃう話

こじらせた処女
BL
 網谷凛(あみやりん)には付き合って半年の恋人がいるにもかかわらず、一度もお泊まりをしたことがない。それは彼自身の悩み、おねしょをしてしまうことだった。  ある日の会社帰り、急な大雨で網谷の乗る電車が止まり、帰れなくなってしまう。どうしようかと悩んでいたところに、彼氏である市川由希(いちかわゆき)に鉢合わせる。泊まって行くことを強く勧められてしまい…?

【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】

海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。 発情期はあるのに妊娠ができない。 番を作ることさえ叶わない。 そんなΩとして生まれた少年の生活は 荒んだものでした。 親には疎まれ味方なんて居ない。 「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」 少年達はそう言って玩具にしました。 誰も救えない 誰も救ってくれない いっそ消えてしまった方が楽だ。 旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは 「噂の玩具君だろ?」 陽キャの三年生でした。

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

『僕は肉便器です』

眠りん
BL
「僕は肉便器です。どうぞ僕を使って精液や聖水をおかけください」その言葉で肉便器へと変貌する青年、河中悠璃。  彼は週に一度の乱交パーティーを楽しんでいた。  そんな時、肉便器となる悦びを悠璃に与えた原因の男が現れて肉便器をやめるよう脅してきた。 便器でなければ射精が出来ない身体となってしまっている悠璃は、彼の要求を拒むが……。 ※小スカあり 2020.5.26 表紙イラストを描いていただきました。 イラスト:右京 梓様

食事届いたけど配達員のほうを食べました

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか? そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

処理中です...