田舎の犬と都会の猫ー振興係編ー

雪うさこ

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第14章 彩られる世界

04 彩られる世界

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「保住さん、気が付いていますか?」

「え……?」

「保住さんが言っていることって、『おれは田口が好きだから、誰とも仲良くするのは許さない』って聞こえます」

「なっ……!」

 保住は、弾かれたように顔を上げた。その表情は、まるで恥じらっているかのように目元を朱に染めている。

 ——そんな可愛い顔をされたら……我慢できない。

「な、なにをバカな……っ」

 田口は、彼の頬の涙をそっと指で拭い、それから、保住のネクタイに指をかけてから緩めた。

「田口」

 止めさせようと腕を掴んでも無駄だと知って欲しい。知りたいのだ。この奥に隠された真実を。田口はワイシャツのボタンを二つ外してから、保住の白い首筋に残る跡を確認した。

「田口……っ」

「澤井局長ですね」

 前にも見たものだ。最愛の人に付けられた他人の跡。執拗に何ヶ所も残されている。澤井のやり方は尋常じゃない。保住を所有物としてしか、見ていないのではないかと疑問になる。

「……っ、これは、」

「お付き合い始めたんですか?」

「それは……」

 また、はっきりしない答え。

 ——肯定か。

 しかし田口は怯むことない。だって、今の保住の様子を見たら澤井とのお付き合いは……不本意に違いないからだ。

「それは本意なのですか」

「そ、そうだ。おれは……っ」

「ほらまた」

 田口はそっと保住の頬に手を当てる。

「そんな辛そうな顔して。どうして幸せそうな笑顔を見せてくれないのです?」

「それは……」

「本気で澤井と付き合っているのなら、幸せそうにしてくださいよ」

 保住は黙り込んだ。今にもまた、涙がこぼれ落ちそうなくらい辛そうに眉間にシワを寄せていた。

「あなたの気持ちは何処にあるのでしょうか?」

「誰の目も構わずに自分の心の赴《おもむ》くままに生きていくことも一つの選択肢だ……か」

「え? 保住さん?」

 彼のぼんやりとしていた瞳が、弾かれたように田口を捕らえた。

「いや。父に言われた言葉。あれは一体——」

 保住は混乱しているようだった。田口からしたら彼の頭の中がどうなっているのか、わかるはずもない。しかも、自分の中もぐちゃぐちゃに混乱していて、正直、彼を気遣える余裕なんてあるはずもなかった。

「あの——すみませんでした。おれの覚悟が決まらないから。嫌われたらどうしよう、おれの気持ちを知られたら、きっと気味悪がられて、あなたのそばにはいられないと臆病になっていました」

 田口は屈みこんで、保住の目をしっかりと見据える。視線なんかそらさせない。自分だけを見て! そんな思いで真っ直ぐにだ。

「だけど、あなたの事やっぱり諦めきれないって、この数週間でよく分かりました。嫌うなら嫌ってください。軽蔑してください。ただ、あなたの今日の言葉を聞く限り、おれには全く叶わない夢ではない気もしています」

 言葉を切り、それから瞳の色を和らげて保住を見据える。

 ——ああ、好き。好きが溢れてくる。愛おしくてたまらない。

「保住さん、おれはあなたが好きです。ただの友達なんかじゃない。愛しています。おれは、あなたのためだけにありたい。だから、あなたにもおれだけを見て欲しい」

 保住の目が見開かれる。緊張で張り詰めていた糸が緩むのがわかった。

「田口」

「例え澤井さんとお付き合いしていても、おれの気持ちを知っていてください。澤井さんと付き合うのかどうかはあなたの気持ちだと思うんです。だから、その。おれは強制できないって言うか……。だけど、それは結構……おれは嫌で。……えっと。なんて言うのかな……」

 田口は眉間に皺を寄せて悩む。

「えっと」

「……澤井と別れろと言え」

 保住はポツンと呟いた。

「え?」

 小さくて聞き取れないそれは、確実に田口の耳に届く。だけど、理解するまでに時間がかかった。戸惑って目を瞬かせて、保住を見下ろした。

「おれと付き合えと言え」

「あ、はい! それです!」

 田口は言いたいことが見つかってほっとしたのか。笑顔を見せた。

「そうですね! おれと付き合え! 澤井とは別れろ! です!」


***


 田口の笑顔は眩しい。純粋で素直であったかい。澤井といると寂しさは紛れる。だがそれは、田口と一緒にいる時とは違った感覚だった。田口は、保住に安心感や自信、満たされた感情を与えてくれる。

 ——これが好き? 好き。

 胸がキュンとして、じんわり温かい。コツンと田口の胸に額をぶつけると、距離が縮まった。

「わかった。お前の言う通りにしてやる」

 モノクロの世界が、一瞬で鮮やかな色を取り戻す。田口はそっと保住の肩を引いて抱き寄せた。

「すみませんでした。遅くて」

「本当だ——このノロマ」

 保住はそっと田口の肩に顔を埋めると、それに反応するかのように腰を強く引かれて体がくっついた。田口の温もりは温かくて心地よい。
 そう、ずっとこうしたかったということ。触れられた。澤井とは違う田口の温もりに。理由はわからないのに、満たされる思いで溺れそうだ。

「保住さんが引っ張ってくれないと、なにも出来ない男です」

「……馬鹿者が」

 素直に「好き」とは言い難い。この気持ちがなにか、正直戸惑っているからだ。しかし、保住はすっかり田口に捕まっている。誰かと一緒にいることが、こんなにも心満たされるなんて知らなかった。だから——。言葉とは裏腹に、田口のスーツをぎゅっと握った。田口の嬉しそうな視線が自分に注がれているのかと思うと、気恥ずかしくて顔をあげられない。
 居た堪れなくなって田口に縋ると、彼は小さくつぶやいた。

「すみませんでした」

 ——きっと、大切なのだ。この男が。






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